万華鏡 第一曲『常世の理想郷』

崩壊

 星月夜は沈み行き、煌きの空は赤と蒼が交わる色へと移ろう。
 風は時に荒く、時に穏やかな滄(あお)い生命の揺籠の上を滑り、冷たさを帯びた確かな時の訪れを伝える。鳥の声は聞こえない……。
 昇る旭日の光が遥か果てから顔を出し始める中、満ち引きを繰り返す流れは土の壁に幾度もぶつかり、清らかな飛沫を繰り返し舞い上げている。
 緑に覆われた大地の上には土が剥き出しのもの、人工的に舗装されたものが入り交じり、それら幾つもの道が背の高い建造物へと集まり再び広がりゆく。
 鋼と植物に覆われた建造物群では眠りについていた光が輝きを取り戻し、支え無き空中に浮かび上がる広告を含める電子的な活動や、その下を静かに飛び交う多くの生命の足音が、その大きさを増していく。
 ―――変わらぬ朝が訪れ、いつもの日常が始まる。
 代わり映えの無い、平和で平凡。それでも掛け替えの無い大切な日々の一つである一日が。
 舗装された地面や澄んだ空の如き蒼茫を跨ぐ海橋や陸橋、目まぐるしく在りつつも整理された歩道、あらゆる道を民衆は行き交い、車道はガスの代わりに水素が零れ、呟く程に控え目なモーター音が進んでは止まって、点灯する信号の合図でまた目的地へと進んでいく。
 往来を告げる電子音と布告が響き、物言わぬ仕事人足る鉄の箱は来たる。一定周期で穏やかに身体を震わせながら、指定された道に沿い空を横切るモノレールが、目的地へ行く生命や、待ち望まれている物資を運んでゆく。
 それらを見守るようかのように、浮遊する幾つもの球体は建造物や互いにぶつからぬよう留意しながら、異変が無いかを視廻るように揺蕩(たゆた)っている。
 お店が軒を連ねる広く長い路地では、幾重にも重なる足音に交じりお腹と鼻をくすぐる香りが漂い、打ち水をまく者や訪れる営業に備える者達で声無き賑わいを見せ始める。
 それぞれの仕事服や制服に身を包むもの達による、夢や未来について他愛の無い会話が密かに交わされ、満たされた心と親しき者同士の笑顔が交わる、憎しみも恐れも争いも無い、いつも通りの日常であった。

 ……瞬間、日常という世界を割る、鈴のような金属音が鳴り渡るまでは。

 突然の出来事に視線が集まるその先では、頭を粉砕された首先からまるで噴水のように鮮血を放つ人間の男性が、ゆっくりと倒れていく。
 血肉が散乱する地面に鈍い音を立てて倒れた彼の奥には、萌葱の和服と鉄紺の袴に包んだ身を紅黒く濡らし、自らの背丈と同じ長さを持つ闇の如く黒い錫杖を左手にした、短い黒髪の青年が立っている。その髪は、瞳は、総ての光をも飲み込まん程に底深く、穴が穿ったかのように果てが無い。
 石突で床を叩いて遊輪を鳴らし、鮮血を払うように振り抜いた得物を構え直した彼は、周囲の防犯カメラや空を散策していた球体からけたたましい警報音が鳴り響く中、自らに視線を集める者達に黒い眼(まなこ)を返す。
 直後、彼は新たなる犠牲者を求め、動きを止める生命達に襲い掛かって行った……。

はじめまして、くま機士です。 駄文ではありますが、あわよくば私の描く物語が、激動する世の中で 一生懸命に生きる誰かの心を照らせれば、これほど幸せな事はありません。 もしも宜しければ応援の程、よろしくお願いいたします。