導く花


     さよなら

夜空に無数の星が瞬いている時、私は一人だった。辺りはバニラのような甘い香りで満たされていた。ずっとこの日を待っていた。ずっと信じていた。心からたくさんの想いが溢れ出る。涙が頬を伝う。周りが見えなくな
る。それでいい。
「やっと、私は⋯⋯⋯。」
彼にさよならができる。

綺麗に咲き誇る淡いピンク色の花。枝から下へと垂れ下がっているその姿は、まさに名前の通りの姿だった。
「幻の一夜花。」
あの日、彼が教えてくれた。熱帯、亜熱帯に分布し、夏のたった一夜だけ綺麗な花を咲かせる。朝になると散ってしまう。そんな幻の花。満間の時間にいけば、甘い匂いを辺りに漂わせる花。彼がとても楽しそうに話すものだから、見てみたいと思った。
そんな私に彼は約束してくれた。
「来年、一緒に見に行こう。」
「うん。」
「咲いてるところ見れるといいなぁ。」
「きっと、見れるよ。」
そういって彼は私の頭をなでてくれた。本当に見れるかなんてわからなかった。それでも彼と遠出に行くことが楽しみだった。彼の描く「未来」に、私がいることが嬉しかった。ずっと、彼と一緒にいれると思っていた。

でも、その「来来」も「約束」も儚く散った。
なんことない日だった。いつものように仕事をして、なんとなくコンビ二に立ち寄った。
そこで、甘い誘惑に負けてチョコレートを買った日。少し罪悪感を覚えつつ、いつも以上に明るい満月を見つけて、笑みがこぼれた。綺麗な月明かりに照らされて、軽い足取りで家へと帰った日。家のドアを開けてみれば真っ暗で、物音一つしない。
「休みだから、会いに来るっていってたのになぁ。」
しょんぼりした気持ちになりながら、電気をつける。彼にくるのか連絡をするため、電話をかけながら、りビングへ向かう。
「おかけになった電話は、現在⋯⋯。」
「充電切れたのかなぁ。」
不思議に思いながらも、携帯を耳から離して、机に目を向ける。ドクンと
嫌な音が胸から鳴る。
「なんで。」
こぼれた声は、あまりにも弱々しかった。
重い足取りで、机へ向い、机の上へ手を伸ばす。手を伸ばした先には、封筒と、私が彼に渡した合鍵が置かれていた。喉が異常なまでに乾く。震える手でなんとか、封筒を開ける。
そこには、まぎれもない彼の字で、言葉が紡がれていた。目を開じて、深く息を吸って吐く。暴れ出しそうになる心臓を無理やり押さえつけて、手紙に目を通す。いつも見ていた彼の字で綴られた言葉が、何度も何度も私の胸を刺す。視界がぼやけて、上手く文字が読めない。
「……。」
溢れ出てくる声にならない声も、涙も、もう見たくないと拒絶する心にすら抗って、最後まで彼の文字を追った。全てに目を通した時、私の心には取り返しのつかない大きな穴が空いていた。


              「彼はもう戻ってこない。」

      簡単じゃない


ポツリと呟いた言葉は、涙とともに誰にも拾われることなく流れて、消えた。

    それから一年もの間。私は彼を忘れようと努力した。でも、出来なかった。簡単じゃなかった。
彼の手紙には、たくさんのことが書かれていた。彼には幼なじみがいること。その幼なじみに告白されたこと。ずっと幼なじみが好きだったこと。諦められなかったこと。諦めるために私と付き合ったこと。私のこと大切だったけど、それ以上に、幼なじみが大切で、忘れられなかったこと。私の知らない「彼」のことが書かれていた。幸かった。苦しかった。好きだったのは、楽しかったのは、私だけだったのだろうか。私は、彼とその幼なじみが付き合うための当て馬だったのだろうか。二人の思い出は、彼にとってはただのゴミだったのだろうか。私のことを大切に思っていたなら、こんな扱いできるわけない。彼の目には、私はずっと映っていなかった。彼の願う未来に、私はいなかった。
「そんなやつのこと、今すぐ忘れな。」
「絶対もっといい人いるよ。」
「そんな人、ひきずって時間無駄にしちゃダメだよ。」
「いい出会い探しに行こ?」
わかっている。もっといい人がいることも忘れるべきだってことも、わかっている。
だから友達に誘われるまま、他の人と会ってデートをした。友達と一緒に色んなところに出かけた。一人で好きなことに没頭した。それでも、思い出してしまう。 私を捨てた彼のことを。
忘れようとする度に、彼の笑顔が、温もりが、声が、蘇ってくる。まるで彼に頭を支配されているようだ。それくらい好きで、大切な人だった。もう叶いもしないのに思い出してしまう。
彼とした約束を。どうして、私との未来なんて描いていなかったのに、あん
なことをいったんだろう。期待だけさせて勝手に消えて。私の怒りも悲しみも、ぶつけさせてくれない。自分だけすっきりして、彼は身勝手だ。
そんな身勝手な彼のことを忘れられない日々を過ごしていた時、ふと「幻の一夜花」のことを思い出した。最後に一人でこの花を見に行こう。それでけじめをつけよう。そう決意して、一人でここに来た。

「決心してよかった。」
私の目の前には、ずっと彼とみたかった花がたしかに咲き誇っていた。花をしばらく見つめていると、ポ口ポロと涙がこぼれる。
「こんな涙もろくなかったのになぁ。」
これが、 花を見れた感動から来るものなのか、彼との思い出が頭をよぎっているからなのか、彼への想いが消えていくのを感じていくからなのか、私にはわからなかった。しばらくして、少し涙が収まってきて、少し気分が晴れてきた時のことだった。
「綺麗な花ですね。」
隣を見れば、私と同じように花を見上げている人がいた。大人しそうな人。それでいてとても優しそうな顔立さだった。綺麗な人。
「……っ。そうですね。」
声と顔が引きつる。大の大人が泣きじゃくっていたのを見られていたかもしれない恥ずがしさで顔に熱が集まる。思わず視線を花から地面へと移してうつむく。
「⋯⋯。良かったら、これどうぞ。」
俯いていた私の目に白のハンカチが目にとまる。
「あ、ありがとうございます。」
断るわけにもいかず、おずおずと、受け取る。
「いーえ。」
お礼を言おうと、顔をあげた私に、その人は優しく微笑んだ。
それからしばらくお互い何も言葉は発しなかった。ただ静かに花を見つめた。でもなぜか気まずい雰囲気は流れなかった。代わりにただ穏やかな時間が過ぎていった。
どれくらい時間が経っただろう。そろそろ帰ろう。そう思った時、ふと手元のハこカチに目がいった。これ、どうしよう。使っていないし、そのまま返そう。少し気まずさを覚えながら、隣の人に声をかけようとした時だった。バチリと目が合う。思わずドクッと胸が鳴った。
「……っ。あの、この。」
「そのハンカチ、今度会う時に返してください。」
私の言葉を遮るように、その人は言った。
「今度……。」
その言葉にさっきとは違う痛みを覚える。
今度なんて、あるはずないのに。
「わかりました。」
そんな気持ちを顔に出さないように愛想良く笑う。それで次こそ背を向けようとした時、腕を掴まれた。
「あの、待ってください。連絡先交換してください。そうじゃないと、また会えないですから。」
「あ、そうですね。」
そう言われて、一応連絡先を交換する。今返しちゃダメだろうか、使ってもいないから。それを伝えて、返そう。口を開きかけた。そしてすぐやめた。あまりにもその人の私をみる目が真剣だったから。
「また、今度会えるの楽しみにしています。」
そう笑顔で圧をかけられたのもやめた理由の一つだ。
「はい。ちゃんと返します。」
そう答えて、軽くお辞儀をしたあと、私は足早にその場を去った。


作者からの注意


一旦ここで話は終わります。
このあとからは、続きの話になります。
そのため、ここで話を終わらせてもよし。
続きの話まで入れて、朗読だったり、読むのもあり。
よみきるタイミングはおまかせします。


     いつのまにか

サガリバナを見にいったあの日から数日後、私は彼にハンカチを返した。でも、気づけばそのあとも、私達はたびたび会うようになった。特別な理由はない。強いて挙げるとするのなら、ただただ趣味があって、二人でいる時の空気感が良かったからだろう。
ある時は、映画を見に行った。
でも彼の隣で見る映画は少し落ち着かなかった。
でも、隣で一喜一憂している彼の姿はとても可愛かった。本人に言ってしまえば、怒られてしまうかもしれないが。
ある時は、二人でのんびり本屋を見て回った。
二人で好きな本について語りながら、お互いにオススメの本を薦め合う時間が心地よかった。
その後に二人でカフェに行って、その本を読む時間も穏やかな気持ちになって好きだった。
 彼と過ごすほど、あの時空いた大きな穴は少しずつ小さくなっていった。代わりになにか新しい種が芽吹いていくのを感じた。あの時の傷が少しずついえていく。
彼と会えば、会うほど胸が温たくなる。
彼のことをもっと知りたくなる。
いつのまにか、当たり前に彼と一緒に過ごすようになった。
少しずつ私の中から昔の好きだった人が消えて、それ以上に大切な想いが生まれた。
彼の、東條さんの笑顔を見ていたい。
ずっと隣にいたい。
辛い時も嬉しい時も、東條さんに会いたくなった。
 いつのまにか東條さんのことが好きになっていた。
それに気づいたあとの私の行動は、はやかった。すぐに東條さんとの予定を決めた。
すぐに東條さんとの予定を決めた。
「東條さん。私、東條さんのことが好きです。私と付き合ってください。」
胸がバクバクしながらもなんとか東條 さんをみて呟く。東條さんは私の告白を聞くと飲んでいた紅茶を吹き出しかけた。なんとか紅茶を飲み込んだあと、東條さんは言った。
「俺が先にいいたかったな。俺も沙羅が好きです。これからもずっと一緒にいてください。」
初めての名前呼びに驚く。彼は私に甘く微笑んだ。それからは、あの辛かった日が嘘のように穏やかで幸せな時間が過ぎていった。

――数ヶ月後――

「沙羅」
隣の彼がそっと私の手を握る。そこから感じる温もりに安心しながら、私もその手を握り返す。
「どうかしたの?尚?」
彼は私の顔をしっかり見据えて私の手をさっきとは違い、両手で包みこんだ。
「あの日、沙羅に出会えて良かった。」
「突然だなぁ。私も出会えて良かった。あんなに辛かったのが、今じゃ嘘みたい。私、今すごく幸せ。」
「俺も、沙羅のおかげで幸せ。
好きだよ、沙羅。ずっと大切にする。愛してる。」
真剣な眼差しに目が離せなくなる。
「私も愛してる。ずっと大切にするよ?」
私がそういうと、彼は首を振った。
「そういうことじゃない。沙羅、俺と結婚してほしい。」
「よろしくお願いします。」
私が間髪入れずにそう答える。頬を赤らめながら微笑む。目の前の彼の目が溢れんばかりに見開く。その切那、彼の大きな腕に引き寄せられる。そして、少し体を離した後、彼の顔が私に近づく。
そして次の瞬間、二人の距離がなくなった。目を合わせて、どちらともなく笑う。
「初めてじゃないのに、なんか照れくさい。」
「そうだな。なぁ沙羅」.
「ん?」
「あの時見た花の花言葉、知ってる?」
「知らない。」
私がそう答えると、彼は幸せを煮詰めたような顔をして、私に教えてくれた。
「幸福が訪れる」
その瞬間、私の脳裏によぎったのは、あの日見た美しい花と甘いバニラの香りだった。


その他


サガリバナ
花言葉 「幸福が訪れる」


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