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人のいない楽園 第六章          狂信者達の盲目 第一話

2024年8月、桜木巧は転職して3か月が経過した。大手ドールメーカー出資で設立された等身大ドールミュージアムで営業の仕事に再就職し、仕事にも慣れ、等身大ドールの販売実績も順調で巧本人もホッとしている。美援(みえ)という等身大リアルドールも社内割引でお迎えして幸せに暮らしている。
出社前に朝食を食べながらTVのニュース番組を見るのが巧の日課だった。
リビングのソファーには美援が白いワンピースを着て座っている。
 その様子をじっと見つめる巧。
「かわいいなあ。ずっとそばにいてくれる俺の天使よ。」巧は横に座って美援に抱き着いてキスしようとしたが首が後ろに倒れた。
「ありゃ、又拒否られた。この子絶対意思があるよな。なかなか心を開いてくれないなあ。😿」やや残念そうな巧。
 するとTVニュースで気になる内容が目についた。「次のニュースです。最近あるキャンプ場が経営悪化の為閉鎖されました。」
「このキャンプ場は昨年オープンしたばっかりで家族連れに人気があったのですがねえ。」
「何でも変質者が頻繁に現れるキャンプ場としてSNSで炎上したそうですね。これがその写真です。」巧はTVに映し出されたモザイク入りの写真を見て驚いた。「これは!!等身大リアルドールじゃないか!。」TVの報道は続く。「大の大人が等身大の美女ドールに話しかけたり抱き着いたりを人目もはばからず頻繁に繰り返していたそうですね。とても家族には見せられないような光景です。しかも管理人の再三の注意にもかかわらずやめようとせず。とうとうまともなお客さんは来なくなり閉鎖を余儀なくされたそうです。」
「等身大リアルドールとは元来アダルト商品で服を着ているとはいえ女性や子供の前に出す事は好ましくないですよね。」
「女性や子供が楽しく過ごす場所に等身大ドールに話しかけたり抱き着く不審者がいたらそれは怖いでしょうね。等身大リアルドールへのバッシングやSNSの凍結の理由の原因の一つはこのような迷惑行為でしょうね。」
巧はこの報道が心底恐ろしくなった。折角苦労して再就職したのに世間からのバッシングで再就職したショールームミュージアムが閉鎖に追い込まれでもしたらと考えるだけで恐ろしくなってきたのである。
「そうか、こういう迷惑行為も世間の風当たりが強くなった原因だったんだな。何とかしないと又失業しちまうな。」巧は美援との幸せな生活を守るためにこの世間の風当たりを何とかしたいと本気で考えるようになった。
 巧は電車バスを乗り継いて埼玉県某所の郊外にある等身大リアルドールミュージアムに片道90分もかけて通勤している。満員電車にゆられて出社前に疲れ果ててしまう有様であるが折角再就職したので耐えるしかない。朝八時半に到着し10時の開館時間まで準備に追われる。
朝の朝礼を終え開館時間5分前になり入り口を開ける。すると平日にもかかわらず働き盛りであろう20前後の若い男性が入り口で待っていた。身長175cm程のやせ形で白い半そでシャツを黒いTシャツの上から来ており下はジーパン姿である。スポーツ刈りでそこそこかっこよく見えるが何故か浮かない表情である。彼の名は児玉貞行22歳、貿易商社営業職だが非正規雇用である。土日出勤が続いた為無理やり有休を取らされて退屈しのぎにこの等身大リアルドールのミュージアムにやって来た。「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ。」巧は軽く会釈して笑顔で貞行を館内に案内し館内の地図を渡した。「ありがとう。」無表情で礼を言って館内奥に早歩きで向かう。すでに目当てのドールがあるらしくその展示場所にまっしぐらに向かう。
「ここだな。これかあ。」貞行は目を輝かせてそのドールを見つめる。「お客様お目が高い!。先日入荷したばかりの身長175cmの最大級Hカップの最新モデルです。SANSHINEドールのモデルチェンジしたばっかりの最新型です。これパンフレットですどうぞ。」巧はSANSHINEドールのパンフレットを貞行に渡した。「ありがとうございます。」貞行は熱心にSANSHINEドールのメイというドールの解説を読んだ。「この不思議な表情、どの国籍にも属さない自由な感じがいいな。でも体重50kgか!。」貞行は他のドールに目もくれずメイのみを見つめていた。

 遡る事5か月前の2024年3月後期、
新生活を送る準備で引っ越しが最も多くなるこの時期、貞行は転勤の為の引っ越しのバイトをしている最中だった。非正規のバイト派遣労働者で安アパートを転々としている。地方の三流高校を卒業して以来ずっと派遣労働者である。貞行はあるサラリーマンの引っ越しに駆り出された。そのサラリーマンは村木真司49歳、彼女いない歴同年の喪男である。彼女どころか女友人さえいない有様で社会人になり給料の大半を等身大リアルドール購入に費やすほどの重度のマニアである。某自動車部品メーカー勤務で親のコネで新卒入社した会社である。営業部に今季から転属になり地方都市に転勤となった。若い引っ越し業者の作業員と貞行が家具や段ボールをアルミバンのトラックの荷台に積み込む。「ふう、又女性の衣装と下着、アンティーク家具かよ。独身なのに変だよなあ。」「あのおっさん女装趣味でもあるんじゃない?。」「しっ、バカ、聞こえたららどうすんだ。」若い作業員と貞行は愚痴をこぼしながら黙々と引っ越し作業を続ける。すると一番奥の部屋に一人の女性が座っていた。「誰かいるのか?なんだ人形か。」貞行はおそるおそる人形に近づく。すると「え!?人間?!」貞行はそのあまりのリアルさと美しさに目が釘付けになり体が動かなくなってしまった。「この世のものとは思えない。綺麗だ。こんな美しい女性は見たことが無い。いったいどこの会社が作っているんだ?。」貞行がうっとりしながら等身大人形を見ていると同僚の作業員が話しかけて来た。「おい、サボってんじゃないぞ。さっさと運ぶぞ。」貞行と同僚は二人かかりで女性型の等身大リアルドルを運ぼうとした瞬間。「何やってんだお前ら。そんな運び方じゃ傷むし汚れるだろうが!。」すごい剣幕で真司が怒鳴る。貞行も同僚も少しカチンときた様子である。「じゃあどうすればいいんですか?。うちらは契約に従いその予算の範疇で仕事をしているだけです。」真司も引き下がらない。「トラックの助手席にクッションを敷いて大事に運べ。」「はあ?そんな事出来ませんよ。うちら二人で席は満席です。」「じゃあ一人は荷物室に入れ。」「無茶言わないでください。そんなことできません。」しばらく作業員たちと真司の押し問答が続いた。1時間にも及ぶ押し問答の結果仕方なく作業員は別の会社のトラックが到着するまで待機し、等身大リアルドールを助手席に乗せて運ぶことになった。「大事に扱えよ。おい、乱暴にするな!。」勝手な事を言う真司。その後貞行は無言で等身大リアルドールを助手席に乗せて引っ越し先に向かった。「もうこんな仕事まっぴらだ。やめてやる。」数週間後にこの貞行はこの引っ越し会社を辞めた。しかし依頼主の真司は引っ越し作業員が荷物をすべて積み込んで真司の言うとおりにしたのに真司の怒りは収まらない。「なんて無礼な引っ越し業者だ!。許せん!。会社の上層部に行って引っ越し業者契約を解除させてやる。」真司はその後電車を使って引っ越し先に向かった。「早く嫁に会いたいな。あの作業員嫁に変な事していないだろうな?。」実に身勝手な真司である。
 一方の貞行はなりゆきで助手席に美女の等身大リアルドールを乗せてドライブする羽目になった。最初は不機嫌な貞行だったがその美女人形はあまりにもリアルで美しいので誰も人形とは気が付かず道行く人がうらやましそうに見るほどだった。「なるほど。誰も人形と思わないんだな。なんだかいい気分だ。」貞行は人形の正体が知りたくてPAで休憩ついでにスマホで画像検索してみた。すると・・・「ええ!。これってアダルト商品なの?SANSHINEドール メイちゃんか! えええ!42万円!!!。欲しいけど買えないな。もっといい給料もらえる仕事に転職しよう。」最初はふざけた客に腹を立てて引っ越しの派遣労働を辞めようと思った貞行だったが別の理由も加わって転職する決意が完全に固まってしまった。  

2024年4月、引っ越し派遣労働より時給がいい貿易商社営業職への転職に成功した貞行は横浜の通関業者とのスケジュール調整や税関の検査手伝い、荷物の積み込みや積み下ろし、トラックの運転の仕事などを担当していた。「貿易商社営業職といえば聞こえはいいがやっている事は引っ越しの派遣労働とあまり変わらないな。でも海の近くで働けるのは気分いいかも。早くメイちゃんをお迎えしてここで夜景見ながらドライブデートしたいな。」夢と妄想が広がる貞行である。貞行は昼休みはいつも山下公園でコンビニ弁当を一人で食べている。貿易商社といっても年配の社員ばっかりなので若い貞行は会話も合わず居場所がないと感じているからだ。氷川丸を見ながらベンチで弁当を食べていると若い綺麗で色白な高身長の女性が貞行の隣に座った。近眼らしく黒縁眼鏡である。黒いストレートセミロングヘアが太陽光に輝く。「いい天気よねー。ここでお弁当なんていいセンスね。私も真似しちゃおっと。」彼女の名は新井裕子22歳、貞行と同じ年齢で同時期に入社してきた正社員である。大卒で営業職総合職である。総合職といっても小さな商社なのでやる事は貞行とさほど変わらない。裕子も若い社員がいない職場なので自然と貞行に話しかけるようになっていた。「新井さんもここによく来るのですか?。」「海が好きでさー。元カレとよく湘南に行ったんだ~。サザンよりチューブが好きかな?。」「チューブ?。」若い貞行には分からないようである。
裕子はよくボディタッチしてくる。肩を触ったり背中を押したりをよく貞行にやる。そのたびに貞行はドキッとしてしまう。その様子を小悪魔的に喜んでいるかのようにも見える。「貞行君って今誰かを想っているでしょう!」「えええ!。そう見えますか?。」「付き合っている彼女の事かな?💛」「付き合っている人なんていませんよ。先月まで引っ越しの派遣労働で極貧生活でしたし。そんな余裕ないですって。」「あらー。その割にぼんやり海を見ていたり幸せそうなカップルを目で追っていなかったあ~?。」少し意地悪っぽい感じでからかうように言う裕子。「裕子さんこそ彼氏がいるのにこんな場面見られたら変な誤解されますよ。」「あら、どうして私に彼氏がいるって思っているの?」「でかい指輪しているじゃないですか?。」「ああこれね。男避けよ。職場のおじさんたちっていい年して独身バッカだしね。あ!、昼休み終わっちゃうわ。続きはまた明日ね。」裕子はそそくさと職場に戻った。貞行も重い脚で立ち上がって職場に戻った。
 その日の仕事は深夜まで及んだ。しかし契約で残業代は出ない。営業手当でごまかされているようだ。「おっちゃんの先輩社員俺にプレゼンの資料作成丸投げだもんな~。40代なのに情弱すぎだぜまったく。」愚痴を言いながら夜10時を過ぎているにもかかわらず資料作りをさせられる貞行。缶コーヒーは5杯目を超えていた。ふと職場のPCを使って貞行はSANSHINEドールのメイちゃんの宣材写真を検索した。「メイちゃんかっこ可愛いよなー。スタイル抜群Hカップ!身長175cm。アジア系ともアングロサクソン系とも違う不思議なキャラだよなー。抱きたいな~。」「あら、綺麗な人ね?芸能人かしら?。こういう人がタイプなの?。」貞行が振り向くと裕子が後ろで宣材写真を見ていた。「ああああ新井さん!!!なぜこんなところに!???。」「貞行君と一緒でおじさんの資料作りよ、まったく情弱おじさんの方が給料いいんだから嫌になっちゃうわよね~。」貞行はあわてて宣材写真を消して仕事に戻った。「私は一段落したから帰るけどこの会社派遣社員残して残業は出来ないから貞行君も帰りましょ。」「でも明日のプレゼン資料が・・・」「あら自己責任よ・・本来おじさんの仕事よ、知った事じゃないわ。それより私を途中まで送ってよ。深夜の女性の一人歩きは危険だし。」
「分かりました。おっしゃる通りですよね。では途中までご一緒しましょう。」貞行は等身大リアルドールの宣材写真を見ていた事が裕子にバレなかったと思いホッとしたが裕子は意味深な事を言った。「今の若い男の子って恋をしたがらないってよく報道されているけど貞行君は綺麗な女性に興味あるようね。健全だわ。」続く

 

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