「井原高校2011インターハイ」~2011/8公開記事(新体操研究所)
「絶対無二」
インターハイが終了して、20日が過ぎた。
この間、多くの人とインターハイの話をしたが、今年は、井原の優勝に異論のある人にまだ出会っていない。誰もが「今年は井原でしたね」と認めている。
どうしても採点で遺恨を残すことの多い採点競技において、これはなかなか珍しいことだ。それだけ、井原の演技が圧倒的だったということでもあり、公正な採点がされたということでもある。
公式DVDは当分手元に届きそうもないが、会場にいた保護者の方が撮影されたDVDを譲ってもらうことができた(女子側観客席からの映像だが)。おかげで、私は、このところ、毎朝、井原の演技で目を覚まし、鹿実の演技で元気をもらっている。
なので、このDVDで、今年の井原高校の演技のいったいどこがそんなにも人々の心を動かしたのか? 検証してみた。
まだ、演技を見るチャンスのない方には、このレポートで、少しでもその演技のすばらしさが伝われば幸いだ。
2011年の井原高校の団体演技は、まず、5人がフロア前方向かって右側にひとかたまりになり、1人だけが左側にはずれて横になっているポーズから始まる。
まず、このポーズからの初動がすばらしい。
足のポジションはほとんど動かないまま、上体だけを大きく動かすのだが、ここでもう会場の空気が変わる。
そして、すぐに、5人の中の1人を4人で抱え上げ、高い位置でくるりと回す。
回り終えた選手が次に左方向に飛び出すのを、4人がしっかり受け止める。
その直後に、スタートから離れた位置にいた1人の選手がロンダート+宙返りで飛び込んでくるのを4人で高く持ち上げ、上でえびぞりの形を作って、会場を沸かせるが、そのとき、もう1人の選手が土台になっている選手達の間から前に上体を出し、腕を大きく動かす。この下から浮かび出てくるような選手の動きが、まさに「空気をつかむ」ようで効いている。
演技開始から、ここまでたて続けに高さとスピードのある組みが3つ続いて、観客の度肝をぬいているところに、この動き。この彼の動きで、完全に観客の心はわしづかみにされる。
しかも、さらにたたみかけるように、上でえびぞりになっていた選手が開脚倒立の形になり、その上を別の選手が前方宙返りで飛び越す、井原の中でもっとも高さのある組みを繰り出す。
ここまでを見れば、まるでこのチームは「軽業師か?」とも「アクロバティックな演技が得意なのか?」とも思える。
しかし、このとびこしが終わると同時に、フロア前方右側では、3人が、観客側に訴えるように腕を伸ばしている。その鋭い視線は、何かに挑むようだ。つまり。彼らにとっては、「ここからが本番!」彼らの表情がそう告げている。とびこしに気をとられていると、このときの3人の動きや表情は見落としてしまいそうだが、この部分は、演技スタートからの「アクロバティックパート」の終幕であると同時に、次のパートの始まりなのだ。
果たして次のパートでは、なにを見せてくれるのか?
井原の真骨頂である、どこまでも美しく柔らかい動きと徒手だ。
深く美しい胸後反から、体の片側を伸ばした柔らかいポーズ、腕を水平に伸ばして空間を広く感じさせるポーズ、と続いたあとに、この作品最大の見せ場の一つである「パンシェバランス」に入る。
男子新体操のバランスは、バレエでいうところのアラベスクが普通だ。数年前までは90度上がれば上出来だったが、このところどこのチームも非常に脚が高く上がるようになってきている。上体は起こし気味で脚を高くあげるので、横から見ると「Y」字に見えるバランスが昨今は多く、「T」字では見劣りがしてしまうようになってきた。
ところが、井原は、その先に突き進んだ。
女子の新体操やバレエではおなじみの「パンシェ」で6人止まって見せたのだ。パンシェだと、脚はほぼ真上まで上がる。軸脚との開きはほぼ180度。その分、上体は前に大きく傾けるが、胸と頭は下げない。このバランスで止まるのは、女子でも難儀する選手が多い。それを男子がやる。しかも6人そろってだ。
じつは、インターハイでの演技では、このバランスで惜しいふらつきがあった。上げた脚が揺れ、おちるか? と思われたがなんとかもちこたえた。ほかの部分で目立ったミスがなかったうえに、ここは見せ場だっただけに惜しかったが、それでも、やろうとしていることをしっかり見せることはできた。
現に、このとき、会場からはため息のようなどよめきが起きた。
おそらくこれは、男子新体操のエポックメイキングな瞬間だった。
その場に居合わせた人々は、肌でそう感じたに違いない。
パンシェのあとは、美しい立ち姿でのポーズ、さらに、腕を大きく前から何かを拓くように広げると、おもむろに、羽ばたくように両腕を回しながら、小さい跳躍をしつつ、フロア後方へ移動。その場でもう一度、小さく両足で跳躍。「小さい跳躍」を偏愛する私にとっては、とてもおいしいこの部分を経て、いよいよ最初のタンブリングに入る。
インターハイ直前に井原高校の練習を見たときに、井原のOBでもある大舌俊平氏(国士舘大学卒)が立ち会っていたので、今回のチームについて聞いてみた。そのとき大舌氏は、「いいチームだし、いい構成だけど、タンブリングはあまり強くないかも」と評していた。
その日の練習ではタンブリングまで入れた全通しはしなかったため、「これでタンブリングを入れたときにどうなるか」と、言われていたのだ。
その問題のタンブリングは、フロア後方から3人+1人という変則的な形で4人がスタートする。フロアを斜めに突っ切る4人のタンブリングは、十分に迫力もあり、そろってもいたが、「ものすごく強い」とか「すごくスピードがある」かと言えば、そうでもないかもしれない。そんな印象だった。ところが、この4人に遅れてスタートした残りの2人のタンブリングがおそろしく速くかつそろっているのだ。しかも、ロンダートのあとの3バックに手支持なしの転回も入っていて、凄味がある。
たしかに高さや強さはそれほどないかもしれないのが、このスピードとキレのある2人のタンブリングによって、「タンブリングもすごい!」という印象が植え付けられる。
会場もこのタンブリングの締めで沸きに沸いていた。DVDでも確認できる「すごーい!」という声も入っている。
そして、このタンブリングのあと、6人が輪になり、天に向かって手を伸ばすのだが、ここがなんとも力強い。祈るような、誓うような、そんな手の動きに、心がぐっとつかまれる。
胸を前に出すような美しい立ち姿で一瞬の静寂を描いたあと、小さな跳躍で移動して、上挙をしっかり見せたあとに、正面を向いて見得を切るような視線を投げかけてから、振り向くような動きから鹿倒立に入る。
そして、この鹿倒立が、あまりにも美しく、動かない。
6人がそろって両脚を伸ばした瞬間に、「ほお~~~」という感嘆の声があがる。そんな鹿倒立だった。
この鹿倒立でも、長田監督の言う「質の高さ」は十分にわかる。
しかし、そこでまだ終わりではない。
素早い隊形変化で上下肢運動に入るが、この上下肢運動こそ、井原ならではの美しさが存分に発揮されるのだ。高くかかとを上げ、そこから一気にプリエ。そして再び膝を伸ばすと完璧な上挙でもう一度かかとをぐうっと持ち上げる。あまりにも美しい上下肢運動に、見とれていると次の瞬間、2拍で張りつめたような上挙から脱力。この動きのコントラストがすごい。
美しすぎる上下肢運動でくうっと締め付けられた見ている側の胸も、脱力の瞬間にふっと呼吸をしたような、そんな感じがした。
ここで、曲が変調し、それまでよりもひときわ強めになる。
何かに挑んでいくような、そんな曲調でこのチームが最初に見せるのは、タンブリングではなく、「斜前屈」「体回旋」そして、長めの「上挙」だ。いわゆる基本徒手。タンブリングに比べれば、どうしても地味に見えてしまうはずの、この基本徒手を、このもっとも音楽が強くなる部分にもってきたところに、井原の徒手に対するこだわりと自信が見える。
そして、このあとが第2タンブリングになる。
3人ずつに分かれての、3バック。
フロア前方で向かって右から左に3人が3バック+スワン+切り返しで伏臥を行うが、これが少しずつずれた位置からのスタートになっており、3人が重なることなく正面からよく見える。同時に、フロア後方の左奥からスタートする残りの3人のうちの2人は3バック+ひねり前転。そしてもう1人はなんと、5連続バック転のあとにひねり前転を行うのだ。フロアを横切る最初の3人の3バック+スワンの形の美しさ、そろい方を見せつけられたあと、仕上げのこの5バックは効く。「井原はタンブリングはあまり強くない」なんてまったく思えなくなる。そして、音楽はここでぐっと静かになり、井原最大の武器・柔軟性の見せ場になる。
第2タンブリングの興奮冷めやらぬうちに、男子では珍しいローリングを2人の選手が行う。初めて井原の演技をを見た人なら、ここで「ずい分、柔らかい子がいるんだな」と思うだろう。この2人だけがとくべつ柔軟性があるんだろうと。しかし、その直後に、6人そろっての後方ブリッジでまた度肝を抜く。さらに、2人は前方ブリッジも披露してしまう。
「2人だけじゃなく、みんな柔らかいんだ」と、しっかり印象づけた後に、6人そろっての左右開脚で、完璧にお腹をフロアにつけて見せる。今の男子新体操では、6人全員がお腹をつけられることは珍しくなくなったが、井原の場合は、背中も丸まらず完璧におへそのあたりからフロアについている。この柔軟性は、男子としては極限に近い。どれほどの時間をかけて彼らがこの体を作ってきたのか、と思うと気が遠くなる。そして、感動せずにはいられない。
完璧な柔軟のあとには、美しい座の姿勢を見せ、飛び込み前転で移動してながら、フロアの3隅に分かれる。タンブリングの見せ場である交差に入るのだ。
「いよいよラスト近い」・・・観客の興奮と感動も最高潮になったそのとき、その感動を見透かすように、ここで再び曲調が変わる。私は、ここからラストに向けての曲がとても好きで、ふとしたときに耳の奥で流れてくることがあるほどだ。
なんというか、1つのドラマの終幕近くで、もう涙がこぼれそうになっているところで、挿入される回想シーン、そんな雰囲気の曲なのだ。
終幕での回想シーンは、鉄板だ。泣きそうになっている観客は、回想シーンが始まった瞬間に100%落涙する。私にとって、井原のこの終盤の曲は、そういう効果がある。
ここまでの演技で、もう十分感動しているし、すごさもわかっているのだ。だけど、さらに、それを確固たるものにするのが、ここからのパート。そんな風に感じる。
井原の交差は、フロア右奥からスタートする2人と、フロア左手前からスタートする2人が、てんでに違うタンブリングを見せる。ロンダートからのひねりだったり、スワン+切り返しなど。4人それぞれが違っている。
それでいて絶妙のタイミングで、危なげなく交差する。
そして、フロア左奥からスタートする最後の2人を迎える。先にスタートした選手は3バック+スワン。そして、最後は1年生の小川が、3バック+腕支持なしバック転+バック転さらに、伸身でのひねり宙返りで、先にスタートした選手の上を飛び越し、前転で締める。
そして、この小川のすさまじいタンブリングが終わりきらないうちに、1人の選手がフロア左端からロンダート+ひねり宙返りをスタートしているのだ。交差の終末から、たたみかけるように次のタンブリングが始まり、そして伏臥で着地した選手を、仲間たちが持ち上げ、彼を空中でくるりと回転させる。それも美しい鹿脚での転回だ。演技冒頭に「これでもか」と見せつけられた井原の組みのすごさが、ここで見る人の心に蘇る。
「井原の演技は、どこよりも美しく、柔らかく、それでいて、タンブリングはスピード感にあふれていた」誰もがそう思っているこの場面での、この組みは、「ああそうだ。組みもすごかった!」とあの冒頭の演技を思いださせる効果がある。
組みを終えてから、すこし動きを入れながら、ラストの立ち位置に5人が立つ。そして、そこから演技終了までの10秒あまり、彼らの足はほぼ動かない。ポジションをとったあとには、思い切り体を低い位置におとし、そこから背中を丸めながらゆっくりと起き上がる。起き上ったところで、力の限りをふりしぼるように、上体を大きく左右に2回振る。ここはもっと多く上体を振っていたように感じていたのだが、じつは2回しか振っていないのだ。たった2回なのに、何度も何度も強く振っていたような印象が残るほどに、この上体の動きは深く大きかった。
だから、おそらくこの最後の10秒で、観客の気持ちは完全に彼らに飲み込まれてしまったのだ。
ライバルチームだろうが、なんだろうが、「すごいものを見た!」と、そこにいた誰もが感動して、興奮した。そんな至福のときを、井原高校の演技は与えてくれた。
ラストポーズでは1人の選手が上に掲げられている。この選手は、ほかの5人が大きく上体を振っている最後の見せ場のとき、その後方でフロアを移動している。それも、女子ではよく見る後バランスの形でフロアを転がりながら、最後に持ち上げられるための移動をするのだが、男子でこれができるのはものすごいことだ。しかし、それがほとんどの人には気づかれないような場面で使われている贅沢さ、こだわりが、今年の井原の強さを、物語っているようだ。
パンシェバランスひとつ、上下肢運動ひとつとっても、簡単には真似のできない「珠玉の逸品」なのだ。それがなんと惜しげもなく、この作品には散りばめられていることか。
じっくりとDVDを見直して気づいたことがある。井原の十八番だと思っていた「もぐり回転」がこの作品には入っていない。さらに言えば、美しい体の線や動きを生かしたダンサブルな動きもあまり入っていない。井原の演技には、あふれるほどの井原らしさもオリジナリティーもあるのだが、やっている内容をあげていてば、極めてシンプルな、ある意味「昔からある男子新体操」のようにも思う。
奇をてらうのではなく、ことさらに新しいものを追うのでもなく、ただひたすらに「男子新体操」を極めていく、より高みを目指してきた、それが、「誰にも真似できない井原の新体操」に結実しているのではないか。
これは、簡単なことではない。
促成栽培でできることでもない。
時間をかけて、手間をかけて丹念に育てられたチームならではの輝きが、たしかにそこにあった。
だから、誰もが言う。
「今年は、井原だった」
<「新体操研究所」Back Number> 2011.8.22公開
【追記2023/4/24】
井原高校が揺れています。
練習場所がないというなんとも切ない状況。とりあえずは1年間の猶予はできたようですが、その先は不透明です。こんなことが起きるくらいならなんらかの手段を講じて別の場所に恒常的な練習場所を確保する、というのもひとつの考えかとは思いますが、井原のあの武道場、体育館にはやはり特別な思い入れがある人も多いでしょうから、なんとか現状維持できる道が拓けるようにと祈るばかりです。
2011年インターハイ優勝のときの記事を振り返ってみたら、あのときの感動がまざまざと蘇ってきました。
もちろん、井原高校および井原(今や倉敷も)の新体操が継続できることを切望はしています。が、世の中がどんなに変わっても、「このときの井原はすごかったな~」という記憶だけは残るんだよな、ということも感じました。それほどの記憶を残せたこと、それ自体が本当に凄いことだと。
だからこそ、この先もずっと「井原の新体操」が見られますように。そのためになにか協力できることがあればぜひしたいと思っています。
※2011春、初めて井原高校に取材に行ったときの記事はこちら。あの武道場がどんなに部員たちに親しまれていたかもわかります。
20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。