死にたい彼 ~とある整体院のショートストーリー~

「次は・・・死にたい彼ですねぇ。」
もうすぐ、「死にたい彼」がやってくる。
施術の度に「死にたい」と呟くので、私と受付の彼女は「彼」をそう呼んでいる。

彼が来始めてから今日で6回目。
あまり表情もなく、元気そうではないがそこまで辛そうでもない。
口数は少なくて、何を考えているのか読み辛い。

1回目の時、日頃どんな体の動きをしているのか知るため、
何の仕事をしているか聞くと彼は、勉強してます、と答えた。
パソコンの職業訓練に通っているらしい。

彼が「死にたい」と呟いたのは、2回目の施術の時だった。
そこまで酷い痛みはなかったものの、全体的に彼の体は硬かった。
パソコンの職業訓練に通っているなら、座りっぱなしなんだろうな。
そう思い、姿勢は気をつけているか、と尋ねた。

すると、
「はぁ、死にたい。」
とため息まじりに呟いた。
しんどい、の聞き間違いかな、と思い「ん?」と聞き返すと、
「疲れたなぁ。」と言いつつまたため息をついた。

「勉強大変?」
「勉強っていうか・・・まぁ・・・生きるのが大変」
そんなやりとりの中、彼は一回の施術中3、4回は「死にたい」と呟く。

***

「そんなことを言ってはいけない」「もっと酷い境遇の人がいるのだから」
「ポジティブに生きよう」といった励まし、
「死ぬ気なんてないくせに」「甘えだ」「逃げだ」といった批判、
色んなことを人は言う。
でも、叱咤激励などなんの役にも立たない。

とはいえ、気持ちは分からなくはない。
なんとか元気づけたいのだろう。
本当に死なれたら、と思うと怖くてたまらない。
そんな不快感を取り去りたいのだ。

死にたい、と思うのは当然だし、それでいい、と私は思っている。
正直、彼に死んで欲しくはない。
また来週も、「死にたい」と言いながら、ここに来てほしい。
しかしそれでも、死ぬ、という選択をするのなら、それを尊重したいとも思っている。

***

言葉というのは、とても不自由で、出せば出すほど本質からずれていく。
不快感に振り回されていれば尚のこと。

しかし、体はとても正直だ。
物理的にほぐそうとすれば、返って硬くなったり、
ただそっと触れるだけで、ふっとゆるむこともある。
施術をしながら話していると特定の話題や言葉で硬くなったり。

だから、触れるこちらからも、言葉以上の何か、私自身も気づかない何かが伝わるような気がする。

どんな患者が来ても、私がすることは変わらない。
ただここに「在る」それだけだ。
まぁ、それが結構難しいのだけど。

自分の中に不安や心配があることを許しつつ、うつ伏せの彼の背中にただ触れる。
その感触をただ感じる。

彼が今何を感じているのかわからないが、その体の状態をただ受け止める。
それだけでいい。
というか、私に出来ることなんて本当は何も無いのかもしれない。
そんな無力感もただただ受け止める。

私は彼の背中をさっと撫で、施術を始めた。

***

今回は、ほとんど話すこともなく終わった。
死にたい、の言葉もなかった。
うつ伏せから起き上がった彼の目は、少し眠そうだった。
そしていつものように一週間後の予約を取り、彼は帰っていった。

***

(一週間後)

予約の時間になっても、彼はやって来なかった。
「先生、例の彼、来ませんねえ。どうしちゃったのかな。本当に死んじゃったのかしら。
 私たちが死にたい彼、なんて呼んでたから・・・。言葉って大事ですね。」
受付の彼女は、狼狽えながら言った。

「まあ、患者さんが予約の時間に遅れるとかすっぽかすとか、よくあることだし・・・。
 彼の場合は今まで一度もそういうことはなかったけど・・・。」
胸がザワザワと落ち着かないことに気付いた私は、自分に言い聞かせるように言った。

落ち着かせようと呼吸を整えてみてもおさまらず、それを悟られないよう平静を装っていた。
「・・・まぁでも、今日はたまたま遅れてるだけかもしれませんし・・・。」

ガチャ、とドアが開いた。
「すみません。ちょっと遅れました。」
「死んでない彼」がそこにいた。
私は、いえいえ、と余裕の(フリした)笑みを浮かべ、心の中で呟いた。

「よく来たね」

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