バクバクな日にはヒプマイを

昨日はモウオにとってとても重要な日でありました。
それはそれは大勝負と言えるほどの大舞台で、嵐のような雨の中戦場へとつま先を前に前に向けて行ったそんな日だったんです。
向かう途中
靴擦れによるズル向けになった踵、その絆創膏代、謎の遅延の数々…
神の試練か?と思えるような不安要素にあたりつつ戦場へと駒は進んで行きました。

進むにつれ遅刻というレッテル無しの安堵を思った時でした。
まるで口から全ての大事なモノが溢れてしまうくらいの震えと心音を感じたのは。
緊張だ。
それも周りから見てもわかるんじゃなかろうかぐらいの緊張。

これ以上
上がれば息すら詰まるほど震えと心音が支配するあの感覚は自分すらダメにしてしまうはずなんです。
どうにか抑えなくては…

そんな時、昔をふと思い出しました。
昔といっても片手で数えられるくらいの年、
その年末近く同じくらいの感覚になった日がありました。
その日は夢みたいな日でした。
ある推しスポーツで推していた場所が決勝まで行くという快挙の結末を生で観た日。
そこはクソ弱いだのなんだのよく言われる所でずっと見てきた自分ですらチラリと写るだけで嬉しくなってしまう世間から興味がない所でした。
本当の最後、決勝ガチ試合なんて夢のまた夢みたいな場所がその場にいる。
それだけで過呼吸ものでした。
しかも運が良ければ優勝、
その日1のヒューヒュー息で過呼吸寸前、緊張高鳴りで観ていられないほどに…
その時
お守りで聴いていたのは
当時、プラスアルファ無ししかなかった
ヒプノシスマイク舞台の曲でした。

『Battle of Pride』

それがその曲の名です。

聴いた時、なぜだかなんとかなる気がしたんです。
そしたら優勝していました。
勝負曲ってこうやって決まるんでしょうか。
自分にとってトクベツな曲になった日でした。

あれから何年後の昨日。
同じく中身を出してしまうほど緊張をした日。
謎の遅延を乗り越えた中で漫画化していたらぐるぐる目をしているような自分はヒプノシスマイクに祈りを込めました。
震える手で新作が出たのにも関わらず数字無しバージョンの三角形をポチりと押す。

ぞわりと背をなぞるような前奏に耳を傾け、彼らを思い描く。
勝手に舞台へSHOWTIMEをみせにガチな顔つきで向かう彼らを頭の中で再生させてゆく。
ああ、そうだ、似た街並み、似たような世界、でもクソッタレな時もあるあの世界線であいつらはがんばっているんだ。
あの男達も、どんな内部かしらねぇがあのお姉様方だって
自分よりも動いてる。変えようとしている。
ならここで震えるのは違うじゃないか、もっとあの世界で頑張るアイツらみたいになッテやる。

あの曲が終わる頃には覚悟は決まっていた。
ヒプノシスマイクは自分を後押ししてくれる最高で最後の希望くらいにもうなってるような気がする。
だからどんな結果だろうが、わたくしは最大限に発揮したものを見せられて満足になった。

勝負曲が己という場所でも勝負曲になった。
そう振り返れるような日の昨日でした。

ヒプノシスマイク、ありがとう。

ヒプマイに狂うほど沼ったオタク サポートしてくれたら かなりヒプノシスマイクブログはかどります!