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34 お月さんこんばんは:夜空をながめて

秋も深まったある日のことでした。仕事が長引き学校を出たのは8時過ぎ。「残業」は極力しないようにしていたのですが、年々そうはいかなくなっていました。その日も私が帰るときは外はもう真っ暗で、校舎はシーンと静まり返っていました。夜の学校って寂しいなと思いながら玄関を出ました。そのとき私の目に飛び込んできたのが夜空にぽっかり浮かぶ丸い大きな月でした。思わず「お月さんこんばんは」と声をかけたくなりました。「名月を 取ってくれろと 泣く子かな」という一茶の句も思い出されました。そう言えばここしばらく月を眺めるゆとりもありませんでした。

秋が深まると部活を終えて生徒たちが下校する頃はもう真っ暗です。下校途中で事故などに遭わないよう「気をつけて帰ってね」と声をかけながら、月が出ていると「みんなをちゃんと見守ってあげて」と言いたくなります。幼い頃、月にはウサギがいると信じていた時期がありました。かぐや姫も本当に月に帰ると思っていたこともありました。今思えば笑ってしまいますが、当時は空想の世界にどっぷり浸っていてそれがまた私を心地よい気分にしてくれました。私にとって宇宙は未知の世界であり、想像の世界だったのです。夜空を眺めるたびに想像の世界を楽しんでいました。

それが一気に崩れ去ったのが1969年にアポロ11号が月面着陸した時です。世界中の人がアメリカのこの快挙に拍手を送りました。私もそのひとりです。二人の飛行士が人類の歴史上初めて月面に降り立った日のことは今もはっきり覚えています。感動的でした。アームストロング船長の「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な躍進だ」という言葉も脳裏に刻まれています。

でも、この歴史的な快挙をテレビで見ていた私の中には感動の気持ちとは別の複雑な思いがありました。「やっぱりウサギはいなかった」という落胆にも似た気持ちです。もちろんすでに高校生になっていましたからウサギが本当にいるなどとは思っていませんし、かぐや姫の話もフィクションだとわかっていました、でも、でこぼこしたクレーターやごろごろした石の世界を見た私はそれまで自分の中で描いていた想像の世界がいっぺんに消え去ったことが残念でもありました。

事実を解き明かすことは大事です。宇宙の謎を解明することももちろん重要です。それまで謎とされていたことがどんどん明らかになっていくのは素晴らしいことです。解明されること自体に感動します。これからも宇宙の謎はどんどん明らかにされ、宇宙開発も進むでしょう。民間人でも宇宙に行ける時代が来ています。すごいなと思う一方で「お月さんこんばんは」と言える気持ちもどこかに残しておきたいです。科学と空想を混同すべきでないこともわかっていますが、夜空を眺めるときくらい空想の世界に浸りたいと思います。








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