気象予報士は必要か?

 「日中は曇り時々晴れ、ところによっては雨か雪」
 じゃあ、うちの方は降るのか?降らないのか?
 こういった天気予報をNHK(しか聴いていませんが)の朝6時か7時ころ、15分おきに流すのです。 以前もコラムで書きましたが、いっこうに改めない。
 その時も書いたかもしれませんが、それを放送する「気象予報士」は、「キンモクセイの花の香りが・・・」とか「アジサイが雨に濡れて・・」とか「今日は外でお花見が出来そうで・・」とか、単に予報の何倍も時間を割いて自分のパートを飾ろとするのです。そして下手な作文に酔うのです。
「まあ実際、今の気象予報士は日本語を勉強などしていないし、面白、可笑しく喋っている。一、二名の予報士以外、しゃべくるだけで、品性がない」と、これは作家の伊集院静氏のエッセイですが、「まあ面(ツラ)を見れば、元々バカなのだろうが、ともかくヒドイ」
 まあ、そこまでバカ呼ばわりしなくても・・と思っていましたが、先日など、「絶好の花見日和」のはずが、 降っていて外に出られません。
 予報そのものも、東京10%、横浜20% うちはどちらかといえば東京に近いが、10%でも降れば、「それに当たったんだ」と思うしかないのでしょう。 確率をこういうところに使っていいのか? とつくづく思います。責任逃れの口実としか思えません。
 気象庁から発表される予報を、アナウンサーが淡々と読むだけでは何故いけないのでしょうか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?