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【短編小説】有害物と不要物

紫煙を燻らせ空を仰ぐ。屋上は今日も閑散としていて、絶好のサボり日和であった。私は、日陰になる場所に腰を下ろしポケットに忍ばせておいた有害物に口を付けてはライターをカチカチ、と慣れた手付きで鳴らす。

――どこからどうみても私は、正真正銘〝不良少女〟だ。
明るく染めた頭髪も、ムラがありながら誇らしく思えるし、改造した制服はまさしく私を不良と知らしめるには十分の効力を発している。3回目にして漸く、タバコに火がついた。今日は、一段と風が強いらしい。雲の流れがいつもより早いからそう確信した。
ここで、こうして授業を抜け出し、タバコを吸うことが私の日常になってしまった理由はなんだったか、今となっては、どうでもよくなっていた。当時は、退屈な日常に唾を吐きたいが為に、道理に背いたんだったか。
初めは、良心が邪魔をすると思っていたのだが、案外そうでもなかった。逆に、私の中でドロドロとグロテスクな色で渦巻いていた感情が、この有害物のおかげで幾分かマシになっていったのだ。感情に麻酔を打たれたかのように今では無感情でいられる。それだけが、嬉しかった。

私を縛り付ける問題そのものは、何も解決されていないのに、逃避できるという現状だけが今の、今だけの私を救っていた。今の私はそれで満足していた。携帯灰皿に有害物を擦りつけ火を消すと、咥内の苦味に喜びを覚えながら瞳を閉じる。
今だけの幸福でインスタントな感情に包まれながら。

「白先輩、ちょっといいですか?」
「あ?」

――結局、下校時間まで眠ってしまったらしい。
早く帰ろうと校舎を駆け抜けていた時、聞きなれた声に足を止める。顔は見ずとも分かる。うんざりする程、彼の顔は見ているのだから。彼、中は全てが整えられている。髪も、制服の着こなしも、きっと、将来のことだって彼はもうとっくに見定めているのだろう。私とは間逆の人種だ。一言でいうと関わりたくなかった。風紀委員の権限で、校則という名の正義を振りかざし、諫言する。まるで、自分を全否定されているようだ。

「タバコ、吸ったんでしょう。前にも注意したばかりだ。今度は没収させてもらおう。さぁ、早く出したまえ」
「へぇ、アンタも一丁前に喫煙者の仲間入りか」
「悪いが先輩と一緒されるのは心外だ。タバコは僕が責任を持って処分する。あと、屋上も金輪際立ち入りが出来ぬよう先生方にも掛け合ってみるつもりだ。何なら、生徒会の予算を注ぎ込んでもいい」
「……何、ふざけたこと言ってんの?」
「僕はいつだって本気だ」
「じゃあ、アンタは私から全て取り上げるんだ?」
「あぁ、取り上げるさ」

不要なものだけをね、と続けて彼は掌を差し出す。
私から、不要なものだけを取り上げる為に。馬鹿らしい。不要なものだけなんて私そのものが不要物みたいな存在なのだ。今更、遅いのだ、何もかも。

「……どうせ、今ここでコレ没収されたって明日にはまた新しいのを買うけどね」
「そしたら、また没収するさ。高校生の財布事情を理解している僕から言わせて貰えばその行為は無駄だ」

私を一時的に満たした嗜好品を差し出して教室の方向へと歩き出す。
これで用は済んだ。すると、「白先輩」、ともう一度呼び止められる。訳もなく情けなくなった自分がそこにはいて本当は振り返らずに帰りたかった。だが、腕を掴まれて尚、振り切れただろうか?堅物風紀委員の手をだ。

「しつこいな……」
「これ、お返しです。貴女から取り上げてしまった分の」

馴染みのある派手な包み紙はどこからどうみても棒つき飴でしかない。まさか、お堅い風紀委員が菓子類の持込とはシュールな絵柄を見てしまったものだ。

「これ、分かってんの?」
「えぇ、菓子類の持込は禁止されている。だから、君が没収してくれ。用件は以上だ」

自分の感情のように意味が分からなかった。とりあえずは、彼から没収した飴をポケットに入れ、家路を帰ろうと彼とは違う方向へと進む。
1人で帰る道中、妙に苛立ってしまい不意にタバコを吸いたくなって、ポケットの中を漁るのだが、手ごたえはなく、ああ、ついさっき没収されたのを思い出す。代わりに見つけた飴玉は彼からもらったものだ。

「仕方ない、な……」

包み紙を乱暴に引きちぎってそのまま唇の隙間へと押し込んだ。
今度は、甘ったるい味が咥内を満たす。その甘さがタバコ以上に私を満たしてしまったなんて、明日、彼にその理由を問い詰めてやろう

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