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(短編小説)誰のせい?

義男は、会社の会議室で一人ため息をつくのだった。

(ふうー・・・)

「こんなに自分の全てを犠牲にして頑張ってきたのに、こんな結果か。
神もへったくれもねーな!」

義男は誰もいない会議室で、怒りをあらわにして叫んだ。



義男は、現在50歳。

小さいながらも社員5人を抱える経営者。

イベントの企画、運営を行う会社である。

義男は、創業経営者にありがちな、人の意見に耳を貸さず、我が道をいく典型的な男だ。

社員にも当たりはきつく、ミスをした者には、逃げ道がないくらい叱咤をする。

口癖は、「無能な社員を持つと苦労するよ」であり、ことあるごとに社員に聞こえるようにそう言う。

実際、義男は”ひらめき”という天性の才能があり、クライアントからも重宝がられている。

そんな義男の社員たちは、いつも義男にビクビクしている。


仕事は義男の人脈で、親友の啓太(大手広告代理店部長)からの紹介がほとんどである。

その啓太からの紹介を義男の持ち前のアイディアで、仕事につなげてきた。

今回も、啓太から、義男の会社では未だかつてないほどの大きな案件が持ち込まれた。

この案件を見事受注できれば、1年の受注目標と同等の受注高になる。

これは、なにがなんでも受注したい義男は、社員を集め、夜な夜な会議を重ねた。



義男  「全くどいつもこいつも無能な奴め!碌なアイディアが出ない!
     受注できなかったら、お前たちのせいだからな!」

社員A 「すみません…」

義男  「B、昨日行った概算の見積もりはできたか?」

社員B    「すみません、今やっているところです…」


義男  「はぁー?だからお前は無能だって言うんだ!じゃあいつできるんだ!?」

社員B    「明日中にはなんとか・・・・」


義男  「もういい、さっさとやれ!

     とにかく、この案件を受注できなかったら、お前ら責任取れよ!

     わかったな?」


社員一同 「はい。」


義男  「じゃあまた明日の夜会議をする。
     それまでに各自頼んである仕事を仕上げてくるように!」


義男はため息と叫び声の混じった声を発し、会議室を後にした。



その夜、義男は啓太を食事に誘った。

啓太 「おう!悪いな遅くなって。」


義男 「ううん、俺もさっき来たところだ。」


啓太 「今度の案件獅子はどうだ?」


義男 「うん、正直うちには荷が重いかもな。」


啓太 「どうした、珍しく弱気だな。」


義男 「なにしろ、うちは社員が無能揃いで、
    アイディアは出さない、書類はろくにできない。
    
    全部俺がやらないとだから、これだけの案件となると、
    流石に一人じゃきついな。」


啓太 「まあ、お前の天性のアイディアで乗り切れることを期待するよ!」



その後、啓太と別れた義男は、再び会社に戻り、できるだけの仕事を朝までやったのだった。


義男  「もう、朝か、これだけやったら社員は驚くだろうな。
     
     俺の仕事のスキルの高さに、自分達の無能さを痛感するだろう。」


   

皆が出社する時刻になった。

全員揃った。


義男 「今朝まで、お前たちのできなかった書類、俺が作っておいた。
    
    だからお前たちの業務は俺一人でもできるってことだ!
    
    お前たちがいかに無能かわかっただろ!」


社員A  「はい、よくわかりました。
    なので、私、本日で辞めることにしました」


社員B  「私も辞めます。」


その他 「私も。」


結局、全員が辞めると言い出した。


義男 「何をお前たち!
    
    今まで無能なお前たちを面倒見て給料払ってきた恩を忘れ、
    このザマか!

    もういい、勝手にしろ!」


そう義男が言うと、社員は全員義男に頭を下げ、出て行った・・・・



とにかく、従業員が全員辞めてしまった今、義男はやれるだけのことを、精魂尽きるまでやるしかなかった。


プレゼンの3日前、啓太から電話があった。


啓太 「お前、従業員が全員辞めたんだってな。」


義男 「なんでそれを?」


啓太 「まあいい、ライバルは結構今回のプレゼン、自信あるようだぞ!」


義男 「俺も今回は、全勢力を使って、精魂込めて作った企画、絶対に受注するよ」


啓太 「そうか、じゃあ安心だ。

    あ!それと、お前の企画、ライバルに漏れてるようだぞ!
    
    気をつけろよ!」


義男 「なんだって??
    
    どうして・・・
    
    あいつらだな!今までの恨みを恩を仇で返しやがって!
    
    絶対許さん!」


啓太  「お前そんなに恨まれてたのか?」


義男  「いや、あいつらの逆恨みだ!自分の無能さを棚に上げて!

     俺こそあいつらと出会って本当に苦労の連続だった。

     本来ならば、もっと大きな会社になっていたところ、あんな無能な集団    を抱え込んでしまったために・・・」


啓太  「お前少し休んだほうがいいぞ。ゆっくり休んでからプレゼンに臨め。」


義男  「ありがとう。」


義男は電話を切った後、死んだように眠りについた。




プレゼン前日、啓太から電話があった。


啓太 「義男、よく聞け!」


義男 「どうした、神妙な声して・・・」


啓太 「先方からたった今電話があった。
    
   今回はライバル社の企画で決まったそうだ。

   すまん・・・」


義男は呆然とし外を眺め、湧き出る涙を拭い、啓太に・・・


義男 「お前がこんな案件を持って来なかったらこんなことにならなかった。

   社員も辞めなかった!みんなお前のせいだ!!」

  
  と、興奮して啓太を責め立てた。


啓太 「お前、本気で言ってるのか?

   お前がそうやって人のせいばかりにしているから、お前の周りに人が
   寄らなくなって、去っていくって、まだ気づかないのか!

   お前とはこれで絶好だ。あばよ。」


そう言って、啓太は電話を切った。


義男 「畜生!なんでみんな・・・・」


親友の啓太にまで縁を切られ、今後の仕事ももう絶望的になった義男は、

絶望感を漂わせて街を彷徨っていた。


その時、

「社長!」

突然誰かが呼び止めた。

聞き覚えのある声。

社員Aだった。


義男 「なんだお前か!さぞかし哀れだろ!笑えばいいさ。スッキリしたか?」


社員A  「なんでスッキリするんですか?社長には本当に感謝しています。

   何もお役に立てず、迷惑ばかりかけて、社長に依存している自分に嫌気が
   差して、このままでは自立できないって思って、勝手だとは思ったけど、
   辞めることにしました。」


義男  「なんだって?俺の言葉や態度が気に入らなくて辞めたんじゃ
    なかったのか?」


社員A 「それは正直きつい時もありました。

   でも、社長のおっしゃることもごもっともだなって。

   でも、あんな形で会社をさったことに、自分でも申し訳ないと思い、外部
   からでも社長のお役に立てないかと、あれから色々調べたんですけど、今
   度の案件、企画、予算全て社員Bが、ライバル社に引き抜きの条件で漏洩
   していたことがわかったんです。

   当然、ライバルは同じ企画で、うちよりも低予算で挑んできます。

   だから、明日のプレゼンに間に合うように、その企画の改良点と予算の
   洗い直しをして、予定より2割コストダウンできることに気がついたん
   です。」


義男  「そう言うことか・・・」


社員A  「だから明日ですよね?プレゼン。それを伝えに社長に会いに向かって
    いたんです。」


義男  「もういいんだ」


社員A 「え?」


義男  「もうこの案件はもういいんだ。

     結局誰が悪いわけじゃなく、全部自分だったってことだ。」


社員A    ?
 
     「どう言うことですか?」


義男  「もうライバル社で決まったそうだ。」


社員A   「え!....そうだったんですね…」


義男  「でも、俺は仕事は失ったけど、それより得たもののほうが大きかった
    ことに気づけた。

    お前のおかげだよ。本当にありがとう。

    でも、もう俺と仕事をするのは嫌だよな?」


社員A   「嫌だったら、社長に会いに来ていません!」


義男  「え・・・?

    …じゃあ、お前の退職願は、破棄してもいいか?」


社員A   「はい!ぜひお願いいたします!」


義男  「こちらこそ…、改めてよろしくお願いします!


    でも、今回の一連のことがなかったら、俺は

    『実は全ては自分、周りはお陰様』って気づけなかったよ、、

    一般的には悪いと思ったことも、実は成長できる経験だったってことが
    よくわかった。

    そう思ったら、早く啓太に心からお詫びしないとだな!」


社員A   「啓太さんと何かあったんですか?」


義男  「ううん、いつもいつも有難いなって伝えたくなっただけ。」


社員A   「だって社長、お詫びって?」


義男  「ごめん、感謝だった(笑)」

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