私と陸上競技 ③燃え尽き、終焉
中学2年の夏の練習、スピードの能力が上がると、最低限のスタミナも付属してくる物なのだと知った。前年度着いて行けなかった基礎練習には着いて行けるようになった。秋の東葛駅伝は、選手枠10人。2年目は、絶対に選ばれなければいけないのでどの練習も安全圏の8番で練習を終えることを意識した。そして練習後のクールダウン目的のプールも、1人だけスタミナ付けるために全力で泳いだ。
もう一つ、中2で伸びるきっかけになったのは、女子部活の参加が多かったことかな。私も正真正銘の♂なので、異性に走ってて良いところ見せたいって言う欲はちゃんとあった。今は枯れ果てたけど。
大便器とご対面嘔吐する回数も格段に減り、明らかに強くなったことを実感していた時、クラスの保護者面談で(クソ顧問は中2の頃担任)私の親に、
「藍河くんは10人のメンバーには確実に入ると思う。平地のスピード区間ならかなり勝負できるレベル。後は食事等でスタミナアップを心がけてください。」
との顧問からのありがたいお言葉があったことを聞いた。1つ心のおもりが、取れた気がした。
夏明けの市内駅伝。練習の弱さが致命的になりBチーム登録になったが、そのレースでAチームの2人にタイムで勝ち、東葛駅伝出場は手中に収めた。顧問にも「どっかしらで使う」と言ってもらえた。その頃から私への当たりも少し緩くなってきていた。(クラスが分裂して荒れていて、それどころじゃなかった説もある)
小6以来2年ぶりに、走っていて「楽しい」と思える時期だった。
来たる東葛駅伝。私はチーム1.2番手の人が1区、2区を走った後の3区に任命された。ある程度抜かされるのは覚悟の上。問題は入賞圏内との差である。4区を走る人が、練習頑張りすぎによる疲労で、万全じゃないので3区が失敗したらレースが瓦解する。責任重大だと思い、10日前くらいから本番レース用に買ったシューズを教室でも履いて慣らし、授業中も床でストレッチをするようになった。静かにしていたから何も言われなかったが。
レース当日、私は緊張のあまり集合時間の1時間半前に到着してしまった。当然ながら校門も開いておらず、門の前の坂を何本かダッシュして身体を温める。
前年のメンバーだった高1の代の先輩たちが、差し入れ等で朝来てくれた。
「ゲロ野郎が、速くなったな。」って言ってくれて嬉しかった。やっと認めて貰えた気がした。
顧問から、レースの指示が各々送られる。
私は頭が悪いので、「とりあえず入賞圏では来ると思うから、抜かれても良いから後ろとの差をつけろ。大勢と競るな。」
4区で起用したかった人が、復調し切らずに後半区間に回ったのだった。4区は各校のエースが集まる。ウチは力が4区では劣っているので、3区で貯金を稼ぐ必要がある。そればかり考えていた。
そして、引率の先生方の車に乗り込み、各中継地点へ。
付き添いの後輩や同期が色んな手で緊張を和らげようとしてくれたが、無駄だった。
1区の中継報告。トップと10秒差の20位。2区の同期はチームでも1番仲が良く、小学校のマラソン大会でも1位と4位の激戦を繰り広げ、リレーも共に走ったいわゆる親友という仲だ。きっとやってくれる。直前の大会も絶好調。信じていた。
自分の学校のナンバーが呼ばれる。なんと、2区で11人をごぼう抜きして9位に浮上したのだ。それも4位と10秒くらいしか離れていない。親友のスパートを見ていると目が熱くなった。襷を受け取る。私には2つの選択肢があった。
・4位までダッシュで追いつき、賭けに出る。
・もらった順位をキープして終盤スパート、入賞圏を確実にキープする。
普通のまともな感覚のランナーだったら、間違いなく後者を選択するだろう。
愚かな私は、3キロの入りの1キロを、1キロ全力ダッシュで突っ込み、4位の学校を仕留めにかかってしまったのだ。
世紀の愚策。万死に値するミス。当時の私を顎砕いて顔の原型残らんくらい殴りたい。そんなオーバーペースで持つわけもなく、9位から10位に落としてしまった。それも17位くらいまで僅差。4区走った人のレースも壊してしまった。私1人で。結局、私と殆ど実力の変わらない人が走った4区で大幅に順位を落とし、その後も浮上出来ずに19位でレースは終了。顧問に怒られて、干される覚悟、仲間から叱責される覚悟をして顔面蒼白になり学校へ帰った。
意外にもやらかしたな、くらいの軽い弄りで先輩たちも許してくれた。顧問も、設定タイムが速すぎたから仕方ない。と言ってくれた。メンバーの中で私だけ泣いていて、選手全員に配られるカレーも一口も食べられなかった。帰ったら退部届け書こうかな。と考えながら。責任とって私は消えるべきだろ。ずっとそう思っていた。
人生とは残酷なもんで、思わぬ所から追い討ちがきた。
学校の中でも生徒教師保護者全てに嫌われている典型的な嫌なやつ、教頭先生に呼ばれて、叱責されたのだ。
「設定タイム守れてないよね?お前が戦犯だ。今日の負けはお前の責任だ。」
一言一句覚えているし、今でも教員人生めちゃくちゃにして奪ってやりたいと思っている。
何故、顧問でも、毎日練習を見てない貴様ごときにそんなこと言われなきゃいけない?悔しいを通り越して訳がわからなくなった。
しかし、少し大人の考えをしてみよう。教頭に謎の叱責を受けたことにより、私は次の年も頑張ると思えた。良い走りして教頭に名指しで、言ってやるんだ。
「去年教頭先生にお前のせいで負けた。とありがたい言葉かけてもらったから、今年頑張れました。」
と。
さあ、私怨の炎に駆られた私の3年目、ラストイヤーが幕を開ける。
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