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【エッセイ】ピアノの音色

夜のショッピングセンターを歩いていた

誰との約束もなく、行く宛もなく

心に襲ってくる逃れようのない闇から遠ざかりたくて、ぬくもりが欲しくて、人の波にまぎれ悲しみを引きずりながら歩いていた

すると、遠くからピアノの透き通った音がうっすら聴こえてきた

この凍てついた心を優しく包み込むような音色は、スピーカーからではない
人が弾くピアノの音だ

きっとホールに置いてあるグランドピアノで定期的な時間に披露される誰かの演奏だろう

近くのベンチまで行って、座り込み、目を閉じてピアノに黙って聴き入る

さっきまでの手に負えない孤独が嘘のように晴れ渡る景色

最後の曲だったらしく、ピアニストの女性が椅子から立ち上がり、楽譜を畳んで帰る準備をしている

「最後の曲、何ていう曲ですか?」

再びはこの曲に出会えないと思い、勇気を120%振り絞って、ちょっと強引に尋ねる

「ボズ・スキャッグスの『We are all alone』です」

恥ずかしくて向かい合う事が出来ず、しっかりお礼も言えなかった

それから数週間後、真夜中に近所のコンビニに車を止め、Wi-Fiの電波を拾って、スマホで調べ物をしてた

表から見える雑誌コーナーにお揃いの男女が並んで本を選んでいた

その見覚えのある女性があのボズ・スキャッグスを弾いてくれたピアニストだった

「あの人の事を想って、弾いてた音色なのかな」

とても幸せな切なさを抱いたまま
車をバックして駐車場から出て行った

https://youtu.be/IsMVNk1WxSE?si=X8n1_Am7UJDvxF_b
ボズ・スキャッグス『We are all alone』(1976)

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