認めたくないから、逃げる=学べない

松井です。

自然法則に従って生きるには、自然法則を学ぶ必要があります。

そして、学ぶためには、認めて引き受ける必要があります。

認めるためには感じることが大切です。

基本的に、感情というのはきちんと感じれば、消えていくようにできています。

なぜなら、感情は一時的なサインだからです。

そして、感情をしっかりと感じきることで初めてそこからの学びを得られます。

ずっと「悲しむ」人がいますが、こういう人は悲しみを感じていません。

ずっと怒っている人、憎んでいる人も一緒です。

ネガティブな感情を「認めたくない」から「何かをして」逃げるから、いつまで経っても卒業できずに、引きずってしまいます。

ネガティブな物(苦痛)を感じたくないということに執着していると、このような現象がよく発生してしまいます。

そして、逃げるからこそ、感じることができず、、、どんなに些細なことも「感じたことがないから」大きな事件になってしまいます。

基本的に、私たちの人生は「かなり楽」になりました。

原始時代に問題だった、暴力による殺戮、疫病、飢餓、野生動物の襲来などの危険はほとんどなくなっていますし、その後の支配権の奪取に伴う物理的暴力や、封建制度に見られる「制度的な虐殺」も現代ではほとんど見られません。

良く資本主義、科学万能主義の自然資源に対する強欲さが問題になりますが、全時代の家柄権威主義や、さらにそれ以前の武力による支配(北斗の拳的な世界)に比べれば、すごーく便利で楽な制度です。

よって本質的な「恐怖」を感じる必要はなくなっているのですが、いろいろな間違った思い込みのため「恐怖」を手放すことを恐れています。

※もちろん、資本主義や科学万能主義が引き起こした、偽善的な強欲主義も今や限界に来ているので新しい社会システムは今後でてくるでしょうけどね。。。

って、話はそれているのでもとに戻しますが、、、

基本的に、引き受けるためには、認めることが必要で、認めるためには直視(直に感じる=直感)する必要があります。

そして、直視するには「ながらをやめる(他のことをしない)」ということが重要になります。

他のことを全部やめて「その感情」に集中する必要があります。

そうして集中すれば、その感情は去っていきます。去っていくとその感情を発生させた元(執着と立ち位置)から学びを回収することができます。

学びが回収できると、初めて「人生が変わる」学びになります。なぜなら、学びを回収すればその「荷物(感情の囚われ、信念への執着)」がなくなるからです。

・・・

多くの人が、学習とは新しい知識を得ることだと思っていますが、実は学習とは「間違った信念を忘れること」です。

新しい知識など存在せず、私たちの奥底に眠る「真我」は基本的にすべてを既に知っています。

しかし、私たちは社会的に(個別に分離された人間としての)「勘違い」を教え込まれます。

一番の勘違いは・・・

・我々は個別に存在する肉体である
・心は存在している
・変わらない物が存在している
・苦しみと楽という2つの極がある

という勘違いです。

参考:3つの勘違い(仏教の教え)
→ 現在準備中

この教え込まれ、社会からの飼い馴らしは決して避けられません。

なぜなら、私たちは社会の一員として機能しなければならないからです。

しかし、この社会の一員としての機能に飼い馴らされる時に、「本当の自分(元々の性格)」を忘れてしまったり、それに罪悪感を覚えます。

そうして、自分ではない(社会に認められるであろう)何者かを装います。

結果的に、装うことに慣れすぎて、ホントの自分を忘れます。

だから、どこかで「自分の人生」に納得できないし、「自分の人生」を生きている感覚が欠乏していきます。

参考【主体的に選んでないことは懲役】
→ (現在準備中)

このように「その教え込まれた思い込み」が、本来の知恵の邪魔をするので、間違いが起こるだけなのです。

故に学習とは、、、

「余計な思想を忘れて、本来の才能を引き出すこと」

と定義できると考えています。

要するに、学習とは、、、

「(間違っている思い込みを)忘れること」

です。

・・・

で、先程も申し上げた通り「忘れる」ためには、認めて引き受ける必要があります。

しっかりと1つの感情に触れ続ける「集中力」が必要ということです。

ちなみに、瞑想をすることで、これを鍛えることができます。

話が広がっているのでまとめると・・・

・学べない人の特徴は、認めたくないから逃げている
・学ぶためには、認めて引き受ける必要がある
・認めるためには直に感じる必要がある
・直に感じるには「ひとつに集中する力」が必要
(最低でも、3分くらいは集中することが必要です)

以上です。

ちなみに、認めたくないから逃げている典型的な例は、、、

「感情を感じる前に、対処方法や正解を探すために思考に逃げる」

です。

で、、、感情の囚われによって歪んでいる思考なので、答えが出ないか、答えが出たとしても大幅に間違ってしまっています。

ですので、悩むか自暴自棄になるか、自分を責めるか、他人を責めるか・・・

その程度の解決策に走ってしまいます。(そしてそれは何も解決しません)

ってことで、学ぶには集中力が大切だよ!ってことでした。

そんじゃ!また!!

松井万理

追伸:
4月からぼつぼつ始めていきます。

【裏:野良日記(先行案内期間中)】
https://ws.formzu.net/dist/S974215320/

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