第9話 そんなんじゃない
翌日の運動会当日
運動会は近くの小学校の運動場を
借りて行われる
でも私は母に連れられて
制服で幼稚園に向かった
そこには担任の先生と
隣のクラスの今まで話した事がない
金太郎カットの男の子が1人いた
金太郎カットくんは
チラリと私を見ただけで
何も言わなかった
それから先生たちと
どこかへ歩いて行く
どこへ行くんだろう?と
思っていると
近くの団地内の一室だった
そこへ先生と入っていくと
真っ黒な服を着た
部屋いっぱいの大人たちがいた
みんな正座をして俯いていた
お坊さんの読経の中
部屋の隅っこに座らされ
先生にこそっと言われた
「先生が、せーのって言ったら
『◯◯くん、さよーならー』って
言うのよ」
その時の私は
「死」と言うものを
どんな風に捉えていたのかは
分からない
分からないけれど
あの子がいなくなったんだと
悟った
そして
きっとあの小さな箱の中に
いるんだろうなと
見えないから確信もなく
思っていたと思う
しばらくすると
先生がふいに言った
「せーの」
金太郎カットくんに合わせるように
大きな声で言った
「◯◯くん、さよーならー」
また先生が言った
「せーの」
「◯◯くん、さよーならー」
大人たちは一斉にすすり泣き始めた
私は急に
そんなんじゃないのに…
そう思った
さようなら
じゃないのに
本当は
もっと遊びたかったねーー!って
もっと話したかったねーー!って
言いたいのに
私の気持ちは
さようならなんかじゃない
強くそう思った
先生と私と金太郎カットくんは
すぐに退出し
運動会の用意をしてくるように
言われた
先生の顔は泣き笑顔だった
どうやって
着替えて小学校の運動場に行ったのか
思い出せないが
みんなは楽しそうに
はしゃいでいることに
安心したのと
気持ちが浮上しない自分に
複雑な気持ちだった
結局最後の方の
マーチングバンドぐらいだけ
参加することができた
そのマーチングバンドで
みんなが憧れる10名くらいの
踊り子的役割に抜擢された私は
白の手袋をし
指揮官の後ろでキビキビ踊った
次の日
あの子の席の上には
ビックリするくらいの
大きな大きな白いユリの花が
花瓶いっぱいに
咲き誇っていた
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