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ひたすら書き続けた博士論文

博士論文の執筆は正直言って大変でした。50代でアカデミックな世界に入った私には「苦行」のようでした。でも「苦痛」ではありませんでした。楽しさも味わえたからです。そうでなかったら続けられなかったと思います。

執筆にあたっては修士論文の時のようにこれまでに提出された博士論文を山ほど閲覧しました。修士論文は玉石混交でしたが、さすがに博士論文となると内容も量も半端ではありません。私にこんな論文が書けるのかとちょっぴり心配になりました。

博士論文を本格的に書き始めたのは2年目からです。私の博士論文は修士論文を引き継いでいます。修士課程で十分な研究ができなかったので博士課程ではさらに踏み込んだ研究を行おうと思ったのです。修士論文を下地にしていますが、修士論文は2年間で書き上げたもの。読み返すと恥ずかしくなるような内容です。1年目はこれをどうやって博士論文につなげていくか考え続けました。指導教授と相談しながら何とか構想をまとめたのが1年目が終わりに近づく頃でした。

その後章立てを考えましたが、なかなか決まりません。修士論文でもいちばん苦労したのが章立てです。一度組み立てた章立てを何度も崩し直し、章の入れ替えを行いながら考えました。まるでパズルのようでした。

章立てが決まったら各章の執筆を行います。学会で発表したものをそれぞれの章に当てはめて書いていきましたが、明けても暮れてもパソコンに向かっていた気がします。

ある程度書き上がったら研究室を訪れ先生に相談します。先生は「こうしなさい、ああしなさい」とおっしゃるタイプの方ではありません。アドバイスはくださいますが、そのあとどうするかは本人に委ねます。だから研究室を出る時はいつも山のような宿題を抱えた気分になり、「ああ、またやり直しか」と思いながら家路につきました。でも家に帰り着くころにはやる気が出ているから不思議です。やはり研究が面白かったからでしょう。

こうしてひたすら博士論文の執筆を続ける私でしたが、そんな中で時折りネガティブな思いに襲われることがありました。論文を仕上げることができないのではないか、完成するより自分の寿命の方が先に終わってしまうのではないか、さらに自分はあまり意味のないことをやっているのではないかなど考えてしまうのです。書き上げた論文が酷評されたり、審査で不合格になる夢を見たこともあります。かなりリアルな夢でした。自分でも気づかぬうちに精神的な負荷がかかっていたのかもしれません。ストレスで髪が抜け落ちたこともあります。でも不思議なことに研究をやめようと思ったことはありませんでした。

博士論文のゴールが見え始めたのは4年目の半ばくらいです。指導教授からも大きな修正を要求されることがなくなり「これならいけそう!」と思い始めました。最終的に提出したのは5年目に入ってからでした。

論文を提出するには申請手続きが必要です。申請書のほかに履歴書や研究業績書、電子公開の承諾書、論文概要書などを作成して添付しました。論文は簡易製本して複数提出しました。事務所に提出した時には全身の力が抜ける気がしました。

半年後、論文審査会が一般公開で行われました。主査である指導教授の先生と副査の先生3名、一般の参加者10名ほどが集まりました。最初に私が論文の概要を説明したあとそれぞれの先生から意見が述べられ、参加者から質問が出ました。審査会は2時間ほどで終了しました。

合格通知を受領したのはそれから2か月後です。論文を提出して半年以上たっていました。学位取得には忍耐強く「待つ」ことも必要であると改めて認識しました。

学位授与式では大学からレンタルしたアカデミックガウンと角帽を着用して参列しました。ちょっと気恥ずかしかったですが学位を手にした時はやはり嬉しかったです。

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