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入浴

かつて時間を共にした鬱憂は、いつ何時も私の背後にぴったりと張り付いている。
ニーチェははっきりと間違っていた。
私が覗き込まずとも、深淵は虎視眈々とこちらを覗いているのだ。
 
憂愁漂う渓谷から抜け出し、人里へと降りてきたはずである。
渓谷で私が溺れた真っ黒な水は、
碧空の下を進もうとも、決して乾くことはなかった。
村時雨に晒されようとも、決して洗い流されることはなかった。
 
藍より青く、黒より暗い。
私を呑み込まんと息をひそめるメランコリアを、私はいかにして振り払えばよいのだ。
 
そうした思索を強要し私の気力を削り取ろうとする、奴の魂胆は分かっているのだ。
しかし、もう一度無色透明の液体を身にまとう方法だけが分からない。
 
 

とりあえず風呂にでも入ろうか。


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