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人によって生産性が違うの明らかなのになぜ「人月」が使われ続けるのか

日本のIT産業構造の根幹ともいえる「人月」という単位。生産性が人によって異なるのは明らかなのに、なぜ人月がいまだに使われているのか。この謎について、自分の中でいったん答えが出たのでシェアします。

知識集約型産業と人月

IT業界をはじめとする知的集約型産業では、人によって生産性が大きく異なります。優秀なエンジニアは一般的なエンジニアの300倍の価値があるとか、1万倍の価値があるとか言われています。

しかしながら、IT業界では「人月」つまり、あるタスクやプロジェクトにかかるコストを見積もる際に、人月 = 1人が1ヶ月でこなせる仕事量という単位が使われます。これは、次の2つの前提を置ことになりますが、間違っていることは明らかでしょう。
① ある仕事にかかるコストは人×月によって絶対的、客観的に表すことができる
② どんな従業員でも1人が1カ月働けば1人月、n人がmヶ月働けばn×m人月の作業をこなせる

人月の本音

では、人月という単位を使って見積もりを出すプロジェクトマネージャーたちは、本気で誰がやっても同じだと思っているのでしょうか?そんなはずはありません。

例えば、20人月と見積もったプロジェクトを5ヶ月でやろうと思った時、人月を信じるならば、1ヶ月で1人月の成果を出すメンバを4人入れればよいことになります。(下図の左側)

しかし、現実(本音)はそうではありません。Cさんは新人で戦力にならないどころか教育コストがかかり、Dさんは能力不足(あくまでその環境においてという意味で)で0.4人分の成果しか出せないだろうと想定されれば、それを埋めるために2人分働くエースAさんと、1.5人分働く優秀なBさんとプロジェクトに入れないといけません。そんなことを考えているマネージャの頭の中は上図右側のようになっています。

つまり実態は、一部の優秀な従業員が他の従業員の何倍もの価値を出し、同時に新人や能力不足の従業員の穴を埋めることで何とか成り立っています。

なぜ人月が使われるか

では、なぜ誰も皆が同じ生産性だとは信じていないのに、人月が使われるのでしょうか。

人月がないと新人や能力不足の社員が売れなくなる

人月商売の主要プレイヤーであるSIerやITコンサルは、クライアントからお金をもらう対価として、専門性やサービス・価値を提供します。そのため、「新人だから」や「能力不足だから」は通用せず、対価に見合った価値を提供できることが、建前上は前提となります。

そこで、仮に人月を廃止し、社員一人一人が提供できる専門性・価値を値付けし、適正な価格で売るとします。すると、当然ですがまだできることが少ない新人や、成果を出すことができない能力不足(あくまでその環境においてという意味で)の社員は売れ残ってしまいます

そこで、人月という装置が使われます。実際にはAさん・BさんがCさん・Dさんをカバーしながら、結果的に5ヶ月で20人月分の仕事をしていたとしても、見かけ上は1ヶ月に1人月の仕事をする人が4人いて、5ヶ月で20人月のサービス・価値を提供したことにできます。このように、人月を使い気づかれないように優秀な社員と新人・能力不足の社員をセット売りし、成果を全体で分配することで、新人・能力不足の社員も十分な専門性を持ち価値を提供できる一人前の労働力として売ることができます

雇用慣行が背景

初めから専門性・能力のある人だけを採用し、能力不足の社員がいる場合は解雇すれば、こんな回りくどいことをする必要はありません。しかし、日本の雇用慣行上これは難しいです。

新人問題
専門性を提供するような職種には、学校等で既に専門性を身に着けている新卒を雇うか、既に専門性を身に着けている人を中途で雇えばよいのですが、まだまだ人材流動性の低い日本では中途よりも新卒一括採用で優秀な学生を囲い込む方がコストが低いですし、ジョブ型雇用が一般的ではない日本では学校で即戦力になるような専門性を身に着けることは難しく、入社後に育てることが前提になっています。

能力不足の社員問題
労働契約法上能力不足・無能を理由に簡単に解雇することはできないため、簡単には解決できません。

おわりに

今回はITベンダと事業会社、という日本のIT産業構造を前提としたとき、なぜ明らかに間違っている人月が使われるのかを考えましたが、その方向性で考えると、雇用慣行や法律といった根深い問題に行きついてしまうような気がします。

一方で、事業会社による「内製化」の動きなどが進み、ITの主役が事業会社側に移り、ITベンダ(SIerやコンサル)に高い専門性を有する人たちが実際に集まった産業構造(DXレポート2.1の世界)が実現できた際には、ITベンダは人月という単位を使わなくなるのではないか、と考えます。

以上です。

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