浪漫革命が心に風を届ける

数日前に浪漫革命の“あんなつぁ”がTwitterでバズっていた。半年前くらいに初めてあんなつぁを聴き、どこか淡く切ないメロディと歌詞、「こんなこともあったな」と存在しない青春を思い出させるMVに、微笑みながら涙を流すような気分になった気がする。偶々早く出会うことができたが、音楽は出会うのが早くても遅くても聞き手には然程変わりはない。ただ、多くの人が自分が良いと思ったものを”良い“と言ってくれるのは悪い気は全くしないどころか、気分が良いものだ。世間が”良い“と言っているものに後から乗っかり、出会うよりも。

あんなつぁを聴くことで青春を思い出させるように、音楽は大小問わず記憶と結びついてることが多い。「この曲はあの子と出会った頃に聴いてたな」「この曲は駅に向かう道のあの橋の近くで聴いていた気がする」「辛い時はこの曲を聴いていた」大小様々だ。大体の曲はその曲を聴いていた過去の風景や情景を思い出させるが、青春を歌う曲は過去の青春を思い出させ、脚色し、より美しい記憶として蘇らせてくれる。あいつと喧嘩していた日々も、部活に苦しんでいた日々も、机で一人寝ていた日々も、青春のメロディの前では美しく生まれ変わる。だからきっと多くの人に愛されるのだろう、多分。

戻れない青春に手を伸ばす為に、満たされない今の心に温かさを届ける為に、あの日々を忘れない為に、今日も青春の歌を聴こう。

殆どの場合、青春という言葉は後から付いてくるもの。もし、過去ではなく今が青春だと言えるなら、今隣にいる友達も、意気揚々とどこかへ向かう時の風景も、松屋の牛丼大盛りも、全て大切にして欲しいね。

でも、未来から見たら今のこの生活も青春と呼べるのかもしれない。そしたら、もう触れ合う全てを大切にした方が良いのかもしれない。それが分かるのは、もう少し先の話だ。


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