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塗料メーカーで働く 第六十五話 思わぬ助っ人

 10月27日(火)午後2時頃 川緑は 実験室で 電線メーカー各社から依頼を受けたUVカラーインクのサンプルを作製していた。

 TKM会の共同研究が進まない状況に 川緑は ケイトウ電機社の内藤次長や松頭産業社の菊川課長に申し訳ない気持ちで作業していた。

 そこへ 前期の実習生 永野さんがやってきた。

 彼は 「川緑さん TKM会の件で何か実験することがあったら手伝いますよ。」と言った。

 驚いた川緑は 作業の手を止めて 「いったいどうしたの?」と尋ねた。

 彼は 「下期の実習先では まだ自分の研究テーマが決まっていないんです。 教育担当者の方から とりあえず顕微FT-IR装置の使い方をマスターするようにと言われました。」と言った。

 「そんなんで 川緑さんの仕事で顕微FT-IR装置を使う実験があったら手伝いますよ。」と言った。

 川緑は 「ああ そうなんですか。 是非 是非 宜しくお願いします。」と言って頭を下げた。        

 川緑の依頼した実験は UVカラーインクの硬化性を議論する上で要となる実験だった。    

 それは UVカラーインクに固有の分光感度を求める実験だった。            

 UVカラーインク等のUV硬化型樹脂には 光に対する特有な感度を持っていて 各波長に分光された光に対する感度を分光感度と呼んでいた。 

 分光感度を求める実験には 一般に 紫外域から可視域の波長に連続した発光帯を持つキセノンランプを光源とする分光照射機が用いられた。

 分光照射機は キセノンランプの光を プリズムを用いて波長分散し 更にミラーを用いて強度分散した光を照射する装置だった。

 川緑は 「これから技術研究所へ行って 分光照射サンプルを作るから それのFT-IR分析をお願いします。」と言った。

 早速 川緑は 赤外線を透過するフッ化カルシウム基板に UVカラーインクを薄く塗布し これを技術研究所へ持って行き キセノン分光照射機で露光したサンプルを作製した。

 技術部に戻ってきた川緑は サンプルを永野さんに渡し サンプル上の所定のエリアの約2000点の赤外線吸収スペクトルの測定とデータ解析を依頼した。 

 川緑は 実験室に戻り UVカラーインクの作製を続けた。

 永野さんに依頼した作業に掛かる時間は約6時間と予想された。

 ところが 永野さんが実験を始めて2時間もすると 彼は川緑のところへ戻ってきて 「川緑さん 測定中に装置が止まってしまいました。」と言った。

 彼は 露光サンプルを顕微FT-IR装置にセットし コマンド方式モードで測定条件を入力し 測定を開始したが その後の自動測定中に 突然 測定が中断してしまったと言った。 

 自動測定は サンプルを乗せたオートステージが動いて 1つの測定点の測定を行うと 検出した赤外線吸収スペクトルデータを自動保存して 次の測定点に移動して同様の操作を行うものだった。

 この操作中に 何らかの理由により 自動測定が中断されて 装置が止まっていたのだった。 

 川緑は 装置から試験サンプルを取り出すと 測定が中断した地点を顕微鏡で観察し そこに直径 0.07mmくらいの小さなゴミがあるのを見つけた。

 このゴミが赤外線を遮断し 検出器に光が届かなくなり 測定が中断していたと分った。

 翌28日(水)の午前中に 川緑は クリーンルームで作製したサンプルを クリーン容器に入れ 「今度は大丈夫だと思います。 分析 宜しくお願いします。」と言って 永野さんに手渡した。

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