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パリ ゲイ術体験記「ラ•カンパネラ」


有名なピアノ曲は数多とあるけれど、それらの中には気軽にリクエストされても弾けません… という類いの曲がかなりあるのは、ピアノ愛好家の方ならば、きっと納得されるはず。

私の子供時代は、リクエスト希望の曲といえばモーツァルトの「トルコ行進曲」やベートーヴェンの「エリーゼの為に」、もしくはゴミ回収の時に収集車が鳴らしていた「乙女の祈り」..といった、素朴というか今日では田舎くさいと言われそうな曲が主流だった。
そして、リクエスト曲はだんだんとショパンの「仔犬のワルツ」や「ノクターン第2番」とか「英雄ポロネーズ」に変わっていった。
それが今や、リストの「ラ•カンパネラ」とか「マゼッパ」になってしまったのである。

「乙女の祈り」は、弾けても恥ずかしくて赤面しそうだからさすがに弾かないけれど、既に「仔犬のワルツ」になると、短い曲とは言えど指のコンディションが整っている時でないとアチラコチラで指がこけてしまう。(そんなのは私だけ?)
「英雄ポロネーズ」なんてのも、そう簡単にリクエストしてもらいたくないのである。
この曲はカッコいいけれど、短期集中型で弾くにも体力が要る。
それに、この手の超有名曲は、至るところで使われたりして普通に耳慣れしてしまっているから、そこそこ上手に弾いたところで「普通•平凡!」としか判定してもらえない。
なので、中レベル以下の演奏をしようものならば、「下手くそ」の烙印をもらうのは必死である。

それが、リストの「ラ•カンパネラ」や超絶技巧練習曲の中の「マゼッパ」となると、ピアニストと言えども上等に弾けない人は相当数いるような気がするのだが…
私も自分の身の程を顧みずに、サービス精神だけでリサイタルのアンコールにカンパネラを弾いた事が何度かあったけれど、勿論いきなり思いついて懐から出して弾いたわけではなく、死ぬほど練習して用意した揚げ句の事である。それであっても、私には
大いなる賭けなのである。
まず、冒頭から私のような小さな手には恐怖の大跳躍があって、そこを外したらそれだけでまあまあ致命的にオシマイの曲である。
他にも執拗なトリルや同音連打やクロマティックの音階などが盛りだくさん。
優しい皆さんは、もしもピアニストと親交ができたとしても、このような容赦ない難曲リクエストは何卒なさらないように、お願い申し上げます。
(こんな情けない事を言ってるのも私だけ..?)


さて、私が育った某県では、毎年夏になると小中学生対象のピアノコンクールが、地元のテレビ局主催で行われていた。
自由曲での参加であったけれど、そこそこ難しい曲を選んで挑まないと、予選でまず落とされるリスクが高くなる。

当時、よく弾ける友人が中学生部門で例の「ラ•カンパネラ」でもって出場したのであるが、テレビ録画もしている本選の本番にて、ちょっとしたおかしな事が起こってしまった。
当日の配布されたプログラムには、例えば..
ショパン  :  バラード第1番  とか
シューマン  :  アベッグ変奏曲
…という風に、作曲家名と曲名を少しあけて記載されているのに、その友人の箇所だけが リスト•ラ•カンパネラと、ぶっ続けで表記されていた。

変なところで神経質な私は、そこのところで変なモヤモヤを感じていたが、私の勘が的中した。
ステージ脇でコンクールの司会進行役のテレビ局の女子アナウンサーが、なんと、「では次の方の演奏はリストラ作曲カンパネラでーす」と言ったのだ!
もしこれが、私が弾く立場にあったなら、もう抱腹絶倒で多分ステージには出れなかっただろう。
しかし、何ヵ月間も指に血が滲む思いで練習に耐えてきたK君は、そんな事には全く動じずにこの難曲を見事に弾き上げて、ダントツの金賞グランプリをもらったのであった。

子供の頃から一言多かった私は、K君の演奏中に
司会の女子アナウンサーに近寄り、リストラではなくリストである旨の訂正を伝えてから、シーシー声で「おねえさん、もう少し一般教養のお勉強をなさった方が今後の為にもよろしいと思いますが」と言った。
おねえさんは少しばつが悪そうに「ホ、ホントそうねぇ..」とは言ったものの、私を睨んだ顔はオニガワラみたいであった。
「あ、それともう1ヶ所あって、ナンデルスゾーンではありませんよぉ。メンデルスゾーンですけど..
これも知らないの?」と付け加えた時には、もう返事すらされなかった …

プログラムの原稿書きが雑だったか、印刷所がいい加減だったか何だかは知らないけれど、これくらいは直前でも司会者のもとで訂正されるべきと思ったのだけど。
おかげで、私のカンパネラの想い出は、これが今でもナンバーワンである。


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