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パリ ゲイ術体験記 vo.24「とんでも外科医師団のパリアテンド」

多くの海外在住の日本人が経験していると思うのだが、何かと日本からの雑用や分野外の仕事が舞い込んでくる事が多い。
パリ暮らしが長い私だからという理由で、当然のごとくフランス語がペラペラだと思われて通訳やら翻訳やらを頼まれるのだが、残念ながら上等なフランス語とは無縁な人間なので迷わずパス。ガイドは資格もいるし名所の歴史にも疎いので、これもパス。
なので、まだなんとかアテンドならば出来そうだと引き受けるのだけど、実際にやってみると相手が予想外の奇人変人さんだったり思わぬ事件がおきたりで、なかなかに疲れとストレスが溜まる仕事なのである。

ある時、日本の某私立医科大の外科医教授率いる新前外科医グループ 7-8人のアテンドを引き受けた。
パリでの外科医学会へ参加するのだという情報から、きっと立派な先生方のご一行だろうから粗相のないようにしなければ..くらいに考えていたのだが、出会った瞬間からなんとも面倒臭い案件であるというモヤモヤ感を予感した。

まず、爺さん教授のお力が凄いらしくて、他一同はそこにただただへつらうのみ。
パリ観光にあたって教授が明らかに間違った情報を出してきても一同は黙るだけで、後ろから私をつついては「のりタマさん、教授に情報が間違ってると
やんわりと言って下さいよ ..」とヒソヒソ声で頼んでくる。やんわり言うならオマエさんがやれば?とも言えず、いつも私が教授に嫌なダメ出しばかりする役目に。

教授のみならず子分医者たちの話にもびっくりさせられる事の連続で、普通に相槌することが難しいことも。
誰かが「パリって空気の乾燥度合いが半端ないっすね!」と言いだせば、別の子分が「そう、スゲーよなー。乾燥防止に朝部屋を出る前にバスタブいっぱいに水を張って出かけたのに、夕方部屋に戻ったら全部蒸発していて空っぽになってたんだよー」と言っているのを聞いて、私はその子分医者の顔をびっくりして見直した。その他一同も「スゲーな」と答えている。
そんなワケがあるはずはない。1日かかってバスタブを煮詰めたわけじゃあるまいし …
掃除のおばさんが流したか、流さなかったとしても栓の隙間から漏れて流れていっただけであろう。
そこらの小学生からも失笑されそうな話ではなかろうか?
もしも「ノーベルやぶ医者賞」なるものがあったならば、ノミネートに直ちに推薦されそうな御仁である。私は、トゲが刺さっただけでもこんな外科医さんには診てほしくはないものだと思った。

滞在の極めつけは、ある日のディナー。
フランスの医療器具メーカーの接待という形で、ミシュランの超人気3つ星レストランへ。クリスマスの晩は10年先まで満席という店。
無論、レストランは子分医者が1年近く前から日本から予約を入れていたもので、医療メーカーが用意したものではない。そこら辺だけは、ぬかりがない。

シックな黒服さんが登場して「それでは皆様、まずアペリティフ(食前酒)をご用意致しますので、ご希望のお飲み物をお伺い致します」と言えば、「僕アサヒ」「俺サッポロ」「ヱビスある~?」と一斉に即答。日本の居酒屋じゃあるまいし …
教授も「酎ハイカルピス」なんて言ってる。
黒服さんから「あいにく、それらのお飲み物の用意はございません」と言われて、一同が「なーんだ、チッ」。

食事のチョイスと同時にワインの選択もきかれるのだが、この方達は1本10万円を超す高級ワインを一度に10本以上頼んでいる。「残ったら持って帰るから」ですと??
こうなると私にはもうお医者様のご一行というより、育ちの悪いお猿さんの群れにしか見えてこない。
この時点でレストラン側からは完全にバカにされていたようで、その晩の食事は全てが冷めたぬるーい食べ物しか提供されなかった。

メインディッシュになる頃には教授は座ったままで眠りに入って舟を漕いでいる。
「きっとお疲れなのでしょうが、レストランで寝るのはよくないですから教授を起こして頂けますか?」と子分医に言えば、そんなこと誰も怖くて出来ないから私にやれと言う。
仕方なく教授を指でつついたら「あ~ぁ疲れたねぇ君。むにゃむにゃ#&%@>=÷£$…」と意味不明の寝言みたいなことを言いながら、いきなり目の前のフォークを掴んだと思いきや、それをシャツの中の下着の下に入れてボリボリと背中を痒きだしたのだ!
この醜態を子分医達は見たのか見てないふりをしているのか、誰も知らんぷり。ここまできたら、恥ずかし過ぎて私も知らんぷりである。

お会計額はワインだけでも100万円ではすまない値段だから、総額はご想像におまかせしたい。
もしかしたら、医療器具メーカーの人はこんな押しかけ接待みたいなものに慣れっこだったりするのかも知れないが、レストランからの会計書を手にとった人の顔がしばらくの間は硬直していたふうに見えたのは、この業界の"当たり前"を知らない私だけが肝を冷やしていたからなのだろうか..

無事にでもないが、おフランスの世間で恥をかきながらの4日間のアテンドを何とか終えて、お見送りに空港へ。
ようやく最後の別れ際になってから「では、のりタマさんにアテンド料のお支払を…  事前の打ち合わせで"1"ということでしたからね..」と言って渡された封筒が何やらやたら軽くて薄い。
いやーな予感が横切ったので帰宅途中で封筒を開封したら、案の定中身は1万円。
数ヶ月前の電話での問い合わせで「アテンド料は1ですか2ですか?できれば1でお願いできれば」と言われ、知人経由で頼まれた仕事でもあったのでハイハイと了解しておいたのだが、こちらが了解した1は1万円ではなく10万円であるぞ! 10だって破格なのに。
この時代に大の大人を1日10時間で4日間拘束しておいて、何が1万円だ。さっと計算しても、これでは時給250円じゃないの。
マクドナルドのバイトさんが高給取りになってしまう。

家に着くと同時に某医科大経理課に電話を入れていた私であった。
やれやれ、これで私のブラックリスト掲載者がまた増えてしまった。


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