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第2章_#11 オルレアン旅 [1] 「本当の」クレープを食する

1994年12月、初パリ旅行。
今日からパリを離れ、2泊3日でロワール地方のオルレアンを旅行中。

前回の記事は、パリ・オステルリッツ駅からの珍道中の末、オルレアン駅に迎えに来てくれた先生と会えたところで終わった。

最初に説明しておくが、私とB子さんの仏語能力はおそらく幼稚園児以下のレベル。先生の日本語は、ガールフレンドが日本人ということもあり、我々の仏語よりマシとはいえ、カタコトの域を脱してはいない。どうしても厳しい時は、先生は流暢な英語を発動するが、我々は英語もこれまた心許ない。
が、まぁどうにかコミュニケーションはとれていたように思う。(先生にはかなりストレスだっただろうが。)
台詞部分は基本、日本語で書いた。でも実際には、日本語・仏語・英語・身振り手振り指差しがゴチャ混ぜだったことを想像しながらお読みいただきたい。

「先生!こんにちは~!」
「わ〜、元気ですか〜?」
「よく来たね!車は向こうに停めてあるから、行こうか。」

先生の車で、まずはホテルへ向かい、チェックイン。
ここも、パリのオテル・デ・バルコン同様、簡素で小さなホテルだった。
ホテルフロントのカウンター下には犬が寝ている。看板犬なのかな。
チェックインを済ませ、リュックサックの中のパジャマや洗面用具を出して空っぽにして、さあ街へ!

「お腹すいた?」と先生。
「ウイー!」B子さんと私、2人で声を合わせて答える。
「じゃあ、まずはお昼にしよう。お昼を食べてから町を案内するよ。
君たち、本当のクレープを食べたことある?」
「本当の??」

そう。この当時はまだ、原宿の竹下通りなどのスタンドで買って立ち食いするアレが日本人にとってのクレープだった。あれはあれで美味しい食べ物だと思う。私はバナナと生クリームとチョコシロップの組み合わせが好物だった。
しかしながらフランス人にとっては、アレをクレープと呼ぶのはちょっと微妙なようで(日本のカレーライスがインド人にとっては「あくまでカレーを模した日本の食べ物」であるのと同様)、先生が「本当のクレープ」と言ったのはそういう意味だと思う。

この2年後の1996年、日本初のクレープリー「ル・ブルターニュ」(CAFÉ CRÊPERIE LE BRETAGNE)が神楽坂に誕生するまで、たまにフレンチレストランや日本に滞在しているフランス人宅でイレギュラー的に供されることはあっても、日本において、専門店で「本当の」クレープを食べることは叶わなかったのだ。ゆえに我々、これが「本当のクレープ」デビューである。

(あれ?ちょっと待てよ?)
ここで素朴な疑問が生じる。
(クレープって、ここらへんの郷土料理だっけ?)

そう。クレープは、フランス北西部・ブルターニュ地方の郷土料理。
ブルターニュ地方は、やせた地質が小麦の栽培に不向きなため、蕎麦粉が主食だった。(同様の理由で蕎麦が美味しい日本の信州を想像するとわかりやすいだろう。)この蕎麦粉を薄く焼いて、いろんな具を包み込んで食べる茶色い「ガレット(galette)」が本来のクレープ。小麦粉の白いクレープ(crêpe)は後づけでできたものらしい。(諸説あるようだが。)

ガレットの具は野菜や卵や肉や魚などの「食事系」で、クレープの具は砂糖やバターやクリームやショコラやフルーツなどの「デザート系」。
通常、まずガレットを食べ、次にクレープでしめるというのが標準的な1食のパターン。ガレットのみで、食後にデザートを食べるというパターンもある。

さて、そして我々がいる、ここロワール地方とブルターニュ地方は、地理的にはお隣り同士ではあるが、ガレットもクレープもロワールの郷土料理ではない。
いま思えば、単にブルターニュ出身の人がオルレアンにやってきてクレープ屋を始めたのであろう。どこの地方都市にも大体クレープリーはあるから不思議ではない。おそらく先生は、お国自慢ということじゃなしに、原宿のクレープと本場のクレープの違いをこの際だから知ってもらおうとでも考えたのだろう。

店の場所も名前も何を食べたかも覚えていない。オルレアンで一番人気のクレープリー「クレープリー・ブルトンヌ」(Crêperie Bretonne)だったかも知れないし、違うかも知れない。
で、肝心の「本当の」クレープの味は、確かに原宿のクレープとは別物であることはわかったけど、なんというか、「こ、これは、旨い!!」と劇的に感動した記憶もまた、ない。たぶん現在に至るまでに何回も食べたのでその記憶に上書きされたのかもしれない。

ただ、クレープを食する時の定番ドリンク「シードル」の美味しさに軽く驚いたことは覚えている。

シードルとはリンゴを発酵させて作ったお酒。素朴な陶器のボウルに注いで飲む。小さな泡が立つ茶色い透明な液体で、華やかなワインとは明らかに違うゴツゴツと素朴な風味。甘さは抑えめ、アルコール度数も8〜9度とかなり軽いので、ゴクゴク飲みたい感じだ。

「おいしい!」
「いくらでも飲めそう!」
(実際はそこそこ値段もするので、際限なく飲みたくても、それは難しい。)

飲みながら脳内では田原俊彦『ごめんよ 涙』のメロディーが流れる。そう、1989年くらいにサントリーが「シードル」という商品を発売し、そのCMに出演していたのが、当時大人気のアイドル、田原俊彦だったのだ。

ちなみに味は、「本当の」シードルとはまったく別物だった⋯。

日本流のクレープに、日本流のシードル。
日本人は節操なく世界の味を我流に変えて定着させるのが得意だが、味がこうも違うのなら別の名前をつけるのが礼儀なんじゃないか?とよく思う。

ちなみに、パリの主要駅のひとつ、モンパルナス駅周辺にはブルターニュ地方からの移住者が多いことから、たくさんのクレープリーがひしめき合っている。その中で私のお気に入りは「クレープリー・ジョスラン 」(La Crêperie de Josselin)。
この店については、今後お話しする機会があると思うので今回は手短に。
「地球の歩き方」を見て行ってみたのが最初だったが、他と比べて接客も内容(たぶん量が多め)もいいように思う。店内のあちこちに何気なく配されたブルターニュの素朴な工芸品や雑貨もすこぶるいい感じだ。カワイイ雑貨好きの女子は悶絶するかもしれない。

さて、食後のコーヒーを飲み終えた我々。
「じゃあ、これから街を案内するよ。そのあと、トゥールまで足を延ばして、僕の大学時代の友人と4人で夕飯を食べよう。」
わあ、先生のお友達とお食事。こういう機会は初めて。会話は成立するのか、少し緊張するが、ワクワクもする。

今日は結局、クレープの話で終わってしまったけれど(笑)、次回は、オルレアンの街の様子と、ロワール地方で一番の都会・トゥールの話をする。
とりあえず、今日はこれにて、À bientôt!

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