エビ何尾食べた?

 私と我が家にとって、エビは、やはり「ご馳走ちそう」かもしれない。食べるのは、天丼は私だけが外食で2ヶ月に1回くらい、家では小エビを使ったエビチリを夫婦で年4回くらい、子供や孫などが揃う正月とお盆に、やや大きめのエビを使った天ぷらと小エビのかき揚げくらいのものだ。「無頭30グラムエビ換算」だと、多分年間20尾に満たないと思う。格別の「思い入れ」は、無い。しかし、エビは輸入魚介類の上位に長く君臨してきた、「人気者」のようだ。

エビには、「詳しい」人が多い

 まず、「エビ」と書いたが、漢字の「海老」もあり、ちょっと高級感が漂う。中国料理店に行くと「蝦」がエビだ。中国料理のメニューは四文字表記され、調理法+材料の組み合わせで論理的だ。例えば、エビのチリソースは、大抵「乾焼蝦仁」とか表記され、前の2文字=乾焼は「汁気を乾かすまで煮詰める」調理法を表し、後の2文字=蝦仁が原材料を示している。「えび」とひらがなで書くこともある。

 語源的にも、植物の「ぶどう」語源説、「腰が曲がり、長いヒゲのある姿が老人に似ている」=海の老人説など諸説がある。また、海底を歩くエビは「海老」、海中を泳ぐエビは「蝦」と分類し、中国語でも魚編で「鰕」と書いていたのが本来だったが、魚ではないので虫編の「蝦」になったという説もある。

 また、何気なく「何尾」と書いたが、数え方にも流儀があるようで、生物として扱うときは「匹」、商品として扱うときには「尾」、「本」と数えるようだ。店先で竹籠に数尾入った車海老なんかは「本」と表記され、希少性を演出しているようで、エビにも階級差があるように思える。

エビの「落日」?

 エビに詳しい人が多いのは、食べ物としての歴史が古く、貿易量が多い「国際的商品」で、消費量も多い人気魚介類だからかもしれない。

 日本では、エビの輸入は経済成長と共に拡大し、バブル経済の頃には、輸入量と一人当たり年間消費量で世界1位に上り詰めたと言う。別に1位が偉いというわけではないが、経済成長と共に歩んだ象徴的な魚介類ではある。

  エビをめぐる研究成果も多い。1988年に刊行された村井吉敬著「エビと日本人」(岩波新書)は、2019年に45刷を重ねた古典だ。20年後の2007年、続編として同じ岩波新書から「エビと日本人II〜暮らしのなかのグローバル化」が出て、こちらも2018年に10刷に達している。

 日本のエビ消費量が上り調子の頃に刊行された最初の本では、当時(1986年)の一人当たり消費量は無頭エビで2,000キログラム、一尾30グラム(エビとしては大型)で「換算」(「換算」と言うのがすごい。種類も多かったのだろう)すると、年平均70尾になったという。週1回大型エビを1尾食べていた計算で、25年前の1961年には、せいぜい月に1尾だったという。ちなみに、1986年の一人当たり消費量は1位で、国別消費量でも世界平均の一人当たり257グラムの10倍近くなったという「エビ全盛時代」で、「当時日本はバブル経済の真っ只中だった」

 20年後の続編によると、バブル経済がはじけると共に、1990年代に「エビ凋落ちょうらく」傾向が明らかになった。1997年には、アメリカが日本を抜いてエビ輸入量の1位になっったが、エビの日本の家庭内消費のピークは1992年で、年間3,340グラムになったが、2004年には、2,196グラムに激減し、その後も減少傾向が止まらないようだ。水産庁の統計でも、2022年代に入ると、かつてのエビ人気は、マグロや鮭に代わられている。

 その理由の一つが、日本の家庭では、エビは天ぷらやフライに調理される比率が80%を超え、その限られた調理法が、消費頭打ちの原因とされる。また、電子レンジで手軽に「調理」できる冷凍フライの拡大もあるようだ。

 ちなみに、エビだけでなく、他の魚介類も長期低落傾向に転じ、「魚離れ」が進行しているようだ。水産白書2017年版によると、

 ① 魚介類の1人当たりの消費量は減少を続け、1人1年当たりの消費量は、2001年度の40.2kgをピークに減少しており、2016年度には、前年比1.1kg少ない24.6kgとなった。これは、昭和30年代後半(1960年代)とほぼ同じ水準だ。近年、1人当たりのたんぱく質の消費量自体も減少傾向にあり、背景に、高齢化の進行やダイエット志向等もあると考えられる。

 ② 年齢階層別の魚介類摂取量をみると、若い層ほど摂取量が少なく、特に40代以下の世代の摂取量は50代以上の世代と比べて顕著に少なくなっている。近年では、50~60代の摂取量も減少傾向にある。

 ③ 1人当たり生鮮魚介類の消費量は減少し続けているが、消費される生鮮魚介類の種類も変化している。1989年度にはイカやエビが上位を占めていたが、近年はサケ、マグロ及びブリが上位を占めるようになった。切り身の状態で売られることの多い生鮮魚介類の購入量が上位になっている。

 真偽の程は定かでないが、ひと頃、「魚は『切り身』で泳いでいる」と思っている人がいるという、嘘のようなニュースが流れた。魚離れには、魚の調理が面倒と言う面もあるようだ。でも、「恋愛において、魚を自分でさばける人はカッコイイ」と答えた女性の割合を調べたアンケート調査がある。魚調理ができると「モテる」かもしれない。

出典:マルハニチロ 2017年アンケート調査から

エビを考える

 さて、この「エビと日本人」シリーズは、インドネシアなど海外生産現場の丹念な現地調査を踏まえた報告だ。日本が大量に輸入してきた冷凍エビの生産現場では、養殖池の拡大、生産に関わる貧しい漁民や、労働者の過酷な労働実態と貧困、養殖池拡大のためのマングローブ林の大規模伐採による環境破壊や、農薬・抗生物質の多用など、さまざまな問題点が、多角的に検証されている。

 日本が輸入するバナナの主生産地であるフィリピン・ミンダナオ島の農園調査を踏まえ、広大な農園で働く労働者の過酷な労働と貧困と、多国籍企業による生産・流通支配の実態を明らかにした「バナナと日本人」(鶴見良行著、1982年岩波新書刊)と対をなす、問題提起の名著だ。

 安くて美味しいバナナと食卓を飾るエビの輸入が、実は生産地での貧困問題の輸出になっているというのは、皮肉であり、考えさせられる。

(了)










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