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#38「敬語」

「担当者からご報告のほう頂いておりましたので、そのご連絡でお電話いたしました」

 先日ふいに聞いた台詞である。

 ゆっくり読めばすぐ分かってもらえると思うのだが、この敬語はおかしい。
 話し手をA、連絡相手をB、担当者なるものをCとするなら、Aは「自分がCから報告を受けた」という行為自体をへりくだってそう言ったのかもしれないが、CもA側の人間なので、A自身のBに対するスタンス同様、Bのために行われたC自身の行為としてへりくだる必要がある。
 なので「担当者から報告を受けましたので、そのご連絡〜」というのがスタンダードな回答例だろう。もちろん、もっと丁寧化することもできるが。

 …と、この僕の文章を読んで、どう思われたろうか。
「うるせーなー」とか「こまけーなー」という感想もあって当然だと思う。丁寧に言おうとしてるんだから、その姿勢を評価してくれりゃ良いじゃんかと。敬語警察かお前はと。

 でも、冒頭の一文に眉をしかめた人の存在も紛れのないものである。
 敬語がちゃんとしてないのも気になるし、敬語をくどくど指摘されるのも気になる。
 自分も含めみんな、とにかく敬語という存在自体が苦手なんだよなあ、と思わざるを得ない。

***

 敬語は日本特有の文化、という触れ込みをたまに目にする。

 事実、そんなことはない。
 英語だって "Thanks." と "I'm very grateful to your support." とでは丁寧レベルが格段に違うと無学な僕でもわかる。
 以前韓国語を少しかじってみていると書いた記事があったが、かの国も同様だ。カムサハムニダは丁寧語、砕けた挨拶としてコマウォというのがある。

 だいたいどこの国の歴史にも上級貴族や為政者や王族がいて、その関係性に見合う言語表現の丁寧さも無いはずはないと考えれば確かに当然なのだが、いかんせんそんなに外国語の敬語に着目する機会もないのではっとする。

 そしておそらく、日本語の敬語に独自性を見いだす所以は謙譲語や尊敬語などという、関係性ごとの矢印の違いによるところなんじゃないかしら。

 当の日本人が冒頭のように混濁していたりするのだから、海外から見て難儀極まりないルールだとしても無理ない。

 その割に間違えて使うとすごくうるさい(デシベル的な意味ではなく、そういう目があちこちに光っていて油断ならないという意味)。
 これが現代社会のサバイブをより一層困難にしている…とまで言うと大袈裟かしら。
 ただ、「○○(自分自身)に向かってなんだその口の利き方は!」なんて怒り方をする大人のことは、まともに取り合う必要はない…とも思う。

***

 もちろん、敬語のルールに縛られすぎるのもよくない。

 少し前にウェブメディアでも取り上げられていたのを見たが、たとえば「させて頂きます」という敬語が果たして適切か、とかだ。
 端的に言うと「させて頂きます」は丁寧を盛り過ぎているという話なんだが、確かに「禁止とさせて頂きます」は別に「禁止します」でいいし、禁止される側の許可などいらない(迷惑なんだもの)。事務所や役所で「確認させて頂きます」というのも「確認致します」で充分だ。余談だが先日役所で新人らしい方が「後日お国のほうからハガキが〜」とえらい丁寧語を使っていて心配になった。よほど緊張していたらしい。これも敬語の呪縛の一例かも。

「勝手ながら休止させて頂きます」とかならまあまあ、確かに。止むに止まれぬ事情で顧客の理解を得たいときはそのように書くのは適切だが、何にでも「させて頂きます」だとご奉仕精神やへりくだり感が強すぎて少し気持ち悪い。
 たまにバンドマンがMC中「告知させて頂きます」というのは、「皆ライブ見に来てんのに宣伝なんてゴメンよ」という意味では正しいが、「来週○○のライブに出させて頂きます」は「頂くも何も、別に出たらええやないの〜」となってしまう。盛り上げるためのバスドラももっと堂々と踏んで良い。

 変に色んなアイテムを使って疲労するくらいだったら、最低限の装備で身軽に疎通した方がスムーズだったりする。敬語は用法用量を守って正しく使いましょう、だ。

 ちなみにやや脱線だが、たまに聞く「よろしかったでしょうか」問題については、僕はやや擁護寄りの立場に回りたい。
「〜おひとつ、〜おひとつ。ご注文は以上でよろしかったでしょうか」は、つまりは「今俺が言ったので合ってた?」の意である。素直に時間的な意味合いでもって過去形を使っているので、そう考えるとこれは不適切とは言い難い。「ご注文はうさぎでしたか?」というタイトルになると、アニメはやや不穏になる。
 ただ「お席ご案内します。こちらのお席でよろしかったでしょうか」はちょっと変だ。相手の同意を探る不安さでいうと上の例にも似ているが、その席でいいかどうかを聞くのだからやっぱり「よろしいでしょうか」が最適解な気がする。
 つまりは「よろしかったでしょうか」全般がダメなんでなく、そう言うべくして言ってる時もあるのよね、ということだ。

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