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『婚活村』 - その村に入ったものは、決して独身では帰れない -第三話(#創作大賞2024 #漫画原作部門)

●美鈴川のほとり(午前)

左右にそびえる山の間を、美鈴川が蛇行しながらゆっくりと流れている。
川底で泳ぐ魚がはっきりとが見えるほど透明な川。
明石凪あかしなぎさと7人の応募者が川のほとりに集まっている。

Tシャツ、水着、ウィンドブレーカーなどアウトドア仕様の服装の中、元モデルの月影恵だけは全身ハイブランドで着飾っている。
ヨーロッパの貴族のようなエレガントな白いワンピースと、肩幅ぐらいあるスラウチハットを優雅に着こなしている。

凪:「ええ、今日は美杉村で一番きれいな桜の下で、花見パーティーを開催します」
「おお〜」っと歓声が上がる。
凪:「川沿いにあるので、ここからイカダで移動しましょう」

凪がブルーシートをめくると、畳4畳ほどのイカダが2艘用意されている。
後藤:「おお〜サイコーだね」
ゆり:「イカダ人生で初めてかも!」
恵:「ええ、濡れないかしら…」

凪:「今日はグループワークということで、2チームに分かれていただきます。まず1チーム目。リーダーは後藤さん!漕ぎ手をお願いします」

後藤:「よっしゃ〜!」
ラッシュガードの腕をまくりタンプトップのようにする。
凪:「後藤チームは、恵さん、ゆりさん、そして黒木風雅くん」
後藤の周りに集まるチームメンバーの3人。

凪:「もう1チームのリーダーは有栖」
有栖:「なんでだよ」
凪:「私と真逆で中学の頃から運動神経抜群。操縦も絶対上手いって。有栖チームは、ノムさん、四谷さん、そして私が乗ります。さあ出発しましょう」

荷物を運びイカダに乗せていく。

凪:「あくまでグループで川下りを楽しむのが目的ですので、決して競争しないでくださいね」

この発言が返って闘争心に火をつけてしまい、後藤の目が光る。
後藤:「ぜってい負けねえ」
後藤と有栖の視線がぶつかり、バチバチと火花が散る。


凪:「この美鈴川はこの先10キロで、有名な吉野川に合流します」
地元民である凪のガイドにより、のどかな川下りが始まる。
凪:「日本三大清流と呼ばれてる高知の四万十川よりも、透明度は高いんですけども、全く有名にならないんです…」

自虐的に紹介していくが、参加者は川の美しさに夢中になっている。
「見て、エメララルドグリーン」「入浴剤入れたみたい」「あ、魚!」「日本にこんな川があったなんて、知らなかったよ」
地元の自然が評価されて誇らしげな凪。

イカダはゆっくりと進んでいく。
立ち漕ぎをしている後藤が後方に何かを発見する。
後藤:「あれ?もう一台イカダが」

後方から猛スピードで追ってくるイカダには、婦人会の三人が乗っている。

凪:(心の声)「え、三婆烏!?」

婦人会長は人差し指と中指を自分の両目に向けから、凪たちに向ける。
“お前らを監視してる”と言わんばかりだ。

後藤:「あの、上腕二頭筋。ありゃ素人じゃないなあ」

肩まで袖をまくっている婦人会長の腕は、意外にも筋肉隆々としている。

婦人会三人が息を合わせてイカダを漕ぎ、猛スピードで追ってくる。

後藤:「負けてらんねえなあ」
凪:(心の声)「なんか、嫌な予感…」
後藤:「うおぉ〜!」
有栖:「上等じゃねええかぁぁ!」

後藤と有栖も猛スピードで漕ぎ始める。

凪:「え?ちょっと、有栖?競争じゃないからね」

ゆったりとしていた川の流れも、川幅が狭くなると急に速くなる。
三艇が岩の間をすり抜けていく。

パワフルに漕ぐ後藤、三人息を合わせて小刻みに漕ぐ婦人会、巧みにオールを使いこなし岩に押して加速する有栖。

恵:「もう濡れちゃう!」
文句を言う恵。必死で捕まるゆり。スピードを楽しんでいるノムさん。震えている黒木風雅、バックパックを背負い無表情の四谷。

すると、川の中央に巨大な岩が。
後藤も婦人会長も有栖もスピードを緩めることなく、鬼の形相で漕ぎ続ける。

凪:「危ない!」

岩を避けたところで3隻は大きく揺らぐ。

ゆり:「あれ、風雅くんがいない!」

イカダのはるか後方で、もがいている黒木風雅の姿が見える。
すると、恵がおもむろに立ち上がり、ハットをゆりの頭に被せると、綺麗な放物線を描いて、川に飛び込んだ。

「え!」一同が恵の行動に驚く。

恵はすぐに黒木風雅の元に着き、抱き抱えて川岸に向かっていく。

川幅が広くなり流れが穏やかになった場所で、黒木を陸に引っ張りあげる。


黒木の気道を確認し、両手を胸に押し当てる。
イカダを川岸につけて、全員が二人の元へと駆け寄ってくる。
口をつけて人工呼吸をする恵。

心配そうに見守る一同。

黒木:「ゴホッゴホッゴホッ」
ゆり:「よかった〜」
意識もはっきりしている黒木を見て、安心して倒れ込む恵。
後藤、婦人会長、有栖も疲労困憊し座り込む。


全員が川辺で呆然としていると、「お〜い」と遠くから声が聞こえる。

100mほど離れた山の麓で村長が手を振っている。
村長の横には巨大な桜が咲き、桜吹雪が美しく舞っている。

「わお〜」その幻想的な風景に一同呆然とする。

凪:「あそこが…今日の花見会場です…」
疲れ果てて凪が、弱々しく案内をする。


桜の下に一同が向かっていく途中に、凪が恵に話しかける。
凪:「ありがとうございました」
恵:「ほんとよ、シャネルが台無しよ」

ビシャビシャになった服を絞る恵。

凪:「でもちょっと驚きました、あんなに泳げるなんて」
恵:「こう見えて私、佐賀のトビウオって呼ばれてたんだから」
凪:「え?佐賀なんですね」
恵:「そっち?突っ込むならトビウオの方でしょ」
凪:「都会育ちなのかと思ってたので。代官山ってイメージだったので」
恵:「代官山ね…。遠目山っていうホントの山は近くにあったけど。海と川と山しかない、ここと同じようなとこよ、育ったのは」
凪:「田舎育ちなのに、田舎嫌いなんですね」
恵:「なのに、じゃなく、だからよ」


●美鈴川のほとり桜の下(昼)

小高くなった芝生の土手の上にブルーシートが敷かれ、
並べられた料理とお酒の上を、桜の花びらが舞っている。
7人の応募者と凪が倒れ込むように座る。

村長:「もう待ちくたびれたよ〜、みんなクタクタかな?」
何も知らない村長は呑気な声で参加者に話しかける。

村長:「さあさあ、ここからが今日のメインエベント、花見ですよ〜。ノムさんが作ってくれた特製のお弁当!」

色とりどりのご馳走が、お重に敷き詰められている。

ゆり:「すごい!ノムさん今朝早く起きてたの、これのためだったんですね」
ノムさん:「歳取るとね、自然と早起きになるんだよ」
村長:「さあさあ、乾杯しようか」
それぞれがドリンクを掲げる。

村長:「では、乾杯の挨拶をわたくしから。ええ、我が美杉村は過疎化と少子化という問題を抱えており…」
凪:「村長、短めに…」
村長:「ああ。まあ、いろいろあるけど、みなさんに期待してます!今日は大いに食べて飲んで親睦を深めましょう、乾杯!」

「乾杯!」一同グラスを掲げる。
有栖が一気にビールを飲み干す。
ともにイカダを漕いだ後藤に対する有栖なりの精一杯のねぎらいと言う感じで、横にいる後藤にビールを差し出す。

後藤は首を振る。
後藤:「俺はこっち」
そう言って、プロテインを掲げる。
ニヤリと笑う有栖。

続いて後藤が、婦人会長のもとに行き、プロテインを差し出す。
後藤:「あんたも、こっちだろ」
婦人会長は何も言わず、ぶっきらぼうにプロテインを掴み、一気に飲み干す。


●美鈴川のほとり(午後)

桜の木から少し離れて、山をバックにスマホで写真を撮るノムさん。
凪が近づいてくる。

凪:「今日もご馳走、ありがとうございました」
ノムさん:「みんなが喜んでくれればいいのよ。それにしても絶景だ」
凪:「春になるとこの桜の下にみんな集まるんです。昔から村人の憩いの場所で」
ノムさん:「今日の川もそうだけど、ここの自然は村の誇りだね」
凪:「そう…ですね。小さい頃から当たり前にあったから、その感覚ないですけど」

凪が桜の方向を見ると、恵と黒木風雅が仲良く花見を楽しんでいる。
ノムさん:「しかし、風雅くん、あの歳で婚活って不思議だね」
凪:「最近の男の子は結婚意識するの早いらしいですよ」
ノムさん:「なんかあるな、あれは」
凪:「それより、お似合いじゃないですか?あの二人?」
ノムさん:「ん?」
凪:「恵さんと風雅くん。ちょっと歳は離れてるけど」
ノムさん:「全然」
凪:「え?」

同意してくれると思ったら否定されびっくりする凪。

ノムさん:「あの二人はないね。いろんな意味でないね」

不安げな表情を浮かべる凪の頭上を、桜吹雪が舞っている。


つづく。



#創作大賞2024 #漫画原作部門 #婚活

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