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『婚活村』 - その村に入ったものは、決して独身では帰れない -第二話(#創作大賞2024 #漫画原作部門)

●高台の神社(夕暮れ)

高い杉の木に囲まれた細い山道。
苔の生えた石階段を明石凪あかしなぎさが登っていく。
頂上にそびえる小さな鳥居を抜けると、古びた神社にたどり着く。

凪が柏手を打つと、「パンパン」とその音が森林にこだまする。
凪:「婚活村プロジェクトがうまくいって、カップルが誕生しますように」

すると背後のお稲荷さんの石像から声がする“それは無理だなあ”
凪:「え!」
驚いて振り返ると、お稲荷さんの裏から身を乗り出した七瀬有栖ななせありすが、悪戯な笑みを浮かべている。
凪:「有栖!」
有栖:「今でもここ来るんだ」
凪:「そうね、何か心配事があると」
有栖:「15年も経つのに、まったく変わってねえなあ、ここは」
凪:「有栖は?例のところに来たの」
有栖は静かに頷く。

二人は境内の横の細い道を進んでいく。
雑木林をかき分けると急に青空が広がる。
神社奥の高台からは、村全体が一望できる。
緑深い杉の山。山に沿ってくねくねと伸びる川。その間に作られた棚田。


●神社裏の高台(夕暮れ)

有栖:「昔、一緒に来たことあったな、ここ」
凪:「うん、はっきり覚えてる」
有栖:「それにしても、まさか凪が村役場で働いてるとは」
凪:「この村好きだし、静かに暮らすには公務員が一番って思ったんだけどね…」
有栖:「だけど?」
凪:「村長には振り回されるし、毎日のように婦人会のクレームくるし、大変で…」

有栖:「変わってねえなあ」
凪:「え?」
有栖:「嫌ならやらなきゃいいのに」
凪:「そういうわけにいかないよ、責任があるし…。で、有栖は?何で戻ってきたの?」
有栖:「理由?」
凪:「だって、嫌いだったでしょ、この村も…」

村を見下ろしながら、足元の小石を投げる有栖。
有栖:「婚活村プロジェクト。参加するために決まってるだろ」
凪:「そんな。有栖ならすぐに恋人見つかるでしょ。アメリカでも東京でも」

有栖は答えをはぐらかし、話題を変える。
有栖:「凪はどうなんだよ、結婚のプレッシャーとかあるだろ、こんな小さい村に住んでいたら」
凪:「結婚はいいかな。なんか実感湧かなくて。ずっと父親と二人暮らしだったし、家族っていうのがイメージつかなくて」

しんみりとした空気を変えようと有栖が再度話題を変える。
有栖:「まだ描いてんのか?」
凪:「ん?」
有栖:「よく描いてただろ、漫画」
凪:「ああ。うん、一応ね」
有栖:「世に出さないの?」

凪:「え?」
有栖:「出版社に送るとか、コンテストに応募するとか、いろいろあるだろ」
凪:「そんなレベルじゃないよ。あくまで趣味だから」
有栖:「好きだったけどな、凪の漫画」
凪:「ありがと」

有栖:「ん?」

眼下に広がる村を眺め、何かに気づく有栖。

有栖:「凪、あそこ!」
遠くに見える山の麓の一軒家に、パトカーが止まり赤色灯が光っている。
有栖:「パトカー来てるの、カラスハウスじゃない?」

凪:「ええええ!」

悲壮な顔を浮かべ立ち上がる凪。


●カラスハウスの前(夕暮れ)

田んぼ横のあぜ道を駆ける抜ける凪と有栖。
ハァ〜ハァ〜と息を切らせながらカラスハウスの前に着くと、
村長の大村大二郎と婦人会長の紫吹真由美が言い争いをしている。
赤色灯が焚かれているパトカーの後部座席には、うな垂れた伊東ゆりが座っている。

婦人会長:「これだからよそ者を入れるのは反対だったの!」
村長:「またそうやって反対ばっかり!」
婦人会長:「問題が起こるから反対してるんじゃない!
村長:「細かいことばっかり文句言って、まったく大きな問題が見えてない」
婦人会長:「はあ?ロクデモない計画ばっかりしてるから文句言ってるのよ」
村長:「じゃあ、過疎化少子化解決する代案を出してみろ」

ヒートアップしていくにつれ、距離が近づき最後はおでことおでこがくっつき、
格闘技の試合前の記者会見のように睨み合う。
凪:「まあまあ、お二人とも落ち着いてください」


その横では有栖が黒木風雅に話しかける。
有栖:「何があったの?」
黒木:「ゆりさんが裏山に山菜を取りに行って、不法侵入で捕まっちゃったらしいんです」
有栖:「山菜?」

薪割りをしている後藤が口を挟む。
後藤:「あれじゃねえか?YouTubeの大食いのためだろ」

凪と、睨み合う村長と婦人会長の元に、駐在さんがゆりを連れてやってくる。
凪:「ご迷惑をおかけしました…」
駐在:「おお、凪ちゃん。いやなんの。地主の広瀬の爺さんに電話したら、別にいいよ〜って。山菜もみんなで食べてけろってさ」
村長:「ほら。お前が警察呼んで大ごとにするから」

婦人会長に対する怒りが収まらない村長。

婦人会長:「はあ?不法侵入に窃盗罪。やってることは犯罪ですから!」
駐在:「まあまあ、今回は問題なしということで。でも、これからはね、勝手に採っちゃダメだからね」

ぺこりと頭を下げるゆり。


●カラスハウスの土間(夜)

土間に並べられた、山菜料理の数々。

ノムさん:「はい〜できましたよ〜」
凪:「うわ〜ごちそうですね」
後藤:「おいしそ〜。薪割りしたらお腹すいちゃって」
恵:「山菜か…地味ね。上に白トリフかけたら食べてもいいけど…」

ノムさんが土鍋で炊かれた山菜ご飯をよそって、ゆりに渡す。

ノムさん:「はい、ゆりちゃん。思う存分食べて」
ゆり:「あ、別に好きじゃないんです、山菜」

「え!」
一同びっくりする。
全員の頭の上に「?」マークがのる。

ゆっくりと手を上げる四谷。
全員の視線を受けて、下を向きながらポツリと告白する。

四谷:「僕が…山菜食べたいって言ったから…」
ゆり:「四谷さんのために採ってきたんです。そしたら婦人会の三人がつけて来てて…」
後藤:「あいつらの執念すげえなあ」

一心不乱にバグバグと山菜を食べている四谷。

ノムさん:「好きなの?山菜?」
四谷:「子供の頃、お婆さんによく作ってもらってて。うち両親いなかったから」

しんみりとした空気を察知して、ノムさんが盛り上げる。
ノムさん:「飲もう!食べよう!今夜は山菜パーティーだ」


●カラスハウスの外(夜)

カラスハウスの上に広がる一面の星空。
凪が戸を開け外に出てくると、軒先でタバコを吸う有栖と目が合う。

凪:「今日はおつかれだったね」
有栖:「おう。帰るのか?」
凪:「うん」
有栖:「お父さん、元気?」
凪:「うん。歳はとったけどね。相変わらずだよ」
有栖:「この村の星はすげえなあ」
凪:「星?」
有栖:「東京の人間が見たらびっくりするぞ」
凪:「そうか。暮らしてると当たり前だから」

凪が小窓から室内を覗き込むと、四谷とゆりが飲みながら会話している。
普段あまり笑わない四谷も、照れながらも楽しそうに話している。

凪:「なんだか、あの二人お似合いじゃない?」
有栖:「二人?」
凪:「四谷さんとゆりちゃん」

有栖:「ないだろ」
凪:「え?」

カップル成立を期待する凪だが、有栖のそっけない反応に落胆する。

凪:「明日は花見だからね、寝坊しないようにね、おやすみ」
有栖:「グッナイ」
凪は星空の下、真っ暗な田舎の道を歩いて帰っていく。


つづく。


#創作大賞2024 #漫画原作部門  #少女マンガ #婚活  



第三話


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