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【鬼氷】ストゼロの氷で、ストゼロを飲んだ夜

炭酸を含むアルコール飲料の飲みやすさは、温度と度数によって決まる。

温度はぬるくなればなるほど、度数は高くなればなるほど、喉を通らなくなっていく。特にストロング系は、ぬるくなると友好的なベールが剥がれて、含有するアルコールが魔性を垣間見せる。

だから、氷を入れて飲むのがスタンダードで飲み口も良いし、薄まる分はいくらか健康的だ。けれど、いつまでも冷えっ冷えで、度数も変わらないストロング系が出現したら、どういう飲み方になってしまうのだろうか。

それを期せずして体験してしまった顛末を語りたいと思う。


常態化する不適切飲酒


渡世であるサラリーマン業につたなくしがみついていると、陽が落ちる頃には、行き場を失った感情が臨界点を迎えている。

言語化することも不愉快で、世になす術を持たないおれは、過度の飲酒を常としていた。不都合な現実を酒で覆い、濁った意識に沈むことでしか、日々をやり過ごせない。当時は一人だろうが、誰かと一緒だろうが、記憶を無くすまで飲まないと気の済まない体になっていた。

今から語ろうとする夜も、安酒場でめいっぱい酒を飲み、現実逃避に耽っていた。

暑い夏の夜は、味のしないチューハイが心地良く感じられる。いつまでも飲んでいたいから、ちいさいつまみでチューハイを大きくあおる。

何度目かのおかわりを経て、体に酔いを纏う。ここまで来ればどれだけ酔うかには頓着しない。どこまで酔えるかがおれのレギュレーションだ。生活を維持できる範囲内で会計を済ませ、電車で帰ることが最低限の線引となっていた。

酒落ちするまでが晩酌


酒場でチューハイを散々飲んで、小銭の計算ができない位に充分酔っているはずなのに、、。何かまだ物足りなくて、自宅の最寄駅からマンションへ歩くおれの手には、西友で買った「ストゼロ350ml」が握られていた。

缶をすすりながら、ふらふらと部屋にたどり着くと、半分ほど残ったストゼロは既にぬるくなっている。もう酒を置いて寝れば良いものを、気絶するように酒落ちしなければ、朝を迎ることができなくなっている。

まだクーラーで冷え切らない部屋で、残ったストゼロを干さねばならない。ならばロックアイスを取り出そうと、熱気のこもる台所で冷凍庫に手をかける。扉を開けたおれの眼は、常識的な生活では見慣れぬものをみた。

ストゼロ氷との対峙


積載オーバー気味の冷凍庫に、無理やりねじ込んだ空間で屹立するアルミ缶が見える。飲みかけのストゼロが冷気をまとい、缶のままバッキバキに凍っていた。

アルミ缶が凍っている異質。手に取ると、ぞっとする冷たさ。アルミ缶が冷凍庫に入ってちゃいけないのは、さすがにおれでもわかる。いびつに握られ、醜い姿で凍ったアルミ缶に、少しのあいだ微かな狂気を味わっていた。暑くてかいていた汗が冷や汗に変わったようだった。

しかし、なぜこんな物質がここにあるのだろう。曖昧な意識が、記憶の呼び戻しを停滞させる。これは自分が冷凍庫に入れたものだと、思い出すまで十数秒がかかった。

前夜、同じようにストゼロを舐め続けていたおれは、シャワーを浴びる間ちょっと冷やすつもりで冷凍庫に入れたのだ。そんな儚い記憶はシャワーと共に流れ、おれは布団に落ちた。

ストゼロ氷は寝落ちの結果、生成された偶然の産物なのであった。

イン•ザ•ロックス!


記憶を辿り冷静になったあと、凍ったスト缶についておれは一つの着想を得る。

「これは大変よく冷えたグラスである」と。醜い手つきでいそいそと、凍ったストゼロ缶に、ぬるくなったストゼロを慎重に注ぐ。ぱきぱきと氷が溶ける音がする。

缶に口をつけると、鮮烈な冷たさが突き抜ける。ぬるいストゼロとギンギンのストゼロが混じり合って、マスキングされたアルコールが重く胃に流れこむ。

ストゼロ一缶は日本酒換算で軽く一合以上のアルコール含有量を誇る。四合も飲んだらへべれけなおれがそんなん上乗せして良い訳が無い。完全なオーヴァードーズだ。

薄まる事を知らない純度100%の完全なストゼロ


冒頭述べた通り、炭酸を含むアルコール飲料の飲みやすさは、温度と度数によって決まると考えている。

だが、こいつは閾値まで冷えているくせして、まだ氷が残っていやがる。それも酒を含んだ氷がだ。どこまで行っても薄まることはない。ぬるくなる気もしない。いわんやクーラーが効き始めたんだから尚更だ。

味わいだとかマリアージュなんだとかは、もう遠い地平に隔たっていく。残されたのは、アルコールの薬理作用がもたらす報酬を貪る男だった。もう、やめたら良いのに、ああ無情、、。理性を失した男にマスキングされたアルコールはあまりに強力すぎた。

アテを欲したおれは、本能的にスナック菓子に手が伸びた。菓子を貪り、缶を大袈裟にあおる輪廻は永劫続く。水分がうしなわれた体にスナック菓子は悪酔の凶兆である。油脂と糖を求める本能に身を委ね、鈍い頭を更に鈍らせる。

いつまでも冷たく、いつまでも薄まる事がない。永遠のZERO。
酒に沈みながら、おれは小さく笑った。

バッドモーニング


強い夏の日差しで目が覚めると、テーブルにはスナック菓子の残骸と、少し残ったストゼロ缶が散乱していた。よろよろと立ち上がると、たちまち不快感が襲う。亀裂が走る激しい頭痛、重く胃が下がる腹痛、さらには全身の倦怠感がもれなくついた宿酔のハッピーセット。

その日丸一日と、翌日夕方までかけて、猛烈な不快感が全身を襲う。酒瓶を見るだけで吐気と震えが止まらない。

何を間違えても、ストゼロを凍らしたり、それを割ったりするのは、危ないし危ないのでやってはいけない。

凍ったストゼロにはご用心を。

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