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未の刻④

有布子は中学生になった。
一学年一クラスしかない学校の生徒は、やはり一学年一クラスしかない学校の生徒と合流しての中学校生活である。
クラスが二クラスになった事で有布子はホッとしたが、有布子の担任が難のある女性教諭でがっかりするどころではない。

しかし、中学でようやく友達と呼べる子達が出来たことで有布子は気が緩み、その担任について家庭でしゃべるという失敗をしてしまった。
結果、母親が最初の懇談会どころか、全ての顔合わせに置いて、余計な事を喋ったのである。

「うちの娘は先生が大好きみたいで、ずっと先生に担任でいて欲しいって言ってますの」

「はああ?どうしてそんなことを言ったの?あいつは男子の手を握って喜んでいる変態だよ。私は隣のクラスの先生の方が良かった」

「なっちゃったんだから仕方ないでしょう。いやがらせされるよりはとお母さんは考えたの。気に入って貰えば可愛がってもらえるじゃないの。また小学校の時みたいな目に遭いたいの?」

「小学校はお前のせいだろうが!!お前こそ私を知恵遅れだって意味も無く叩いただろうが!!姉や妹には新しい服を買うけど、あたしには買わない。だからこいつは殺してもいいんだって言われたんだからね!!」

「あなたは本当にひがみばっかり。ああ、お父さんのお義母さん、あの基地外にそっくり。大体理科が得意だなんて女の子じゃない。女の子じゃ無ければどうして男の子で生まれなかったのよ!!」

有布子は母の言葉に反省した。
どうしてクズだとわかっている相手と会話したのだろうか、という反省だ。
そこで有布子は今一度、母親と口を利く事を一切しないことに決めた。

もともと小学校の時から母親には無視される事も多かったのだから、有布子が無視しても母親が気付くどころか気にもしないだろうと有布子には分かっており、その事実こそ悲しかったが。

そんなある日、有布子の目の前で事件が起こる。
田巻菜々美がまたいじめを始めたのだ。

しかし、今回は有布子ではない。

有布子は学校の勉強をしないので学校の期末中間は中の上程度だが、中学校で行う共通の模試では学年三番になっている。
つまり、女子では一番だ。
小学校と違い成績上位者へは教師の目がありいじめが出来ない、また、有布子が中学で仲良くなった子達は大人しく真面目な上、生徒会の手伝いをするぐらいの子達である。

中学で小学校時代のひいきによる学力メッキが剥がれた田巻が、学力で差が出来た有布子に手出しなどできないのだ。

しかし彼女は中学に上がった時点で、有布子が虐められ嫌われていた実態を取り巻き達に広めさせてはいた。
有布子にそれしか攻撃できなかったと見るべきか。

「猪俣、お前は調子に乗ってんじゃねーよ」

大声を上げた男子、仙波は、猪俣綾子の机を蹴った。
猪俣は悲鳴を上げ、顔を覆って椅子の中に縮こまる。
有布子は自分を押し倒した事もある体の大きな猪俣が脅える姿に、良い気味だと思ったが、その仙波の行動は田巻によるものだと舌打ちをしていた。

「またかよ」

それが事実であると証明するように、白井までも猪俣の机の前に立った。
白井はそれなりに学力があり人好きするので生徒会の役員をするようになったが、田巻へのあからさまな片思いも隠さないのでもの笑いの種ともなっている。
その白井も猪俣の机の前に立ったというならば、この男子二人の行動は田巻の指示によるものだ。

「お前さ、友人だと思ってた奴に裏切られるって傷つくんじゃねーの?」
「私は裏切ってなんか」
「裏切られて無くて泣くかよ」

有布子は猪俣の不幸を眺めながら、仲が良かった田巻と猪俣の間にどんな諍いが起きたのか知らないが、自分への波は来た、それは分かっていた。
だから、次の生徒会の手伝いについて、友人に誘われたら絶対に参加する事にしたのである。

白井によって田巻も生徒会の活動に参加している。
恐らく次の会合の書類づくりとなるだろうが、その手伝いは生徒会役員の一年女子だけになるだろう。
有布子は生徒会役員ではないけれど、手伝うと言えば友人となった秋口は喜んで受け入れるはずだ。

そしてその日から一週間後、生徒会の仕事が有布子に来た。