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【読書メモ】「市場」ではなく「企業」を買う株式投資 川北英隆編

現状の日本の株式市場における投資家の行動に対して、どのような問題があるのか?

現代ポートフォリオ理論を信じてTOPIX・日経連動の運用を行ってきた機関投資家はパフォーマンスが出せていない。
そもそも、日本株式投資が妥当でないと判断しウェイトを下げる投資家については、日本株式で投資収益を得るための手法についての検討を怠っている。
投資信託は時流に沿ったわかりやすいテーマを重視して運用を行っており、一方で時流に沿った時点で株価は高値にあるのが常でありパフォーマンスは悪いものが多い。

日本の株式市場は他の株式市場と比べてどのような特徴があるのか?

株価を市場平均で欧米と比較すると、リーマンショック以後に出遅れたことで、株価は低迷している。割高・割安の観点からは、PBRで見れば欧米と比べて低水準にあり、時期によっては1.0を下回っている。PERで見るとそこまで差はない。

PBRが1.0を下回るのはなぜかというと、企業価値が解散価値割れの水準になるまで株価が売り込まれている状況を意味する。また、株価が仮に企業価値を正しく反映しているとするならば、企業価値が投下資本を下回る、つまりROIC(企業の投下資本あたりの収益性)<WACC(企業への投下資本の調達コスト)となっていることを意味している。斯かる事業の資本コスト割れ状態が解消できる目処が立たない場合は、企業は早期に解散することが望ましい。もちろん、株価が企業価値を正しく表していないと見なし、日本株は割安な水準にあり買い時、とすることもできうるが、仮に企業価値をそれなりに正しく表している立場にたつならば、日本企業は平均として解散した方が株主から見れば合理的、と言える。

実際、日本企業の収益性が低いことは過去の統計からも確認でき、売上高付加価値率(付加価値:雇用者報酬、固定資本減耗、営業余剰)で見ると、製造業は国際競争力の低下から低下しており、非製造業は通信業(携帯電話の普及)・小売業(大規模店化)で上昇したものの装置産業化が進んだことで総資産あたりの付加価値率は低下している。また、総資産営業利益率で見ると、バブル以降労働分配率を引き下げた(非正規化、人員削減)ことでリーマンショック前までは上昇も見られたが、その後は低下が続いている。労働分配率の引き下げは長期的には賃金収入の低下を通じた国内需要の縮小・デフレにつながり、企業の収益性を低下させる要因になっていることが伺える。

また、日本企業の平均的なROIC・WACCについて試算すると、WACCは製造業で2.9%、非製造業で2.2%のところ、ROIC>WACCが総じて成り立つ期間は2000年代前半のみであり、その以外はROIC<WACCとなっていることが確認できる。

日本株市場における株式投資において、インデックス運用をアクティブ運用が凌駕できるとして、なぜできるのか?

日本株式市場におけるインデックス運用は長期投資に適さない

長期投資の合理性があるためには平均的にROIC>WACCであることが前提になるものの、上述の通り過去を見ればROIC<WACCの期間が大半であり、つまり資本コスト割れで解散したほうが株主にとって合理的な期間が大半と言えるため、長期保有をするには非合理的なため。

日本株式市場ではROEの変動幅を正しく予測することができれば投資リターンを稼ぐことができる

日本株式市場における2013年時点における期間10年、15年でみた株式投資収益率と影響を与えうるファクター(ROEの変動幅、自己資本比率、簿価時価比率、時価総額)の相関を調べると、相関性が強く見られたのはROEの変動幅のみ。

同じく同期間において、株式投資家が参照するMSCIバーラ社のリスクファクター(ボラテリティ、規模、モメンタム、売買活況度、株価相対企業価値、金利感応度、企業成長度、財務レバレッジ、海外経済感応度)と株式投資収益率の相関を調べても、相関性が強く見られたファクターは存在しなかった。

どのようにアクティブ運用を行えばよいのか?

相対リターン型と絶対リターン型があるところ、上記の通り日本株式市場において長期的に株価のパフォーマンス要因となる、ROEの変動幅を反映させることができるのは絶対リターン型の運用である。

相対リターン型はベンチマークと連動を前提として超過収益を稼ぐスタイル、絶対リターン型はベンチマークとの連動は無視して投資収益を稼ぐスタイル。

相対リターン型の運用を行う前提として、そもそも上述のインデックス運用をベースとするため日本株式市場には沿わない。また、多くの場合、斯かる運用を行う運用会社は機関投資家から短期(年度ベース)での超過収益を出すことを求められる(そうでないと資金を回収される)ため、短期で株価が上がる銘柄を予測することになり、その場合、長期的なROEの変動幅を予測するというより、短期的な業績変動や、他の市場参加者の株価期待を評価することになる。※斯かる短期の投資収益率に対する要因分析は本稿では示されていない。

絶対リターン型は株価を予想するのではなく、長期的なキャッシュフローを予想(長期的なROEの変動幅の予測)し、斯かるキャッシュフローを現在価値にした本質的価値と現在の株価の差分(安全性マージン)を投資収益とするもの。

絶対リターン型はどのような運用を行えばよいのか?

投資対象
「長期企業価値評価型」の場合は、その企業がなければ業界自体が成り立たない不可欠な企業であり、業界を代表する大企業が対象になる。
「経営への積極関与型」の場合は、ガバナンス改善、IR見直し、財務戦略提言、運営プロセス改善、経営計画策定、配当見直し、といったアクションが実施しやすい、中小型企業が対象になる。

投資プロセス
1定量スクリーニング
投資すべき企業の定量スクリーニング(株式市場全体)を行う。
基準は高ROE・ROA・FCF、安定的な収益・営業利益率・低レバレッジ。PER・PBRは用いない。
2過去データ分析
過去のビジネスと利益の品質理解(対象は1,000企業以下)
基準は、保守的なフランチャイズ・価格決定力・低い必要資本額・一貫性あるビジネス戦略・高透明性の会計
一時的な要因でスクリーニングにヒットした企業を除く。
3将来機会の分析
現在の利益を将来も継続できるか(対象は500企業以下)
基準は、利益維持・高ROE維持・低レバレッジの維持・資本拡大しつつ高ROEを獲得できる能力
最も重要な分析ポイント。運用会社のノウハウの源泉になる。
4価格(安全性マージンの確保)
本質的価値から25%株価が割安か(対象は100~300企業以下)
基準は、レバレッジの高低・本質的価値の内容・業種の差分を考慮しつつ、安全性マージン(本質的価値とか株価の差分)を算出する
5ポートフォリオ構築
ポートフォリオに組み入れ(対象は30~70企業)

本質的価値の推計で重視するのは利益成長ではなく、現在の収益力の持続性
本質的価値は以下の式で理解できる。
本質的価値=①有形資産(資産の再調達コスト)+②(ROE÷資本コスト×自己資本ー①)+③((ROEー資本コスト)÷資本コスト×(利益成長率)÷(資本コストー利益成長率)×自己資本)
①は資産(現金、売上債権、有形固定資産)の再調達コスト
②は持続的収益力を意味しており、収益力と有形資産の差分(フランチャイズバリュー)である。フランチャイズバリューの厳選は、競争優位性・参入障壁であり、分析するべきは、斯かる競争優位性の水準と継続性にある。
③は利益を生む成長を意味している。①・②と異なり将来の利益の成長率を予測する必要があるため、難易度が高い。
絶対リターン型の運用においては、難易度の高い③ではなく、現状のビジネスモデルの優位性を評価する②の分析を重視し、③はおまけと考える場合が多い(利益成長率はゼロを想定)。

「経営への積極関与型」投資家によるバリューアップ手法

事業改革型、財務・資本政策改革型、投資家認知度改善型の3つがある。
事業改革型
新たな事業計画の提案などを通じて利益改善を狙うもの。欧米では多いが、日本の運用会社では少ない
成長戦略策定、海外進出支援、中計策定、M&A
サポート、事業ポートフォリオ再編、コーポレートガバナンス見直しなど
財務・資本政策改革型
自社株買などの財務戦略を通じて資本の額を減らし、EPSの水準を変えるもの。日本で多い。
資本効率改善、株主還元強化、流動性向上、過剰現金活用、ROIC等財務戦略策定など
投資家認知度改善型
投資家の認知度をIR活動の改善を通じて株価向上を図るもの。日本で多い。
ディスクロージャー改善、アナリストカバレッジ拡大、投資家理解の促進、業績予想の正確性向上、コミュニケーション改善など

具体的に、厳選投資の対象になる企業はどのような理由で選定されたのか?

シブサワ投信(長期企業価値評価)

投資対象:海外、特にアジアの成長を取り込めるグローバル化を果たした企業。特徴は以下の通り。
1M&Aにより成長カーブを非連続にする
2グローバルに対応した人事制度・組織構築
3グローバルに対応したSCM・マーケティング戦略実践
4グローバルレベルのガバナンス構築
5企業理念・文化浸透

見えない資産を評価する。具体的には以下の通り
組織資産:経営者のリーダーシップ、ボードメンバーの構成、企業文化
顧客資産:ロイヤリティ、将来規模、アクセス進化、チャネル持続性
人的資産:従業員満足度、従業員多様性

農林中金バリューインベストメンツ(長期企業価値評価)

構造的に強靭な企業(圧倒的なキャッシュフロー創出能力があり時間経過とともに企業価値が増大する企業)に投資する。具体的には以下のような企業。
1東京証券取引所が五年閉まっても困らない
2その企業がなければ産業が成立しない、産業がなければ世界中が困る
3外部環境に左右されない独立性・主体性がある企業

投資対象は国内には100社程度しかない。
投資の前提となる定性的・定量的な要件は以下の通り。ロジックとしては、定性的な要件の結果として、定量的な要件を満たす因果関係を重視する。

定性的な特徴
1付加価値の高い産業
2競合上有利な状況(強固な参入障壁)
2長期的な潮流に乗っている

定量的な特徴
高い利益率
高い資産効率
安定的な増収率
少ない設備投資
低い負債比率
成長性は過度に重視しない。利益率>資本コストが成立していなければ企業価値はむしろ毀損するし、高すぎる成長率は参入障壁を壊すことにつながる。

企業価値評価・DCF法に関しては独自の考えを持っており、将来キャッシュフローの不確実性に関しては、上記の通り構造的に強靭な企業を選別することで予測確度は上げられるとし、割引率については、ベータ・リスクプレミアムの不確実性が大きいCAPMではなく、投資家としての要求利回り(7%、国債利回り1%としているのでプレミアム6%)を用いるとしている。

あすかバリューアップファンド(経営への積極関与型)

優れた経営を行なっているが、経営資源が不足する中堅企業に投資を行い、働く株主としてハンズオン型のバリューアップ手法を提供する。

投資企業の要件
経営者
ハングリーさ。企業を大きく変えることに対する熱意と具体的な道筋があること
オープンさ。企業の内部だけでなく外部の経営資源を活用する姿勢があること。
パブリックマインド。顧客・取引先だけでなく、株主利益も公平に重視していること。

事業の競争力
定性面
自社特有のブランドがあり、高いロイヤリティを持つ顧客基盤があること
顧客基盤が特定少数に集中しておらず分散していること
他者と差別化できており付加価値が高いこと

定量面
最小の資金投下で最大の利益を生み出す競争力があること
指標としてはROIC。理由としては、①損益計算書だけではみえない事業資産効率も含めた収益力が把握できること、②ROA・ROEの場合、余剰現預金・レバレッジの多寡が影響し、斯かる財務・資本政策の効果が入ってくるため、事業面の競争力評価には適していないから

バリューアップ

事業価値の向上
海外進出による成長支援。現地パートナーの発掘からマーケティングまで支援。
中期経営計画の策定支援。ターゲティングの見直しや目標数値の策定支援。
事業ポートフォリオの再編。ROICが低く本業とシナジーの低い事業の切り出しの提案。
コスト効率改善。薬局業界へのBPR導入による生産性向上支援。
ブランディング再構築。ターゲティングの見直し。

本質的価値と株価の乖離
流動性ディスカウント解消。市場替えや大株主の段階的売り出し。
コミュニケーションディスカウント解消。IR活動の改善。わかりやすいIRスライドの紹介、競争力の源泉を投資家に伝える手法の紹介、アナリストカバレッジの拡大、IR人材の紹介。
ガバナンス・ディスカウント解消。株主重視の姿勢を示す支援、資本効率の向上、株主還元方針の明示とコミットメント、社外役員の導入・取締役構成の変更。

実際に株価のパフォーマンスが長期でよかった銘柄はどのようなものなのか?

2008/8~2020/8の期間で測定(配当込み)した時価総額4,000億円以上(小型株除く)の上位20社の特徴は以下通り。

電子機器・電気部品・半導体関係(キーエンス、HOYA、SMC、東京エレクトロン、日本電産、オムロン、村田製作所)
医薬品(中外製薬、第一三共)
通信キャリア(ソフトバンク、KDDI)
ユニーク・競争力ある製品提供者(ファーストリテイリング、ダイキン工業、シマノ、ユニチャーム、SUBARU、マキタ)
その他特色ある企業(オリエンタルランド、野村総合研究所、伊藤忠商事)

コメント(個人投資家の日本株式市場への向き合い方)

株式投資においては、株価を当てるゲームと本質的価値を当てるゲームがあり、株価を当てるゲームは短期の業績予想や他の市場参加者の思惑を予想することでもあり、また不確定なイベントリスクもあることから、このようなスキルの再現性は低いものと思う。一方で、本質的価値を当てるゲームは、株価ではなく対象企業の競争優位性を分析しキャッシュフローの頑健性を予測するわけなので、このようなスキルは株価を当てるゲームより再現性があると言える。これが本書のタイトルでもある、「市場」ではなく「企業」を買う株式投資の意味である。

両者のゲームともにスキルの高さが重要なところ、後者のほうが再現性のあるスキルであるが、単にお勉強すれば身につく類のものではないため、非常にレアリティの高いものだと思う。そう考えると、一般の個人投資家が真似ができるものではなく、結論としてはそのようなスキルがあるマネージャーのファンドを買ってください、というのが本書の裏の示唆とも言える。

あくまで日本株式市場を前提としたお話であるので、市場としてROE>資本コストが多数(=長期的な企業価値増大が期待できる)の米国株式市場等にインデックス投資する合理性を否定するものではないと思うし、また、日本の株式市場においても数は少ないがROE>資本コストの経営を行う企業もあるため、個人投資家が自身のポートフォリオにこうした銘柄を組み入れることを検討することにも意味はあると思う。また、後者においてはPBRの高さ(ROE>資本コスト)には持続性があることから、ROEを指標に本稿の厳選投資の基準も参考にすれば一定の大型株を中心に銘柄を並べること自体はそこまで難しくないと思う。

ただ、問題があるのは、本質的価値の見極め・バリュエーション判断が難しいことにあるが、一つの案として、市場が大きく下落したときは斯かる優良銘柄も株価はひきづられて下がるので、そのようなタイミングで投資できる資金を確保しておき、いざ市場が大きく下落するリスクイベントが発生した際に、対象銘柄の投資をする、というものだろう。一方で、このような相場の急落時にはどこまで株価が下がるかは読めないところ、やはり本質的価値=適正株価に対する大体の目線感は持っておく必要がある。いやいや、そんな怖いことはできない、というのであれば、素直に海外インデックスファンドを買うか、厳選投資を行うマネージャーのファンドを買えばいい、ということだと思う。

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