ジャンプ+原作大賞・「萌《アイ》で忍んで我屠る」第2話
〇高校・保健室・朝
アカネ、自分の前髪を持ち上げて額を見せている。
養護教諭「よし、傷は完全に塞がってんな」
火をつけないまま咥え煙草をした白衣の女性養護教諭が、抑揚のない声で言いつつ机に向かって書類にペンを走らせる。
養護教諭「貧血は?」
アカネ「少し」
養護教諭「まあお前の身体ならじき治るよ。血になるもん食っとけ」
アカネは養護教諭の正面の椅子に行儀よく座っている。
アカネ「じゃあもうこんな朝っぱらから、先生の調書の手伝いしなくていいわけね」
養護教諭「面白いこと言うな九頭鬼」
くるりと椅子を回転させアカネを挑発的な目で見る。
養護教諭「保健室の壁修繕、大量の生徒の失神体、負傷者の治療、その他証拠の隠滅等々。ガキの喧嘩の後始末をやってやったのは誰だ?」
壁は綺麗に元通りになっており、廊下にも一切の痕跡らしきものが無くなっている。
気まずそうに養護教諭から顔を背けるアカネ。
養護教諭「喧嘩結構だが、当分はやめとけ」
「ソレするにはお前は目立ちすぎだ」
アカネ「どういうこと?」意味ありげな言葉に不審気な目を向ける。
養護教諭、調書を書きながら目線だけで辺りを見回す。
養護教諭「上の人間が先日の件を内々で調査してる」
アカネ「――ッ!? 里長には全部しゃべった!」
なんでそんな大事に! と目を剥き噛みつく。
養護教諭「喧嘩自体はくノ一ならしないほうがおかしい。家がかかれば尚更」「問題は相手とタイミングだ」
ペラと調書を捲る。そこには偶姫ムアンのページ。
派閥欄に“九頭鬼”と書かれている。
養護教諭「よりによって身内、それも偶姫が標的を落とすタイミングでと聞く」
思わず声を荒げ立ち上がりそうになるアカネを手で制す「偶姫が言ったんだよ」どうどう。
養護教諭「真偽はともかく、九頭鬼を快く思ってない一部の連中が利用しようとしてるらしい」
「お前の粗探そうと必死になって、懐疑の目を光らせてるわけだ」
ちっと面倒くさそうに舌打ちをしてからバットケースと自身のカバンを拾うアカネ。
アカネ「だったら平気ってことね。私にやましいことなんか無いんだし」
それじゃあと保健室を辞そうとするアカネの背に言葉がかかる「そんな簡単なことならな」
なに? と背中越しに振り返るアカネ。
養護教諭「聞いたことあるだろ。特殊隠密諜報機構・“お庭組”」
「それが学校に派遣されたらしい」
アカネ「……どの派閥にも属さない均衡屋」
ああ、と言いながら煙草にとうとう火をつける。
養護教諭「情報を得るためならどんな手段も問わない非情集団って噂だ」
吐いた紫煙が開いた窓の外へと抜けていく。
養護教諭「あらぬ誤解とか受けて、異端審問にかけられたら面倒だぞ九頭鬼」
睨むように養護教諭を見てから、返事をしないままに保健室から出るアカネ。
アカネ(お庭組ね)
廊下を歩くアカネ。
(私のこと調べてんだし、やっぱ直接接触してくるか?)友達いないし
キンコーン。学校の鐘が鳴る。
朝のHRが終わり、生徒らがぽつぽつ廊下へ出てきて賑やかになる。
間宮「くっ、と、くず、九頭鬼さん!」
背後から掛けられた声に「ん?」と振り返るアカネ。
アカネ「委員長、なに?」
振り返った先には、長髪を大きな三つ編みにしたメガネの少女間宮が、怯えたような感じで控えめに立っていた。
対照的に彼女の背後には、小さなサイドテールのギャル風な少女が付いている。
間宮「えっ、あ、えっと、えと、きょ、今日、うちのクラスに、て、転校生が……」
アカネ「転校生?」
疑問を呈したアカネに反応するように背後のギャルが飛び出てくる。
アイドルのような敬礼をして元気よく挨拶するネネ。
ネネ「呼ばれてじゃじゃじゃーん♪ 今日からお世話になる羽鳥ネネっていーまーす!」
「趣味は人脈って言葉使う大学生狩り☆ ヨロチクー!」
アカネ「――で?」無視して背後の間宮に言葉を促す。「って冗談だってー! ツッコメし!」アハハ! と無視されても楽し気なネネ。
間宮「あっ、え、えと、羽鳥さんの面倒を、くっ、九頭鬼さんが、み、みて、って、後藤先生が……」
手に持ったバインダーを顔の前に、恐る恐る告げる間宮。
アカネ「はぁ!? なんで私がこんなのの!」ビシっとネネを指さす。「アハハ、ひで!」
間宮「でっ、でもでも、くず、九頭鬼、さんの隣、羽鳥さん、だし。それに、九頭鬼さんは、ホ、ホームルームを、連続でや、休んでるから、って」
アカネ「ほぼ私怨でしょそれ」
くるっと、踵を返し背を向けるアカネ。
アカネ「悪いけど、私も暇じゃないから」「えっ」驚く間宮と、「ぶぅーつれねぇ」とふてくされるネネ。
間宮「でもっ、先生、に――」「委員長の仕事でしょ」手をヒラヒラと振るアカネ。
「えぇ……」ぽつんと廊下に取り残された間宮とネネ。
〇高校・教室→廊下
授業終わり。先生が「今日はここまで」と締める。
アカネ(――と、朝は言ったけど)
隣の席のネネを見ながら席を立つアカネ。「およ?」とネネ。
アカネ「次移動教室。場所、分かんないでしょ」
(流石に探らないわけにはいかないか)
移動中、廊下。アカネとネネが並んで歩いてる。
ネネ「いやぁなんか怖そうに見えたけどさー、マジ優しいじゃん九頭鬼さん!」
「あ、そだ。“くずきち”って呼んでいい?」
アカネ「ダメ」
えぇ、可愛くない? ひとりごちるネネ。
アカネ(こんな中途半端な時期に転校。しかも狙ったようなタイミング)
(それになんて言っても――)
1人アカネに話かけてるネネをよそに、考え込みながら睨むように見ている。
ネネ「んで、そん時ピとポとパがさ、喧嘩しちゃってぇ~」マジウケない? アハハっ!
アカネ(この取って付けたようなキャラ!)
(明らかに“こっち側”!)
ネネ「ちょっとちょっとぉ~! くずきちアタシの話聞いてないっしょダ~イブ!!」
ドサッ! とアカネの背中から抱き着くネネ。「どわっ!」
アカネ「ちょっ、離れろ! 気色悪い!!」「あとくずきちって止めて!」
ネネ「ヤダヤダァ、ヤダもん! アタシは一生ここに住むんだぁい!」
アカネが必死に身体をその場で揺らし振り落とそうとするが、ネネはガッシリとホールドしている。
ネネ「てかさ、ヤダモンってキャラいそうじゃね?」ウケる
アカネ(ダメだ、情報引き出す前にこっちの精神が吸い取られる……)
ノイローゼになりそうと、頭を抱えうんざり肩を落とす。
アカネ「分かったから……とりあえず降りて」
ぶえぇーとしぶしぶアカネの身体から素直に降りようとするネネ。
ネネ「あ、てか、アタシの話聞きたくないんならさ――」
そっとアカネの肩に手を再度置く。
ネネ「――くずきちの事、教えてほしぃなっ☆」
アカネの耳元で、含みの笑みを浮かべたネネが囁いた。
――ゾクッ!! 一気に肌が粟立つ。
ばっ! と振り向き際にネネを振り払う。
およよ? とわざとらしく小首を掲げているネネ。
アカネ(こいつ、やっぱり――――!)
アカネ警戒態勢、ネネを睨み上げる。
ソウイチロウ「お、九頭鬼」
アカネの背後、階段から登ってきたソウイチロウ。
ピク、と肩で微かに反応するアカネ。「くずきち?」そのアカネの様子を見て目を丸くしてるネネ。
「あ、あっ、ああ――」ギチギチとぎこちなく背後を振り返ろうとするアカネ。
アカネ「田中か」
「なんでここいんの」
冷静を装ったセリフとは裏腹に、頬を赤くして睨んでいる。
ソウイチロウ「いやジャン負けジュースってのをやってな」
「見事に俺が負けた」だが楽しい
アカネ「ふーん……」
ジュースを両手で抱えているソウイチロウに空返事をするアカネ。
ソウイチロウ『ああ、信じるよ』
先日の光景がアカネの中でフラッシュバックする。
アカネ(手が震える)
(落ち着け、落ち着け私)
小刻みに震える手を見るアカネ。
ぐっ! 決意を固めるように手を握る。
「あっ、あのさ、田中。先週の、その、さ……」
眉間に皺を寄せて真っ赤になりながら必死に言葉を手繰るアカネ。
アカネ「あ、あり――」ばっと顔を上げるアカネ。
ソウイチロウ「じんみゃく……人の脈……ああ、静脈のことか」
ネネ「イミフぅ!」アハハ!!
アカネそっちのけで会話してる2人。
ソウイチロウ「静脈はこれのことだが」
ネネ「ぶっ、ギャハハ! 血管浮きすぎてキモすぎィ!」
アカネ「あー……」顔を赤くしながら唖然とするアカネ。どこかほっとしてるような表情。
ネネ「田中くんって、顔と名前に似合わずめっちゃオモロじゃん!!」
楽し気な2人。自然と互いの肉体距離も近くなっている。
ネネの手がぎゅっとソウイチロウの服の裾を掴んでいるのを見つけるアカネ。
アカネ「早くして。次の授業始まるでしょ」
ガシッ! ネネの腕を掴んで引っ張りソウイチロウから剥がした。引きずられるネネ。
ネネ「じゃあねぇ~田中くん」廊下に取り残されるソウイチロウ。片手を上げながら「ふむ」と呟いていた。
ネネ「どうしたのくずきち、なんか怒ってない?」
落ち着き、廊下を並んで歩く2人。
アカネ「怒ってない、元から」
「…………」アカネの顔を覗くようにするネネ。
ネネ(ふうん……なるへそ)
〇高校・屋上・放課後
下校のチャイムが響く。
扉だけ開いて入口から屋上を見せるアカネ。
アカネ「ここが屋上。基本生徒の立ち入り禁止、入るバカが3名いるけど」
ネネ「おけまる」
アカネ(結局今日1日大した情報得られなかった)
(どころか無駄に疲れただけ)
階段を下りる2人。
アカネ「とりあえず一通り案内したけど、質問は」
ネネ「あっ、じゃ、ひとつだけおけ?」
先階段を下りるアカネを見下ろす形のネネ。
階段上を振り返るアカネ。
アカネ「なに」
(ほんと、コイツ一体なにもの――)
ネネ「くずきちって」
「田中くんのこと、ラブなの?」
言って笑うネネは逆光のせいか、歪んで見えた。
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