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ことばの対峙力
ことばの「対峙力」とでも言うべきことについて考えた。
森川義信
考えるきっかけとなった、「勾配」という詩を紹介したい。前回「言葉の喚起力」で取り上げた、森川義信の代表作の一つだ。
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森川義信(1918-1942)は、前回紹介した衣更着信と同じく、香川県(三豊郡栗井村)出身の詩人だ。昭和12年(1937年)に早稲田第二高等学院英文科入学で上京したものの、詩作はするが学校は休みがちで、昭和14年に同校を中退した。故郷に戻ると、ほどなく兵隊にとられ、昭和17年8月13日、24歳の時、ビルマで戦病死した。
大学に在籍中は、同時代の詩人との交友もあり、第一高等学院生であった詩人の鮎川信夫が当時の森川について書いている。自身の詩集の冒頭に、「死んだ男」という詩も書いている。
「彼は学校を休んで、絵を描いたり、ビールを飲んだり、五尺七寸、十七貫(注:172.7cm, 63.8kg)の美丈夫に似合わしからぬ小心の恋愛をしたりしていた」(鮎川信夫詩人論集「森川義信」から 1971年9月 晶文社刊)寡黙だったという。故郷に帰ってからは、ぶらぶらし、草相撲に飛び入りで入ったりしていたという、純朴な青年の一端を窺わせる。
「勾配」は、昭和14年10月に、同人誌に載せるため、森川が鮎川の下宿に持ってきた詩のようだ。故郷の香川に帰る直前、先輩の鮎川に託した詩だ。
帰郷後は、「廃園」と「あるるかんの詩」を書いただけで、故郷丸亀の村役場に「生前の厚誼を謝し、君の多幸を祈る」と言う友人向けの遺書を残し、出征したと言う。
私は、この詩の最初の4行と最後の4行が好きだ。私なりの解釈だが、自分の人生を正面に据え、強い覚悟と意思を感じる。この詩を最後に東京を去り、遺作とも言える2篇の詩だけを残して、南方の戦地に向かい、戦病死した。その作品のひとつひとつが、短い人生を凝縮しているように思えてならない。生きていれば、もっと広い世界に出会い、人生を歩み、優れた詩を遺したと思う。
「対峙」という言葉が、森川が詩人として、人生と正面から向き合って言葉を捻り出す「緊張」を言い表すのに、相応しいと思ったからだ。
土門拳の力
「対峙」ということでは、もう一人挙げたい。写真家の土門拳だ。「リアリズムの鬼」と言われた土門の写真集のうち、特に「古寺巡礼」は圧巻で、1963年の第一集から1975年第四集まで完成に12年をかけた労作である。今にも動きそうな躍動感のある仏像の写真を見ていると、その裏に、撮影者の険しい形相が透けて見えてくるようだ。レンズを通して対象と向き合う姿は、まさに「対峙」という他ない。レンズの対峙力。
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辞書の力
ところで、「対峙」の意味を探ると、広辞苑では、「相対してそばだつこと。向き合って立つこと」と素っ気ない。国語辞典、類語辞典から、漢和辞典まで10冊近い辞書を調べてみたが、ぴたりとこない。唯一の収穫は「もと、高くそびえるものが向き合ってあって立つこと」(岩波国語辞典)と言う由来の語釈を得たことだ。
そう言えば、登山案内に、「北アルプスの常念岳(2,857m) は、梓川を挟んで、槍ヶ岳(3,180m) と『対峙する』名峰だ」と時々登場していた。そう言う使い方が本来的なのだろう。
では、「言葉の対峙力」という言い方は可能か?助っ人がいた。中村明氏の「日本語〜語感の辞典」だ。表現の選択に悩んだ時に、時々お世話になる。
対峙の語釈の二番目に、「太宰治の『冨嶽百景』に、『三七七八米の富士の山と、立派に相__(=対峙)し、みじんもゆるがず、なんと言うのか、金剛力草とでも言いたいくらい、けなげにすっくと立っていたあの月見草はよかった』」とある。文学作品の実例を揚げるのが、この辞典の特色に一つだが、感心した。富士山も月見草も自然物だが、対象を前にして、人が緊張して言葉を絞り出す姿に使っても、それほどおかしくはないのではないか?
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言葉には、いろいろな力がある。「言葉の喚起力」では、言葉が生み出すイメージ、「言葉の対峙力」では、人が対象と向き合う姿勢を考えたが、ともに、言葉を選択する時に、常に緊張感を持って心がけたいことと思っている。
(了)
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