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おまじない 2

水色のランドセルを背負った私は可愛いいらしい。黄色の丸い防犯ブザーが歩くたびに揺れて、白線からはみ出ないように歩いていると近所のおばちゃんが話しかけてくる。
「あら、今日も可愛いね。いってらっしゃい」
杖がかつかつ。叔母車がころころと音がなる。
道に落ちている蜜柑は丸い。信号機も丸いし、車のタイヤや自転車も、それに乗っている奥さんも丸い。
待ち合わせ場所のちーちゃん家に着くと、ちーちゃんのお母さんがまず出てくる。
「おはよう。ちょっと待っててね、すぐちひろ呼んでくるから」
玄関脇に置いてある花壇にパンジーが咲いていた。可愛いなって思った。
「ちー、もうありちゃんが来てるよ。早く準備しなさい」
ちーちゃんのお母さんは声がリコーダーみたいに遠くまで響く。喉のどこかに穴が開いているのかな。
「ありちゃん、おはよう」
「おはよう」
「早く靴履いて」
ちーちゃんのお母さんが急かした。
「もう、分かってるってば」
「あんまり急いでいると忘れものするよ」
私はちーちゃんに言った。
「本当にねぇ、ありちゃんは優しいのね。ほら、ちーもありちゃんみたいに早起きしてくれればいいのに」
「うるさい、じゃあいってくるね」
ちーちゃん、また怒ってる。
「はいはい、いってらっしゃい」
「ちーちゃんのお母さん、いってきます」
「ありちゃん、いってらっしゃい。気をつけてね」
ちーちゃんのお母さんは私には優しくて、ちーちゃんにはあんまり優しくない。でも何でか、ちーちゃんに対する愛情がたっぷり伝わってくる。ほら、私の母が父に対してそうみたいに、愛情の裏返しがここでも行われている。
ちーちゃんとは放課後の塾も一緒で、ちーちゃんは算数が得意だ。いつも一緒に歩いてる時に車が通ると、ナンバープレートを見て足し算なり引き算をする。数字が少なかったら掛け算をすることもある。
「ごじゅうななひくじゅうさんは、よんじゅうよん。あ、さんじゅさんひくななはにじゅうろく。ありちゃんあってる?」
私に答えを求められても、ぱっと計算できない。だから適当にうんって言ってる。私は私自身のうんって頷いた数を数えていた。


私はちーちゃんと別れて三年三組の教室へ入った。がやがやと声が毛糸のように絡まる。
男の子たちが戯れあっている。仮面ライダーごっこかな?実際仮面ライダーごっこじゃないにしろ、私には仮面ライダーごっこにしか見えなかった。もちろん、仮面なんて被ってないし、私の醜い鼻のことなんか気にしてもいない。
ランドセルの中の教科書を机の上に全部出した。沢山の本が積まれて、全部を読めるのかどうか不安になった。
「ありちゃん、早く遊ぼう!朝礼なんて無視してさ」
私の手首を掴んだその手は私よりも細くて白くて、振り切ったら壊れそうなほどか細いものだった。
「え、でもさ……」
かりんちゃんが痩けた頬を上げて、にっこりした。
「ありちゃん、昨日ねあたしぶどうのゼリーしか食べなかったんだ」
かりんちゃんの頬について、誰も触れない。こんなにも特徴的で、触れてほしいそうに笑うのに、誰も、私も何故か触れることができない。
かりんちゃんは痩せたほうが可愛いのかな。
仕方なく、遊ぶことにして私たちはシール調の見せ合いっこをした。すみっこぐらしが流行っていて、一面そればっかりだ。
「かりんちゃん、その太ったぺんぎんちょうだい」
緑色のぺんぎんを指さしたら、躊躇しないでかりんちゃんは剥がした。
太ったには気にしないんだ。それともかりんちゃんに直接言ってないからかな。怒ったかりんちゃんをなんだか見たくなった私がいた。
「ねえ、ありちゃん、なんでとかげってこんなにも丸いの?おかしくない?」
そう言って、かりんちゃんが笑う。
遠回しにいじってることに気づいたのかな。かりんちゃんがわざわざいつも見ている青いとかげに対して言葉を発するなんて、馬鹿げていた。
私への反発?もうこれ以上、私の体に触れてこないでと警告しているのかな。その真意は分からなかった。
なんだか全身が汗まみれになった。早く朝礼のベルがなってほしいなって心から祈った。
「ねえねえ、休み時間になったらさ、一緒にトイレ行こう」
かりんちゃんが言った。
そしてベルが鳴ったから、私たちは席に着いた。

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