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約束の未来~Re:set~⑤

第一章 リセットされた世界④


「私のは一体何を」

 生まれて初めて、父、という言葉を発した気がする。

「まあ、それはおいおいね、今はそれよりも紅のこと。紅は赤の一族と人間の間に生まれた。だから最初のうち、自我に目覚めるまでは本当に普通の人間の子だったよ、可愛かった」

 思い出したように笑う碧に腹が立つ。
 私がまだ何もわからない幼児期だった頃から碧は私を幼いだとか、可愛いだとか、下に見ていたということなんでしょ?

「あのまま君が、人間として育ってくれてたならば俺たちは安心したのだけれど、ね」

 残念だった、と笑うのはあの日のことだろう。
 私と同じ保育園に、碧もいた。
 つまりあの時、あの瞬間、碧は初めて私が時間を巻き戻すのを見てしまったんだ。

「それからは、特殊能力チカラの使い放題だよね? 一番参ったのは高校入試。さすがに面倒になって五回目は三問間違えておいてあげたよ」

 頭にカーッと血が上る。
 私が五回目でようやくトップで合格できたと思ってたのは、実は碧が手を抜いたせいだったというの?

「性格、悪いよね、碧って」
「紅ほどじゃないでしょ」

 そう言い返されると何も言えない、確かに悪いわよ。
 悪いから友達だって、いない……。

「紅に自覚しておいてほしいのは、ここから先の人生をやり直すにあたっての注意点。いい?」

 多分もうここまで聞いたら何も驚くことはない。

「どうぞ」
 
 ノートをめくり新しいページの最初に、『〇注意点』と書いてみた。
 中学生みたい……。あ、本当に中学生だったっけ。

「紅が不正を働いた場面は変わるよ」
「は!?」
「例えばホラ、テストとか。前の記憶が残ってたら困るから変わるわけ。後、怪我をしかけて回避とかもあったでしょ、そういうのも変わるからね」
「待って、入試は!!」

 今が中学三年生だから後半年しかないわけだよね?

「変わるに決まってるじゃん、今度こそ頑張らなくちゃだよ、紅」

 麦茶の中の氷がカランと割れた音がした。
 私の薄っすら残っている記憶というものが無駄なものだとわかり、ショックを受けた効果音のように。

「全部、変わるってこと!?」
「そ、紅の知らない十年がこれから幕を明けるわけ、勿論俺も知らないよ。でも、ちょっと楽しみ」

 意地悪そうに笑った碧が次に話すことに嫌な予感しかない。

「だってさ、失敗する紅が見れるんだよ? あ、俺は見てたけれど、他の人がだよ? すっごい楽しくない? ミス完璧パーフェクトの失敗、周りはどう思うだろうね」

 勝手に周りがつけたニックネームを持ちだして、クスクスと笑ってる。
 人の失敗を期待するなんて、悪趣味すぎる。
 今度こそ本気で一発引っ叩いてやりたい、とガタンと席を立ちあがった私に。

「怒んないでよ、紅。十年間、立派に生きなおせたならば、特典もついてるし、そう悪いことばかりじゃないかもよ」
「特典!?」
「そう、紅は、もう一つの紅がいるべき世界を選択することができる」
「え?」

 世界を、選択……、それって、もしかして。

「時空界ってとこに?」
「そう、暮らせる権利だよ? 勿論そこでは特殊能力チカラを取り戻し、使うこともできる」

 あの感覚を? 全てをひっくり返せるあの特殊能力チカラを取り戻せるの?
 ゴクンと唾を飲み込んだ。

「それとまた裁判官になるんなら、そのまま時空界の法廷で雇うことも可能だって。まあ、あっちに行ったらあっちの法律をまた学ばなきゃならないんだけれどね」
「それって、魅力的な、ことなの?」
「紅にとっての魅力的ってのは地位や金や名誉でしょ、それは保証するよ。あの世界で裁判官なんて正義中の正義だからね、世界中から称賛される、うちの父親のようにね」

 父親? 碧の父親は年に数回しか帰って来ない、世界をまたにかける社長さんなはず?

「ああ、仮の父親ではなくてさ、紅も会ってるよ。紅を裁いた裁判長、あれが俺の本当の父親だから」

『主文、被告人 一ノ瀬いちのせこう、現在より人生十年のリセット、及び時間操作能力の一切の禁止を命ずる』

 あのいかつい雰囲気のオジサマが、碧の……。
 ああ、そういえば顔、似てたかも、と項垂れた。

「え、あれ? じゃあ碧のご両親は」
「紅の知ってる俺の両親とは血は繋がってないよ。子供が欲しくてでもできなかったご夫婦の元で育てられたんだ。戸籍上、本当の子供としてね。あの人たちは記憶操作をされている」

 一年中お仕事で海外を周るお父さん、お身体の弱いお母さん、通いのハウスキーパーさんがいる。
 お金や物理的なものには何不自由のない暮らしをしている碧の家庭は、実は創られたものってこと!?
 あんなに碧のこと大事に思っているお母さんが、本当のお母さんではないってことなの?

「あのさ、そんな顔しないでくれる?」
「へ?」
「人のこと憐れむような顔しないでってこと。一度目だってちゃんと育てて貰ってるし、小さい頃から愛情を持って接してくれてるのはわかるからね、俺だって人間界こっちの家族には恩義も、それからちゃんと愛着だってある」

 碧の言葉にホッとする私に。

「種族が違ったってそういった感情は生まれる、冷血なわけじゃないから」

 一瞬碧が寂しそうに見えた次の瞬間には。

「あ、でも、血が繋がっていても親不孝ばかりしてた人もいるから何とも言えないけれどね」

 クスリと私の目を見据えて笑う、それって!!

「親不孝をしたなんて、私は思ってない!!」

 高校だって公立だし大学行けばお金かかるからと直接司法書士の予備試験を受けた。
 働いてそれなりのお給料を貰って仕送りだってしていた。
 お金がないことなんてわかっていたから、今ですらギリギリの生活をしているのに負担はかけたくないって、そう思って――。

「お金の苦労をかけさせたくないから不正ばっかしてました、って。そんなこと知ったら、そっちの方が親としては辛いんじゃない?」
「何よ、母さんに告げ口でもする気?」
「いや、できないでしょ。したところでまだ起きてもいない未来の話になっちゃうし、紅が時間を巻き戻せますなんて説明できると思う?」
「……」
「良かったじゃん、全部それを無かったことにできる」

 碧が一瞬、ほんの一瞬だけ。
 優しい目をした、そんな気がした。

「どうする? 紅はまた裁判官を目指す? 新しい人生だし新しい夢を思い描いたって構わない。他に何かなりたいものなかったの?」

 そう聞かれて一瞬だけ過ったモノを振り払って。

「裁判官になるわよ、今度こそ実力で! それでいつか碧の本当のお父さんをあの裁判長まんなかの席から引き摺り落としてやるから」

 突然私の人生をリセットしたあのオジサンに屈辱を味合わせてやりたい。

「え? 紅、時空界の裁判官を狙うつもり?」
「碧が言ったんでしょ、そういう特典もあるって」
「まあ、そうは言ったけれど。人間界の裁判官じゃないんだ」

 ふうん、と何かを考えた後で。

「難しいけれどね、ヤル気があれば俺が勉強教えてあげるし」
「結構です、自分でやれる」

 本当にイチイチ癇に障る。

「わかってると思うけれど、ちゃんとそれなりに中学生として怪しまれないように振る舞ってね」

 そんなものわかってる、なんてすぐに返事ができない理由、それは確かに私が一度大人になったからだ。
 しかもただの大人じゃない、年寄りばかりの現場で仕事してきて。
 多分、いや、大分、普通の子たちより考え方も話し方も若くはない気がする。
 ちょっと、難しい気がしてきた。

「紅の困った顔、俺好きなんだよねえ」

 は!?
 気付けば正面の碧が楽しそうに私を見ている。
 す、好きって何よ!!
 大体碧だって条件一緒じゃん、やり直しじゃん!!
 余裕すぎる、碧だって十分年寄りくさいじゃない!
 でも昔からよね、このひと
 学校ではあまり話さなくて、いつも微笑んでいただけの碧。
 ただ顔もいいし、頭も切れるし、スポーツもできちゃってたから、『微笑みの貴公子』なんて影で呼ばれて大人気だったっけか、実は。
 ん? 待てよ? もしかして、もしかしたら!! 話したらボロが出るから黙ってたってこと!?

「頑張って、ミス完璧パーフェクト。夏休み終了まであと少し、宿題なんか余裕で終わってるよね?」

 その言葉に勿論と微笑んだ上で。
 碧が帰った後で調べたら、手付かずの宿題。
 あの頃の私のことだ。
 後で皆のを見てから時間巻き戻してやるつもりだったのだろう……。

 二度目の生活で不正を起こしてはいけない。

 だったらもう必死だ。
 後五日しか残っていない中での、大量の夏休みの宿題に向き合う。
 特に私や碧のような高いレベルの高校を希望している者たちには、特別課題なんかも出されていて、ため息しか出ない。
 こんな数式ね、社会人になったらもう使わないの。
 とっくに忘れてた数式なんかもあって、一旦教科書を読みこんでからのリスタート。
 元々そんなに、頭が悪い方ではないと思う。
 むしろ不正をせずに受けた一回目のテストでも、そこそこ上にはいた。
 だけど、ずっとトップを維持してきたというのに、今更成績を落とすことなんか絶対に嫌だ。

 ガチャリと玄関の開く音と、ただいまあというお母さんの声。
 多分この後は、と顔だけ自分の部屋のドアの方に向けたら、予想通りノック無しでドアがガチャリと開き母が顔を覗かせる。
 朝していった化粧なんか取れちゃってほぼスッピンで笑って顔を出し持っていた買い物袋を掲げて見せる。

「ただいま、遅くなってごめんね! 焼きそばでいい? すぐ作るから」
「え?」

 母の焼きそば発言に、しまった、と思ったのは。

「どうしたの?」

 母も不自然な私の返事に首を傾げた。

「……、ごめん、ご飯炊いちゃった」
「紅が?」

 目を丸くした母にコクンと頷いた瞬間。

「紅~!!どうしよ、お母さん泣いちゃうかも!!」

 と部屋の中に入ってきて私を後ろから抱きしめる。

「ご飯炊けるんだね、すごいね、紅」
「それぐらい家庭科でだって習ってるし」

 大袈裟、だけどきっと大袈裟ではないのだ、母にとっては。
 それぐらい私は今まで家のことなんか何もせずにいた。
 母はそれでも私が勉強を頑張ってるからと『手伝って』などと言うこともなく、遅くに仕事が終わってから買い物、夕飯、お風呂の支度、洗濯物と。
 考えてみたら、母子家庭でお金がなかった以外、本当はとても恵まれてたんだ。
 夕方に洗濯物畳みながら、ふと思い知った、というか思い出されたというか。
 だったらついでにと、お風呂掃除とご飯だけは炊いておいたんだ。

「じゃあ、今日は野菜炒めにしちゃお、もうちょっと待ってね」

 その後リビングに向かった母の。

「ええっ!! すごい!! 洗濯物畳んである~!! 紅~!!」

 もう一度こちらに向かって小走りになってる母の足音に背中を向けたままクスリと笑った。

「あのさ」

 遅い夕飯取りながら、話しかけた私の言葉に母が顔をあげた。

「買い物と夕飯と洗濯畳むのはやっとく。夏休みの間は、朝も自分で用意するからお母さんは自分のことだけして? 洗濯機回しておいてくれたら干しておくし」

 掃除だって、掃除機くらいはかけておける。
 私は学校へ行くだけ、働くことの大変さは今更ながらで申し訳ないけれど身に染みてわかっていた。

「紅? もしかして、お母さんの顔、疲れが出ちゃってる?」

 眉尻を落として悲しそうに箸を置いた。

「ごめんね、紅は受験生なんだから。いいのよ、手伝いなんて。あんなに頑張っていつも一位で、それって誰にでもできることじゃないもの。紅だからきっとできることよ?」

 ズキズキズキズキっと母の言葉は容赦なく私の心の一番触れて欲しくない場所を攻撃する。
 真っ当な美しい褒め言葉ほど私に似合わないものはないから、罪悪感でいっぱいになるのだ。
 だから――。

「欲しいものがあるの、そのためのバイト? 手伝い、じゃダメかな?」
「欲しいもの?」
「うん、参考書とか、色々欲しい。結構お金かかるかも」

 今の自分じゃ、きっとそういうのに頼らないと成績キープできないと思う。
 一度目とは違うことを痛感し始めていた。

「そんなの遠慮しないで買ってよ、いいに決まってるんだから!! だからね、バイトとか言わないでいいの、紅は勉強に集中してて?」

 大丈夫と微笑む母は昔と変わってない。
 昔はこの優しそうな微笑みが嫌だった。
 私のこと何も知らないくせに理解なんてしないくせに、って勝手に思っていた。
 でもね、私はもう一つの未来があったことを覚えてる。
 覚えたままで十年さかのぼってるんだから。

「別にね、お母さんのためじゃない、自分のためでもあるの。夜遅くにご飯食べると太るから、さっさと食べたいし。洗濯物だって昼間干した方が乾きがいいし、ね。ただ」
「ん?」
「……夕飯の期待はしないで、そんなにクオリティ高くないし……、今度休みの日に教えて」

 ボソリと呟いた私に母は目を真っ赤にして。
 うん、うん、と何度も頷いていた。
 ありがとう、って笑いながら。

 九月一日、朝七時半、早出の母を見送った後、自分も登校をする。
 夏休み明け初日、十年ぶりに袖を通した中学の制服。
 深緑のブレザーにえんじ色のネクタイ、グレーのプリーツスカート。
 鏡に映った自分に気恥ずかしさを覚える。
 二十五歳だったはずの自分がこんなの普通に着ていたら、ただのコスプレの世界でしかないからだ。
 直視できないまま視線を外し、ガス、電気、全部点検してから玄関を出て施錠をする。

「おはよ、紅」

 まるで私の時間に合わせて出て来たような碧にため息をついた。

「宿題、ちゃんと終わった?」

 並んで歩きながらからかう様に私を覗き込んできた碧を睨む。

「終わりました!」

 朝夕に洗濯物を干したり取り込んだりしていると垣根越しに『大丈夫? 間に合う? オレの全部写す?』だなんて。
 笑顔で不正への誘惑をする碧に顔をしかめて『結構です!!』ときびすを返した日々。
 
「さすが、ミス完璧パーフェクト

 揶揄やゆする碧にムッとして足を止めた。

「あのさ、二度とその名前で私のこと呼ばないで! それと、私の後、ついて来ないで!」
「行き先一緒なんだもん、ついてってるわけじゃないよ? 後さ、オレ前の時は一度だってミス完璧パーフェクトって呼んだことなかったの覚えてる?」

 そういえば!
 碧だけは私のことそんな風に呼んだことなかった。
 ハッとして碧を見たら。

「だってミス完璧パーフェクトじゃなくて、ミス不完全デフェクティヴだったから」

 咄嗟に振り上げたカバンからサッと身を引いて笑う碧を睨むと、からかうように目を細めて笑う。

「だから見せてよ、今度こそ。紅が本気出したところ。本気でミス完璧パーフェクトになってよ、まあ俺も二度と手は抜かないけれどね」
「次の中間、見てなさいよ、絶対負けないから、碧なんかに!! それと少し時間ずらしてよ、一緒に歩きたくない!」
「ん~、そうしてあげたいんだけれどね、俺監視だし無理。それに紅が・・心細いでしょ」

 クスリと私の心を見透かしたかのような碧にイーッと顔をしかめて。

「全然っ!!」

 と歩みを速める。
 本音を言えばさっきまではめちゃくちゃ心細かった、だけど。
 言い合いしている内にアドレナリンが沸き出したのか、既になるようになれ! としか思わなくなったから。
 ……この点だけは碧に感謝しよう。

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