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カイタイシンショ、ダンゴムシ

⚠️ダンゴムシを真っ二つにしてしまった話です。
⚠️ネットで検索した虫や解体のスクショ画像あります。
⚠️虫が苦手、内臓が苦手な方はブラウザバック!



 療養から解放された息子のにっとは、引きこもり生活にうんざりしていた。
 軽く「お散歩行く?」と聞こうものなら「行く!」と即答、光の早さで支度を済ませて駆けていく。

 近所の桜スポットへ向かう。
 老若男女がわやわやと淡い春色を見上げ、足を止めている。にっとも急に足を止めた。上ではなく、下を向く。後ろを歩いていたキャップのおじさんも、反射的に固まった。

「急にしゃがんだら危ないよ」

 注意しても返事はない。頭を下げてわびるわたしに構わず、おじさんはうつむく後頭部に言う。

「なんか捕まえたか」

 おじさんの視線をたどる。手のひらに、小さな黒いまんまる……。

「ダンゴムシ」

 つぶやくわたしを笑い飛ばし、おじさんは桜へと去る。
 虫が苦手だったのに、すっかり仲良くなって。成長を手のひらに握り、二人と一匹で花見を決行。キッチンカーや出店も並び、散る花びらにあおられて、鼓動が高鳴った。

「ねぇママ、お店いっぱいだよ。全部見よう」

 グーで友達を守るのと反対の手で、わたしを引っ張る。パステルカラーの恐竜のヘアゴムをほしがり、ユニコーンのブレスレットを見ては「なんだ? 牛か?」と首を傾げ、キッチンカーを観察し、ベビーカステラを買い、手の状態が状態だから家で食べようと約束した。

 休憩スペースのベンチに腰かけ、にっとは手のひらを開く。

「ずっとまぁるだね」

「ダンゴムシは丸くなって体を守るんだよ。わぁ、あっちまでずっと桜の木。きれいだよ」

 通りの果てのさらに先まで並びに並ぶ、桜の木。天気も快晴、風もさわやか、肩の力が抜けていく。

「ママ……」

 とろけたわたしをささやき声が呼び起こす。
 振り向くと、手のひらのまぁるが、

「わっ、え?」

 縦に真っ二つ。頭の下から、びろんと黄色が太く垂れている。

「だ……ダンゴムシを開いてあげたかったんだね」

「カステラ一緒に食べるから起きてーって、思って……」

「へえぇ……ダンゴムシの体の中は、こうなってるんだね。ママはじめて見たよ。黄色い太い線……」

「ぼくもはじめて見た……ここに寝かしてあげたら、ダンゴムシのママ、くる?」

 決定的な言葉は避けたが、青ざめたにっとの顔から、知っているのが伝わった。ひとつうなずくと、にっとはベンチの下に、二つになった一匹をそっと返す。

 しかし。

 あの黄色い太い線、脊椎か?
 ダンゴムシって脊椎あるの?

 進撃の巨人を引きずっている身としては、真っ先に「光るムカデ」がよぎる。んなまさか。ダンゴムシからムカデが出てくるわきゃーない。

 それならあの黄色はなんなんだ。
 ダンゴムシの内臓なんて、考えたこともないけれど。



 背骨ないんだ!
 じゃあ内臓なのか?



 泡吹きかけた。
 虫は苦手だし内臓系とかグロいの苦手だし。進撃の巨人とかゴールデンカムイはあのほら、フィクションだし、あんまりそういう絵は直視しなくても流れで話はわかるし、アニメはマイルドだしモゴモゴ。

 いやまぁしかしよ。
 左の画像、割れてるやん。いやうちも割ってしまったのやけど。なんならうちは縦に真っ二つにしちゃったから、あれ、そう! 右のXの画像そのものの黄色い線!
 何本もあったのね。きゅっとくっついて一本の太い線に見えたわけか。

 小さくてかわいいダンゴムシも、拡大されたでかい画像でどーんと見ると、怖い。もう黄色い線が見られたからいいじゃん、と思いつつ。
 深呼吸ののち、検索結果の一番上のホームページを開く。


 画像が出る度にギャーッ! と心で悲鳴をあげたが、縦に裂かれたダンゴムシは悲鳴なんかあげられなかったのだ。歯を食いしばり読みきる。ダンゴムシのすね毛の項目で変に気が抜けた。あんな小さな細い糸みたいな足にもすね毛が生えているなんて。きゅんとする。

 さっきのXアカウントもまさにそのものな画像をあげていたから、覗いてみた。

 肝膵盲のう!
 すごく体を作りそうな名前。
 あまり謎が解明されていないみたい?

 帰宅してからにっとはダンゴムシのことを言わなかった。でも夜に布団の中で「ダンゴムシかわいそうだった」「ごめんなさいが言えなかった」と気にしていた。

「ダンゴムシはお空にいるよ。いまごめんなさいが言えたら聞いてくれるよ」

 二人で「ごめんなさい」を告げた。
 いのちを粗末にした。でもそれだけで終わらせない。未知の生態が解明されたら知りたい。無駄な犠牲としない。まだまだ知るべき、教えるべきことがある。ダンゴムシを起こしたければ背甲にそって開いてみるか、地面におろすかすればいい。どうして丸くなり、どうなると元に戻るのか。キッチンカーのタイヤ止めやガス、電気の仕組みを観察したように、ダンゴムシも観察すれば謎が解ける。探究心に導かれ、肝膵盲のうの秘密も明かされたらな。

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