万華鏡 第一曲『常世の理想郷』3

渦巻く情勢


【構成国家】
 ―――西を旭仰海、東を憶無海と呼ばれる大海に囲まれた、龍の如き地形の列島国である『万葉国:雅楽』。生命育む蒼い星【ヤチマタ】に在る九つの国家の一つである。
 人々と人間が共に暮らしているものの、残念ながら共存共栄とは言い難い。
 首都機能を有する、龍の腹部に当たる『中央領:大和歌』、その西から南までに該当する『西南領:神楽』を人間が治めており、大和歌から北にかけての『東北領:平舞』を人々が治め、この領域では人々と人間が暮らしている。
 当『万葉国:雅楽』及び南北極を除く他六つの列島及び大陸国家についてだが、雅楽から旭仰海を挟んだ海域に存在する島国【奏凰国:歌仔(かざい)】。万葉国:雅楽と非常に縁深いこの歌仔では人間と、主に遣鵄族である少数の人々が共に暮らしている。また、雅楽と同じく太陽を国旗としており、隣国である故に政治的問題は有るものの、当国においての外交青書では『基本的価値を共有する極めて重要な隣国で有り、大切な友人』と表記され、両国民共に有効な関係を保持している。
 その遥か西北に位置する大きな三角形の大陸では、トリオ連盟なる同盟を結ぶ三つの国が一つの大陸を分割して統治しており、上を『聖王国:バラッド』、その左下が『機森国:マーモット』、右に『司彩国リエージュ』となっている。尚、大陸上に複数の国家が存在するのはこの欧州大陸のみである。
 このトリオ連盟で暮らしていた人々は過去の人間達によって総て抹殺され、現在は人間のみで構成されている。風説では、バラッドには蝙蝠の翼を持つ鬼神族が生き残っているというが定かではない。
 更に、雅楽から憶無海(おもなうみ)を越えて遥か北東に位置する二つの大陸国家、共産主義を唱える白銀の国【氷旗国:ブリヤート】、その真南で海を挟めて向かい合う民主主義国家【交響国:シンフォニア】。この二ヶ国も先住民である人々が、移民である人間らに駆逐された事から人間のみで構成されており、海を挟んでいるものの互いの地形がまるで天地自然之図のようによく似ている。しかし、双方共に好戦的な民族である為か、常に互いを憎み争っている事で知られ、政治的にも民族的にも仲は非常に悪い。
 そして、シンフォニアと海を挟んだ南に位置する、豊富な鉱石資源や大自然で溢れる大陸国家【明峰国:トゥッティ】。
 黒や褐色の肌を持つ黒人系と呼ばれる人間らにより構成され、多くの鉱山地帯や湿地帯、水源や緑に溢れる広大な国家であり、貴重な動植物も多い事から楽園とまで称する声もある。
 故に、同種族間ですら争いは絶えない。
 また、豊富な金属や鉱物資源の加工や輸出を産業の一つとしている。
 その西南であり雅楽からして憶無海を挟んで東南に在る【響亜国:コーラス】。
 人間らによる統治は代わらないものの、元々は複数の民族がそれぞれの土地を統治していたものを一つの国として纏めた多民族国家である。
 海や夜空の美しさに定評があり、歴史上においても雅楽とも交流が根強く、中央から少しずれた月を囲むように複数の輪が繋がりあっている国旗となっている。多くの民族が協力体制の中で競争を繰り返している事で技術力や科学力の向上が着実に続いているものの、民族間による問題が多いのもまた事実であり、国として解決し続けなければならない課題として取り上げられている。
 双方共に、どの大陸とも同様かつての人間の侵略により人々の数は激減しており、獣人族を主とした人々と人間が共存しているが、人間が圧倒的に多い事は変わらない。
 他に、存在する北極大陸と南極大陸はどちらも分厚い氷河と極寒の脅威に閉ざされている。しかし、技術の進歩に伴う調査により、北極海域には人工物とされる建造物の一部が続々発見されており、氷河の下には遺跡のようなものも眠っているという調査報告が上がっている。

―――東北領:平舞領立図書館 『星の国々』より抜粋



【望まれた現社会情勢】
 『真紀2670年代』。社会の変化や時代の流れに伴い、社会進出を果たす人間の女性らによる目覚ましい活躍は眼を見張るものがあり、その影響力は経済のみならず、工業、医学、伝統工芸、スポーツ、武道等、分野を問わない数々において、まるで抑制されていた力を解放するかのように爆発的に発揮され、社会への貢献を果たしていった。
 当年代より数年も前からもこの躍進は続き女性の力に注目されていたものの、この影響により影を落とす人間の男性(雄)らは不満を抱き、無差別に女性を標的とする突発的な暴動や暴行、数々の凶悪事件等が世界中で相次いでいた。海外の渡航者や移民も含まれる犠牲者や、暴動首謀者及び関係者が続いたこれらの事件は現地の警察機構により鎮圧されていたものの、男性(雄)による暴動は高まる一方で、各国同士による抗議が錯綜する程、国家間のみならず世界全体の軋轢を生み出していた。
 そして、『真紀2679年12月』。世界中で人間の男性らによる大規模な暴動が発生。男性の地位回復及び復権、暗に人々の殲滅も目的としたこの出来事によって、徹底抗戦を図った人々や事態の早急な対処に動いた政治家も含めて多大な犠牲者を齎し、2680年一月一日の陽が昇る時に合わせ、『第三次世界大戦』が勃発。
 この戦争に求めるものは、敵対象とする自国以外の総てに対する懲罰及び攻撃、防衛のみに非ず。総ての国家政府が遂げようとする目的はただ一つ、己の『欲望を満たす』事だけだった……。
 以降、人間の雄ら―――以後、蛮行を成した人間の男性らを本文章内では『雄』と称する―――はどの国も滅ぼさぬように配慮しつつも、己の渇く欲望を満たす為だけの戦争を継続し、長きに渡り彼らの身勝手によって多くの女性が嬲られ、数多の生命が奪われていった。
 それから15年が経過した『真紀2695年』、人間の雄らの人口減少に伴う疲弊を契機として各国は漸く和解し、15年にも及ぶ戦争は終結した。
 勝者も敗者も無い、ただ欲望だけを求め続けた末に獲得したものは、80億人もの人口を10億人にまで減らし、高らかに欲望を求め続けた雄の権威を地の底にまで失墜させ、総人口の女男比を八対二としただけだった。
 大戦終結直後、世界は著しい人間の雄の減少に加え、平時での性犯罪被害者、大戦の犠牲となった多くを占めるのが女性である事、更にこれまでの女性社会進出による貢献や実績から、復興に進む世界は瞬く間に『女尊男卑社会』及び『女性至上主義社会』へと移行した。
 これは至極当然な流れであり、言うなれば己の行いを省みなかった人間の雄共が心から望んだ社会の形でもあった。
 故に、【ヤチマタ】に構築された社会情勢は、この星を構成する九ヶ国総てにおいて例外無く、大戦の影響から『女尊男卑社会』及び『女性至上主義社会』を主軸として機能している。
 大戦終結から二ヶ月後に当たる『真紀2695年10月15日』。各国はそれまでの国際連合を解体し、新たに新国連組織『ノネット』を発足。
『ノネット』は協議の結果、経済状況の復興を早期に実現していく一方で、男性の権威を著しく格下げし、必要であれば人権を無視する事を可能とする条約を制定。また、人間の人口減少を抑え増加させていく為に、まず女性同士の婚姻を許可。その上で人間の雄から得る子種を『冷場』と呼ばれる新設保管施設に貯蔵し、女性同士の婚姻者は子を望む場合、この『冷場』に保管されている子種を、その持ち主であった人物について記された詳細な情報を閲覧しながら選択し、提示された金額を支払い『冷場』から提供を受ける、という仕組み取ると定めた。
 要約するならば、気に入った遺伝子を買うという事となる。
 これにより、女性同士の夫婦でも子供を持つ事が出来、人口減少の抑止に貢献する一部の要因となった。
 『冷場』に保管される人間の雄の子種は、自ら提供を願い出る者から『冷場』側が買い取るという仕組みでと定められている。しかし、この買い取るという点を悪用され、収容されている罪人が『冷場』へ引き渡され、他を害する不良を含む犯罪者予備軍や暴力集団、無作為に拉致された男性が売却されるという問題が発生し相次いだ。
 治安維持にも繋がり金銭にもなる一石二鳥な案件であったのだが、売却された連中は子種を強制的に搾取された後に始末されていた。これは、人口減少を防ぐ『ノネット』の目的に反している。しかし、喪われた生命は人間の雄であり、これもまた『ノネット』が取り決めた条約に従った行いであった為、決して国際法違反ではなかった。
 また、雅楽は男児の育児放棄並びに冷場への早期売却の多発を防ぐべく、満15歳までを上限とする男児扶養給付金を発行している。だが、毎月支給される給付金だけを受け取り、育児にはあまり取り組まず支給が切れると同時に冷場へ売却するという事案が後を絶たず、昨今まで根本的な解決には至っていない。
 これらの問題が人間の雄で構成され、未だに女性至上主義社会となった現実を受け容れられない『男性至上主義者』らによる激しい反発を招き、彼らが不定期に暴動を起こす誘発剤となった。
 「女は男のものとなっていればいい」とのたまう連中は無差別に女性達を襲撃する等、度々凶悪犯罪や野蛮な暴動を起こし、それに対する報復として『女性至上主義者』らが雄を襲うという衝突が現在まで続いており、谷底まで滑落した男性としての地位復帰を果たそうと真剣に取り組む者達からすれば迷惑極まりない行為であり、性別問わず平和を願う者にとっては希望の見えない地獄が続く状況となっている。
 それだけのみならず、大戦から15年が経過した現代でも、未だに己が権力に喰らいつき越権行為や犯罪を揉み消す連中は後を絶たず、犠牲となる女性は少ないとは言えないままで、女性も自らの立場を利用して男性というだけで相手を卑下する者もおり、他者の不幸に同情するどころかそれを願い、嘲笑う者達で溢れる社会と成り果てている。だが、そういった現状も人間らが望んだ社会である事に変わりは無い。
 一方で、大戦の恩恵と言える側面か、文明的には世界全体の科学力、技術力の向上等が確認され、大戦以前と比べて人間や社会は確かに豊かな生活を手中とした。
 その代償として、豊かさに入り浸る彼らは、知らずして自らの心を削り廃れさせている。
 尤も、何れにしても人々にとっては相も変わらず、人間からの迫害を受ける環境に変化は無かった。
 誰かの幸せを願い、真っ直ぐな誰かの為に、誰かと共に生きていきたい。そのような純粋な想いも『異端』と見なされ罵倒を受けては嘲笑(わら)われる。
 何かを犠牲にしなければ、幸せになる事も許されない。救いたい者に手を差し伸べる事すら出来ない。
 この星は、そのような混沌に満ちた世界と変わり果てている。
 裏切りや理不尽を常識とする社会に、疲れ果てる者達が出るのも当然である。
 当国『万葉国:雅楽』だけでも、年間の自殺者は八千人以上にも上り、年々増加傾向を辿り程なくして一万人に達するのではないかと推測されている。

―――東北領:平舞 妖届(ようかい)新聞著 『国際国家情勢』より抜粋



 
【多発する失踪者】
 昨日、雅楽国内において失踪者が相次いでいる事実が、雅楽警察庁より公式に発表された。
 調べによると、初の失踪者が確認されたのは真紀2710年6月26日。『南西領:神楽』、『中央領:大和歌』からそれぞれ人間の女男四名、『東北領:平舞』から獣人族の男性一名、計五名が行方不明である事が、失踪者らの勤務先や家族からの連絡を受けて確認されたという。
 失踪者は何れも自宅にGPS機能を有する携帯端末を置いたままにしており、争った形跡や、各所に設置された防犯カメラの映像でも誘拐等や凶悪犯罪に巻き込まれた形跡は確認されない為、事件性は極めて低いと考えられている。
 しかし、これは27日から昨日29日に至るまで確認された失踪者と同様であり、これまでの失踪者は四日間の合計で二十一名にも上る。
 防犯カメラで捉えた最後の映像によると、失踪者らは電車で平舞に向かっている事が確認されるが、その後の消息はわかっておらず、平舞領警察も出来得る範囲で捜索に力を入れているがこれと言って真新しい手掛かりは掴めていないとの事。
 平舞領警察は警察庁及び警視庁と連携して情報を集めると共に、国民に対して失踪者らの目撃情報が有れば提供してくださるよう呼び掛けている。また同時に、平舞領警察は「何故に失踪者らが平舞を目指しているのか?」その原因究明にも力を尽くしていくという。
 一部の人間達からは、平舞と人々に対する誹謗中傷を交えた非難が寄せられているものの、相手を罵り軋轢を深めても失踪者は帰って来ない。まずは失踪者の行方を掴み安否と全容を把握する事が先決である。失踪者やそのご家族の方々の為にも、一刻も早く失踪者を発見して全容を究明するべく、種族の垣根を越えて協力していく事が何よりも重要だ。
 記者である私も勿論だが、この記事を読んでくださる総ての方々に、是非とも協力をお願いしたい。
 ―――東北領:平舞 妖届(ようかい)新聞『真紀2710年6月30日』朝刊より抜粋


はじめまして、くま機士です。 駄文ではありますが、あわよくば私の描く物語が、激動する世の中で 一生懸命に生きる誰かの心を照らせれば、これほど幸せな事はありません。 もしも宜しければ応援の程、よろしくお願いいたします。