こうりん (降臨) 17

突然のことだけど、大家さんが亡くなった。
詳しくは知らないけど、持病が悪化したらしい。
一応、店子としてお通夜には参列した。
アマテラスも実体化を解いて僕と一緒にいた。
この部屋はどうなるんだろう、と心配していた矢先、部屋に来客があった。
「いらっしゃいますか?」
とドアをノックする。
「どちらさまですか?」
「秋川ですが。」
と大家さんの苗字を名乗った。
「はい、ちょっと待って下さい。」
ヤバい、大家さんだ。
いつもの習慣でアマテラスは実体化を解いた。
アマテラスが実体化を解いたのを確認してからドアを開けた。
「夜分に失礼します。」
とドアの前に立っていたのは、ドレッシーなワンピースを着た小学生くらいの女の子だった。
「秋川、さん?」
「あ、はい。秋川です。私が祖父の後を引き継ぎましたので、ご挨拶にと。」
「新しい大家さんですか。あ、この度はご愁傷さまでした。」
そう言いながら、僕は怪訝な表情をしていたのだろう。
少女は言った。
「その節はありがとうございました。あ、私、こう見えて二十歳なんですよ。」
「え、えぇ~っ!」
「皆さん驚かれます。」
と新しい大家さんは部屋の奥を見て続けた。
「そちらの方もありがとうございました。」
とお辞儀をしてアマテラスに言った。
僕は驚きを隠せなかった。
もちろんアマテラスも。
「み、見えるんですか?」
「はい、お通夜にも来て下さってましたよね。」
アマテラスが実体化する。
「やっぱり。私、霊とかもののけとか見えるんです。でも、あなた霊魂でももののけでも無いですよね?」
彼女になら打ち明けても大丈夫だと思ったので、アマテラスの事を話した。

名前はアマテラスと言う女神様で、以前五十鈴川上流で土砂崩れに埋もれていた所を助けて、それ以来ずっと一緒にいる事。
アマテラスと言っても、伊勢神宮に祀られている方ではなく、双子の姉だと言う事。
前の大家さんとの契約上、隠していた事。
「あぁ、それならもう大丈夫ですよ。あんな時代遅れな事、契約書から削除しましたから。」
「本当ですか?ありがとうございます。」
「それから、申し上げ難いんですけど・・・。」
「なんでしょう?」
「その、アマテラスさんのお洋服、何とかなりませんか?」
「と、おっしゃいますと?」
「お部屋着ならそれでも構わないと思うのですけど、お外に出られる時はちょっと・・・。」
お通夜の時の事を言ってるんだろう。
「えぇ、分かってるんですけど、アマテラスのバストに合う服が無くて仕方なくなんです。」
「そうですか、私ドレメの教室をやっておりまして、職業柄どうしてもお召し物に目がいってしまうんです。」
なんか、ちょっと話が長くなりそうなので、大家さんに上がってもらうように勧めた。
「ここではなんですから、お上がり下さい。片付いてませんが。」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて。」
座卓を挟んで大家さんと向き合って座る。
もちろんアマテラスは僕の隣に座っている。
「初対面で不躾だと思うのですが、一つ私から提案と言いますかお願いがあるんです。」
浪人生の店子にお願いとはなんだろう。
「その、お願いごとを聞いて下されば、アマテラスさんのお洋服を一着お作り致しますわ。」
アマテラスの服を作ってくれると言うのは、実にありがたい話だけど、お願いの内容が・・・。
と僕が考えあぐねていると、アマテラスが言った。
「それは、我に合う服と言うことか?」
「はい、きちんとお体を採寸させていただきます。」
「服の形はどうじゃ?我の思うように作ってくれるのか?」
「あぁ、デザインのことですね。もちろん、なるべくご希望に沿うようにします。」
そこまで話をして、アマテラスは目を輝かせた。
「のう、お引き受けしようぞ。」
「どんな内容か分からないのに?」
「服じゃぞ、我に合うた服を作ると申しておるのじゃぞ。断る理由など見当たらんであろう。」
「ちょ、ちょっと待って。一応話を聞いてから。」
「仕方が無いのう。」
「どういうお願いなんですか?」
「除霊です。」
「じょ、じょれいってあの除霊ですか?」
「はい、祖父はここ以外にも四つ賃貸物件を持っていまして、その内の一つの物件で入居された方が長続きせず、次々と変わる部屋があるんです。」
良く聞く話だな。
「テレビなんかでやってますよね。」
「私は霊感が強いので、実際にその部屋を見に行ったんです。」
「それで、居たんですか?幽霊。」
「はっきりと見えた訳ではないんです。黒い雲のようなものが漂っていました。」
アマテラスを見ると真剣に大家さんの話を聞いている。
「ね、正体が分からなくても除霊って出来るの?」
「分からねば行ってみれば良いではないか。」
「それはそうだけど・・・。」
「思い立ったが吉日じゃ。大家殿、参ろう。汝れも来るのだぞ、良いな。」
「アマテラス、使い方が違ーう。」

僕とアマテラスは、大家さんの車で除霊して欲しい物件へと向かった。
大家さんの車は軽のハイトワゴンで、室内は身長190センチのアマテラスが乗っても不自由は無かったけど、幅が狭くて後部座席に並んで座ると、アマテラスの乳房で僕の体がほとんど隠れた。

間もなく問題の物件に到着した。
五階建てのマンションで、周りの雰囲気が澱んだ感じがする。
「大家さん、こんな大きなものも持ってたんだ。」
「物件の中でここが一番大きいですね。あなた方の所が一番小さい物件です。」
「凄いですねぇ。」
「こちらが物干しになっておるのじゃな?」
「物干し?」
「ベランダの事です。」
「あぁ、ベランダですか。そうです。陽当たりを考えて南側にベランダがあります。南側は高い建物がなく開けていて、部屋の中は一日中明るいですよ。」
「と言うことは、出入口が北にあると?」
「そうです。もしかして、鬼門の事を考えてらっしゃるのでしょうか?祖父はそういう事は気にしない性格でしたから。」
「きもん・・・。きもんとはなんじや?」
「鬼門と言うのは邪気が入ってくるところと考えられているんだよ。」
アマテラスが鬼門を知らないとは思わなかったので、教えて上げた。
「そうなのか。我はただ、北は陽が当たらぬが故に、気が澱み易いと言いたかっただけなのじゃが。」
「お部屋にご案内致しますわ。」
南側の駐車場から敷地の東側を通って北側に向かう。
北側にはエントランスがあって、前を走る片道二車線の道路との間には、芝生の敷地があり、暗いと言う印象からは程遠い。
これなら、空気が澱むことも無いだろう。
僕と大家さんがエントランスに向かって歩いていると、アマテラスが芝生の隅をじっと見ていた。
「アマテラス、行くよ。」
僕はそんなアマテラスに声をかけた。
階段を数段上がりエントランスを入ると右手に管理人室がある。
小さな窓が開いて管理人が顔を覗かせた。
「オーナー、どうしたんですか?急に。」
管理人は驚いたようだった。
「ちょっと部屋を見せて下さい。一階の例の部屋を。」
大家さんがそう言うと、管理人は小窓から鍵を差し出した。
「ありがとう。」
大家さんは鍵を受け取ると、管理人室の前を通り、突き当たりの廊下を左に曲がって、その先へと歩いて行く。
廊下は解放型で、道路を隔てた景色が良く見える。
廊下の端にある部屋が問題の101号室だった。
正に北東の角部屋だ。
大家さんが鍵をドアの鍵穴に差し込む。
たん、とロックが外れる音とともに、だんっと足を踏み鳴らすような音がした。
「何かいる・・・。」
大家さんはゆっくりとドアを開けて部屋の中に入る。
アマテラスも大家さんに続いて部屋に入る。
僕はそのアマテラスの後ろに隠れるように部屋に入った。
玄関で靴を脱いで部屋に上がる。
短い廊下が続いていて、左側にトイレと浴室、洗面所などの水回りがある。
右側には6畳の洋室になっている。
廊下の突き当たりのドアを開くと、ダイニングキッチンとリビングがある。
リビングの一角に四畳半の和室がある。
「今日はいないようですわね。」
「いつもどこにいるんですか?」
「そこの和室にいるんですのよ。」
アマテラスはその和室に入ると辺りを見回した。
「大家殿、どうやら部屋の中では無さそうじゃの。先程の音は、我が参ったので慌てて元の居場所に戻ったんじゃろう。さ、大家殿、外に戻ろう。」
そう言われて、僕と大家さんはアマテラスの後に続いて外に出た。
管理人が小窓から怪訝な表情で僕たちを見ていた。
アマテラスは、エントランスに入る前に見ていた庭の隅に僕たちを連れて来た。
しゃがんで庭の隅に両手を差し伸べるアマテラス。
「そうか、可哀想にのう。寂しかったじゃろう。」
そう言うとアマテラスは立ち上がり、僕たちの方に向かって言った。
「管理人、ちゃんと弔ってやらねばなりませんぞ。」
僕は驚いて振り向いた。
そこには、管理人室の小窓から顔を覗かせ、鍵を大家さんに渡した管理人がいた。
「管理人さん、どういう事なのか説明していただけますか?」
大家さんの問いかけに、管理人が答えた。

ここに管理人としてお世話になってすぐに、捨て猫を拾ったんです。
冬の夜でした。
雪の公園にダンボール箱に入れられていたんです。
最初は戸惑いました。
私が管理を任せられているマンションは、ペットの飼育が禁じられていましたので。
それを管理人である私が破る訳にはいきません。
後ろ髪を引かれる思いで公園を後にしました。
でも、ここに戻ってきても、あの子猫が忘れられませんでした。
力のない目で、必死に私を見るんです。
私は、いてもたっても居られず、大急ぎで公園に行きました。
子猫はさっきのまま、ダンボール箱の中で震えていました。
私は子猫を連れて帰り、誰にも悟られぬよう、住人にも大家さんにも悟られぬよう飼いはじめました。
それからは、仕事にも意欲が出てきて、充実感を感じるようになって来ました。
それが一年ほど前、急に死んでしなったんです。
前日まであんなに元気だったのに。
私の飼い方が悪かったのでは、と自分を責めました。
もし、他の人に拾われていたら、もっと長生き出来たのかも知れません。
大家さんに気付かれないよう死んだその深夜に、ここに埋めて上げました。
でも、大家さんの目があるのでお花一本供えてやれませんでした。
唯一、スマホの写真を見ては謝るばかりでした。
だから、あの子は成仏出来ずにずっとここに居続けたんです。
きっと。

管理人の話を聞いて、アマテラスが言った。
「管理人殿、汝れの言う通り、汝れの想いがこの子をここに縛り付けていたのは確かじゃ。しかしのう、この子は誠、不幸せじゃったのか?我はそうは思わぬ。この子が亡くなった時の事をもう一度思い起こすが良い。」

朝、目が覚めていつものようにコマ の様子を見に行きました。
お気に入りのクッションの上で、丸まって眠っている顔が本当に可愛いかったんです。
この顔を思い出せば、住人の無理難題にも耐えられました。
でも、その日はクッションの上ではなく、しかも丸まらずに横になっていました。
私は嫌な予感が脳裏をよぎりました。
恐る恐る両手でコマを抱き上げようとしました。
コマは冷たく、硬くなっていました。
でも、コマの顔は、表情はとても穏やかでした。

「コマは、この子は幸せだったんですね。」
「そうじゃ、汝れが気に病む事など何も無い。」
「そうなんですね。」
「じゃが、汝れのコマへの想いが強すぎるんじゃ。心配せずとも良い。コマは確かに幸せじゃった。」
そこまで言うとアマテラスは、管理人の前に立って続けた。
「管理人殿、スマホをこれに。」
アマテラスが手を差し出す。
管理人が制服のポケットからスマホを取り出すとアマテラスに渡した。
「あ、コマの写真を出してくれぬか。」
管理人はスマホにコマの写真を表示させてからアマテラスに渡した。
「先程、コマが言うておった。まだ、私が居ないとだめなのか、と。コマは汝れの事が心配で成仏出来んかったのじゃ。」
とアマテラスは、スマホの画面を管理人さんに向けて続けた。
「汝れの手で、これを消すが良い。もう大丈夫だとコマに教えて上げるのじゃ。」
管理人は、アマテラスからスマホを受け取ると、画面を操作して画像をゴミ箱に移動させた。
「もう少しじゃ。管理人殿。」
管理人は、さらにスマホを操作して、ゴミ箱を空にした。
その時、庭の隅から無数の光り輝く点が、空に昇って行った、ような気がした。

大家さんによると、それからは101号室に黒い雲のような物は、二度と現れなかったと言うことだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?