第3話 伊豆温泉旅行

李さんの親戚の娘さんが20代前半の、大学生か、社会人になったばかり頃のこと。彼女は友達と3人で伊豆の温泉旅行に行った。3人が選んだのは、大きな和風旅館。彼女たちはレンタカーで現地へと向かった。到着後、フロントでチェックインし、部屋の鍵を受け取った3人。宿泊予定の部屋に行ったらトラブルあり。電気が点かなかった。彼女たちは連れ立ってフロントに部屋を替えてもらうようにお願いした。しかし季節は夏、どこの部屋も観光客でいっぱいだった。フロントで彼女たちの応対をしていた職員が困っていると、
「あの部屋を使ったら?」
と、別の職員から提案があった。その部屋とは、本館から離れた場所にある建屋のスイートルーム。普段は使われていないとのこと。3人は
「どうしてこんな立派な部屋が使われていないのだろう?」
と疑問に思った。しかし通常料金でスイートに2泊3日で泊まれるというメリットが彼女たちの思考を止めた。彼女たちは旅館の提案を受け入れ、離れのそのスイートに泊まることとなった。

夜、温泉を満喫し、おしゃべりに興じていた3人。午前2時を過ぎた頃だろうか、B子が
「なんか、すごく眠い」
と言い、突然意識を失ってしまった。A子と李さんの親戚のその子は少し戸惑いを覚えたが、もう遅い時間だ。「寝よう」ということで、その日は2人ともおしゃべりを終えることにした。
部屋を暗くし、ウトウトしかけたその子。眠くていつでも意識を失いそうであるにもかかわらず、なぜか眠れない。眠りを妨げていたのは、身体の奥の方からやって来た火照りのようなもの。わけもなく彼女はムラムラとした気持ちに襲われ、隣で寝息を立てていたA子を抱きたいという衝動に駆られた。朧げな意識のまま、その子はA子の頬を撫で、首筋を指でなぞり、浴衣の合わせから手を侵入させた。「ううん」という喘ぎ声をあげても起きる気配のないA子。その子はA子を起こそうと、手指を激しく動かし始めた。通常ならA子は驚きのあまりに目を覚まし、叫び声をあげたはず。しかしそのときのA子は薄目を開け、その子がA子自身の身体をまさぐっていることを認めつつも、彼女にされるがまま、何の抵抗もしなかった。A子もまた、意識がほとんどなかったのだろうと、後になって聞いた。その子は自身の布団から出てA子の方に移り、2人は互いに絡み合い始めた。冷房の効いた室内でも2人は暑さを感じていた。それでも2人は全く不快感を感じることなく、意識もほとんどないまま、ただ火照りに身を任せていた。

翌日、3人とも身体に重りがのしかかったような倦怠感を感じながら午前を過ごした。ぐっすりと寝ていたはずのB子でさえ、
「身体が重かった」
と言って疲れを訴えていた。それでもせっかくの旅行を満喫すべく、3人はから元気を出しながら温泉と周囲の観光を楽しんでいた。

その日の夜も同様、B子は先に眠りにつき、2人は互いを愛撫し合った。前日よりも熱く、激しく。2人とも興奮しているはずなのに、意識は朦朧としたまま。何かに突き動かされるように、2人はただただお互いの身体をむさぼり合っていた。
すると突然、李さんの親戚の娘の方が、A子の首に指をかけ、絞め始めた。だんだんと強く、きつくなっていく絞める力。A子は苦悶の表情を浮かべながらも、その苦痛そのものが快感なのか、喘ぎに似た声をあげて、無抵抗のまま、なされるがままでいた。
生理的な反応か、A子は手足をばたつかせた。それが物音を立て、幸運にも、B子は目を覚ました。物音のする方に寝返ったB子が目の前の光景を見て完全に目を覚ましたのは言うまでもない。
「C子(李さんの親戚の娘の名前)、あんた何してるの!」
B子は慌ててその子をA子から引き離した。我に返った2人。その子はなぜ自分がA子の首を絞めていたのか、A子はなぜ首に痛みがあり、呼吸が苦しいのか、一切わからないという様子だったとのこと。目を覚ました3人は気づいた。
「ここは、何かがおかしい」

帰りの日、3人はフロントにその離れのスイートルームについて問い質した。当初予約していた部屋の電気が使えなかったことで宿泊する部屋を変えざるを得なかったという旅館側の都合とその後ろめたさも手伝い、フロントの職員はこんな話をしてくれた。

同性愛者への偏見が強かった時代、ある2人の女性客がスイートに宿泊した。仲のよさそうな2人の女性。彼女たちが発見されたのは、2日後のことだった。1人がもう1人を絞殺し、残った1人は首つり自殺を図ったとのこと。遺体発見時の現場は整頓されており、被害者が暴れた形跡はなかった。その女性客2人が互いに愛し合っていたことが判明したのは、遺品を整理したときだった。最期のひとときを過ごすために、そのスイートルームを予約したということは、容易に想像できた。
それ以来、そのスイートに宿泊するがたびたび変死を遂げるようになった。いずれも女性客同士の旅行でのこと、死者は2名。絞殺と首吊り。家族連れや男女のカップルの宿泊客には何の問題もなかった。
しかし
「女性客同士の宿泊客だけをそのスイートに泊まらせないのは旅館の経営上よろしくない」
と風評被害を懸念した経営側は、そのスイートそのものの使用を止めた。

その話を聞き、
「電気が使えなかった理由って、もしかして、そのなくなった女の人たちに呼ばれたからなのかな」
とこぼした李さんの親戚の娘さん。彼女とその友達2人は旅行の最後に後味の悪い思いを抱き、その場を後にした。


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