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2011井原高校<春>


井原鉄道に揺られて

さて、井原高校である。
「高校選抜前に取材に行きたい」と申し出たところ、「うちは団体は出ませんよ」と言われたのだが、そんなことは関係ない!
せっかく西日本を旅するんだもの。行かない手はないでしょ、井原!

それに、団体は出場しなくても、個人で選抜出場(予定だった)の選手がちゃんといるんだから。
誰がなんと言っても行くから、井原! 待ってろよ~!

と意気込む私に、岡山放送のUさんから助言が。
「ぜひ井原鉄道で行ってください。」
とのこと。じゃあ、乗ってみようじゃないの、その井原鉄道とやらに。


 で、乗ってみたところ。
 なんと1両編成!(1両の場合は「編成」とは言わないか・・・)
 
 おおーーー! なんとまあローカルな。
 でも、じつはそんなに驚かない。数日後には帰ることになっている私の実家(熊本県人吉市)では、1両の電車は珍しくないのだ。でも、東京住みの私という視点で見れば、これはかなり貴重だ!
 清音から井原までこの井原鉄道で移動したが、なんと! 途中で雪が降ってきた。そして、やっとたどりついた井原駅でも雪~!!! 期待していた駅内の食堂的な店も閉まってる・・・。駅舎はとてもおしゃれなんだけど、中が・・・さびしい。

 がらんとした駅舎で、ipadくんに遊んでもらうこと1時間。岡山放送のUさんが車で迎えに来てくれた。男子新体操、いや正確には井原の男子新体操かな? が大好きなUさんは、今回案内役をかってでてくださったのだ。
 「すこし時間がありますから、井原高校の周辺をドライブしましょう」とUさん。井原高校は井原駅からほどほどの距離のところにあったが、そのあと、さらに奥へ奥へと車を走らせる。10分も走ると、かなりの田舎・・・。少子化の進む日本のこんな小さな町に、どうやって男子新体操の種をまき、育ててきたのか? 不思議をとおりこして、「奇跡」なんじゃないかと思えてくる。Uさんが私を連れまわしたのは、きっとこの周辺環境を見せたかったのだろう。「この町で男子新体操が盛んになったことのすごさ」を知らせたかったのだろう。

 そして、いよいよ。 井原高校についた。

ついに「井原高校」へ!

 校舎のすぐ後ろにうっそうとした山がそびえている。
 いわゆる公立高校らしい、ちょっと古びた建物。
 ここが、あの「井原高校」なのだ。

 正門から奥へ奥へと入っていくと、体育館があった。
 新体操専用の体育館だ。ここで、大舌兄弟や谷本竜也などが育ったのか、と思うと感無量だ。
 体育館に入ると、下駄箱の上には、優勝カップや賞状が所せましとひしきめきあっている。その1つ1つが、精研高校に始まり、井原高校に引き継がれてきた栄光の歴史なのだ。

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 体育館の中には、フロアマットが敷かれていて、その手前にもかなりゆったりとしたスペースがある。天井も高いほうだ。そして、とても広々とした鏡もある。これは、男子新体操の練習環境としてはかなり恵まれていると言えるだろう。
 しかし、いざ中に入ってみると、この体育館は「体育館」というより「武道場」というイメージだ。それもそのはず、本来は「武道場」として建設されたものらしいが、実質は「男子新体操専用体育館」として使われているのだとか。

和やかなウォーミングアップに拍子抜け

 午後5時。全員で長田監督に挨拶をして練習開始だ。まずは、外を走る。そして、基礎トレーニングに入るのだが、これがちょっとおもしろかった。
 いやトレーニング自体は、とくに変わったものではないと思う。たとえば、床に伏臥して腕の力だけで、前進する。これは、腕の力をつけるためのトレーニングだそうだが、井原ではこれをチーム分けしてレースにしてやる。そして、それがなんだか妙に盛り上がるのだ。
 「あー、あー、がんばれっ!」「ぎゃー、抜かれる抜かれる、もっと速く!」・・・運動会かクラスマッチか? な盛り上がりで、応援する声も枯れてきている。これ、トレーニングだよね? と問い正したくなるほどに楽しそうだ。


 そう。練習開始からまだ1時間もたっていない時点で、私が感じたのは、「なんか楽しそうだな」ということだった。正直、男子新体操の強豪校の練習としてはやや拍子抜けというか、そう思うくらいにほのぼのした、じつに楽しそ~な練習っぷりなのだ。

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 しかし。鏡の前でアイソレーションを始めると彼らは別人のようにぴりっとする。さっきまでのはしゃぎっぷりが嘘のように、自分の体の動きを鏡でしっかりチェックしながら、真剣そのものだ。
 そんな彼らの練習を、長田監督は、じっと見ている。ときにアドバイスもしているが、大きな声を出すこともない。ましてや怒鳴ったりもしない。しかし、とにかくずっと見ている。
 練習を見ているのが好きな監督なんじゃないか、とその姿を見ていて思った。新体操を見るのが好きで、練習を見るのが好きなのだ。だから、見ていて気持ちのいい体操ができる子どもを、彼は育ててきたのではないか。そう思った。

表現力トレーニング ⇒ ストレッチに見た強さの根源

 アイソレーションのあと、彼らが始めたのは・・・。
 「表現力のトレーニング」と長田監督は言っていたが、なんと、BLUE TOKYOの作品の振り真似。あの黒い衣装で踊る、かっこいい作品だ。あれを、高校生の彼らが踊るのだ。
 これが・・・。
 うまい。じつにうまい。
 本物のBLUE TOKYOを何回も見ている私が言うのだから、間違いない。かなり、なりきれている! これは、かなりの収穫だった。

 ここまでがいわばウォーミングアップ。
 続いておもむろに、ストレッチに入るが、このストレッチもかなり特徴的だった。
 おそらく男子としては「相当ガチ」なストレッチだ。今、ここにいる選手たちはすでに、かなりの柔軟性を身につけているから、そこまでつらそうに見えないが、ここまでになるには、かなりの労力と時間をかけているだろう。
 バットマン(脚上げ)も、膝入れも、女子のトレーニングにまったくひけをとらない。男子が女子ほどには柔らかくないのは仕方がない、とはだれも思っていないのがわかる。彼らは、小さいころから努力して努力して、男子選手としては画期的な柔軟性を手に入れた。その結果、ラインの美しさ、動きの美しさでは、頭ひとつ抜けた存在になっていきそうだ。今年の選抜大会は、部員が6名に満たず団体での出場はできなかったが、春には新入生が入る。井原高校の歴史の中でも初めてというレギュラー争いができるだけの人数にやっとなるのだ。
 ここから数年、井原高校は強い。
 去年も一昨年もジャパンの会場で一番人気だった「井原ジュニア」のメンバー達がそろって高校生になるのだ。強くならないはずがない。
 まずは、夏のインターハイ。
 そして、来年の高校選抜。
 (できれば5月の団体選手権にも出てきてほしい~)
 
 おそらく「井原旋風」が起きるだろう。
 いや「おそらく」ではない。「間違いなく」だ。

井原の未来を担う小学生たち

 この日、井原の強さの源を私は見ることができた。7時にやってきてマットで練習を始めた小学生たちだ。彼らはまだ選手として本格的な練習をしているわけではない。「楽しく体操」という段階のようだった。
 それでも。
 井原高校のOBが指導にあたり、前転からていねいに教えている。ただのでんぐり返りではなく、「美しい前転」だ。ただ回るのではなく、つま先やひざをのばすことも意識させる。

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 彼らにとっては、この体操教室は遊びの一環でしかないかもしれない。親も軽い気持ちで通わせているだけかもしれない。それでも、こんな風に、一生懸命に指導者の話を聞く子がうまくならないわけはない。この小学生たちも、「美しく動けるようになること」の気持ちよさに気づき始めているように私には見えた。
 こうして、「もっともっと」新体操にはまっていく子が増えていくのだろう。決して怖くて厳しい雰囲気ではなく、じつに楽しそうに小学生は練習していた。彼らは間違いなく、「新体操が好き」だ。だから、怒られなくても一生懸命練習する。ときにはふざけたりもするが、練習は別だ。もっとうまくなりたいから、練習には一生懸命になる。
 今の井原高校の選手たちも、きっとこんな小学生だったのではないか。そして、彼らはきっとこんな雰囲気の中で、ずっと育ってきたのだ。仲間と共に。新体操と共に。

 荒川栄氏をして「天才」と言わしめる男・長田京大。しかし、その実態は、選手たちのことを「あっくん」「こうちゃん」と呼ぶ、あまりにも親しみやすい監督だ。
 彼の指導は高圧的ではない。いつも、「意見」や「感想」を言う。選手たちと共に演技を作り上げている感じがする。偉大な指導者には違いないのだが、決して「尊大」ではない。
 この長田のパーソナリティーがあったからこそ、井原という小さな町に、男子新体操を根付かせることができたのかもしれない。

 井原高校、そして、長田京大。
 まだまだ奥が深そうだ。

すでに完成近し! の団体作品に唸る

 井原高校は、団体では高校選抜に出場できなかった。そのため、私が練習を見学した3月16日も、インターハイに向けた団体作品の練習をしていた。この時点では、「団体で選抜に出られない」ということに対しての残念な思いも少々あったかもしれない。
 しかし、この2日後には、高校選抜大会自体の開催が中止された。それでも、すでにインターハイに向けての練習に入っていた井原の団体にとってはその中止はなんのダメージにもならなかったはずだ。ある意味、彼らには「ツキ」もある。そんな展開になってきた。

 選抜大会を視野に入れずに練習してきただけあって、井原高校は今年の作品がすでに完成していた。選抜がないので、新1年生も入れた新チームでの練習もかなり積んでいた。細かい部分の修正はまだまだ加えるのだろうが、ほぼ完成形は見えている。インターハイまではあと4ヵ月。十分な時間がある。
 そして、ここ数年、すでに全日本ジュニアで披露してきた、あの選手たちの美しい動き、柔軟性・・・。よいメンバーでよい準備ができている井原高校に、期待するなというほうが無理だ。

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 井原高校の演技を見ていると、なんでもないところで「ハッ」とする。特別な技をやっているわけではない。むしろベーシックな動きなのだが、呼吸が独特というか。静止と動きの切り替えが独特というか。不思議な美しさがあるのだ。そして、その不思議な美しさが、見る人の心をつかむ。
 井原には、ジュニアから新体操をやっている子が多い。つまり15歳にして、すでにキャリア10年近くという子も多いのだから、うまいのは当然、とも言えるかもしれない。ただ、どんな子でも、どんな環境でも10年やればこうなるかというと、決してそんなことはない。やはりよい畑でこそよい野菜は育つのだ、と思う。
 いや、それ以前に、遊びたい盛りの男の子に10年新体操を続けさせていること! それがすごいのだ。なぜ、井原の子たちは、新体操を続けてこれたのだろう。強豪として名前が通った現在はまだしも、先の見通しなどまったくなかった立ち上げ時期に入った子たちは、どうして続けてこれたのだろうか?


 ある保護者の方に話を聞くことができた。その方は、「やはり先生の熱意が大きい。この方ならと思える先生だったから」と答えられた。そうなんだろうと思う。
 「この先生なら任せたい」と人に思わせるには、指導力と人間力の2つが必要だと私は思う。指導力はあって、結果を出させることはできるけれど、「人としてどうなの?」という指導者が支持されるのは結果が出ている間だけだ。でも、人間力は違う。たとえ結果には恵まれなくても、この先どうなるかなんてわからなくても、「この先生といっしょにやっていきたい」と子どもと親に思わせることができる人間力のある指導者は、ゼロから立ち上げてもやっていける。その見本がここにいる。
 井原は、岡山国体に向けての強化として新体操に取り組んだ町だ。いわば、「新体操で町おこし」そんな雰囲気だったのではないかと思う。当初は、国体強化での予算もあったと聞く。恵まれたスタートだった部分はたしかにある。
 だけど、同じような条件で、国体が終わればそれまで、という例はいくらでもある。それが、井原は…。岡山国体は2005年だった。それから6年がたっているのに、これからさらなる黄金時代を迎える勢いだ。これは、単なる「国体強化の賜物」ではない。そこに、「人を育てられる指導者がいた」からであり、その指導者を支えられる保護者がいたからだ。

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 長田監督は、もちろん力のある指導者だ。しかし、「俺が俺が」というオーラが驚くほどない。おそらくそこが彼の最大の武器だ。
 現在の井原の強さの理由を長田監督に聞くと、「ジュニアの指導者である井上正の存在」そして、「保護者やOBの協力体制」という答えが返ってくる。とくに長田の1年遅れで井原に来て、主にジュニアの指導に携わっている井上に対する信頼は絶大だ。長田監督は井上のことを 「自分が知りうる限り、最高の指導者」と、絶賛する。技術の指導も人間的な指導も、井上に任せておけば間違いないのだと言う。
 また、井原の地に男子新体操を根付かせるうえで、大きな役割を果たしたのがOB達の存在だという。彼らは、ジュニアたちの練習をよく見てくれる。このOB達がいるから、井原では、小中学生が新体操を続けていける環境を用意できているのだ。
 現在の井原高校が、ここまでのチームに育ってきたのは、小さいころから選手たちを育ててきた井上やOB達の力あってこそ、という感謝の気持ちを、長田監督はしっかり持っている。「井原が強いのは俺のおかげ!」とは決して思っていない。人の力を認めることのできるリーダーこそは、周囲がリーダーと認めるものだ。とてもほんわりしているようで、こういう組織は強い。

 くしくも、他校のある指導者が言っていた。「これからの井原は強い。ジュニアの指導者の井上が、長田の理想とおりの選手をどんどん育ててるから。井原の演技はどこにも真似できない」と。

指導者、保護者、選手が一体となったアットホームな環境

 井原の練習は、いい意味で「雰囲気が緩い」。私はそう感じた。もちろん、だらけているとか、さぼっているとか、そういう意味ではない。練習の内容はきちんとしているし、きついはずだ。そして、ちょっとした空き時間でも、個々の目標に向かって努力しているのもわかる。
 隣で練習している小学生たちも、自分達の練習の合間には、高校生の見事な演技に見入って、真似している。そうして「いつかは自分も」とイメージを高めていくのだろう。こうなってしまえば、放っておいても選手は育つ、に違いない。
 小学生も高校生も、向上心をもって練習しているのは間違いない。なのに、そこに流れている雰囲気は、「緩い」。言葉を選び直すならば、「アットホーム」・・・そういう感じだ。
 小さいころからいっしょにやってきた仲間たちは、ほとんど兄弟のようなものなのだろう。レギュラー争いを繰り広げることになった今でも、彼らはやっぱり仲良しなのだ。


 そして、長田監督。彼は、生徒たちに対してさえ、なんだか腰が低い。誰よりも厳しい目で練習は見ている。注意もたくさんする。しかし、その指導には、「必要以上の厳しさや威厳」がないのだ。分習がおわったあとも、監督の回りにささっと整列。直立不動で監督の話を聞く、という場面をここではほとんど見なかった。
 長田監督は、言いたいことがあれば、自分のほうから選手に寄って行って言う。「今のは、ちょっとおかしいぞ」「ちょっと角度違うな~」など気付いたことは、どんどん自分がそばに寄って行って伝える。練習を見ている場所も一か所ではない。気になるところがよく見えるように、フロアのあちこちに移動して、とにかく見ている。
 そんな監督に、見られる(見てもらう)ことを子ども達が嫌がっていないのだ。むしろ見てもらいたくて、注意してもらいたくて仕方ない。そんな風に見える。だから、私が見た井原の練習では、緩く感じるくらい楽しそうだったのだ。


 以前、私の若い友人が言っていたことを思い出した。彼女は、日本とカナダの両方で新体操をやっていたことがあった。そして、日本とカナダの練習の雰囲気の違いにとても驚いたと言っていた。「カナダでは練習中に怒られることや泣かされることなんてありません。だから、練習に行くのが楽しくて、楽しくて。練習に行けばうまくなれるって本当に思えるから、すごく練習してのびましたよ。」
 彼女から聞いた世界が、ここにはある。彼らは間違いなく、新体操の楽しさを知っている。「勝つ楽しさ」よりももっと大切なものを知っている。
 だから、頑張れるのだ。
 「うらやましい」・・・それが私のもっとも正直な感想だ。

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 ひととおりの練習が終わったあと、またみんなでビデオを見て演技のチェック。そこに私が、ipadを出したところ、選手たちが群がってきた。なんと長田監督まで! すでにiphoneユーザーの長田監督は、ipadにも興味津津。そして、iphoneをかなり欲しがっていたらしい選手とはしきりに、「あっくん、こっちのほうがよくないか?」「そうですね~、画面が大きくていいですよね」と、盛り上がっていた。
 本当に、どこまでも選手との距離感(いや、選手ではなく「人と」なのだろう)が近い監督だ。保護者が、「この人になら預けられる」と感じる気持ちがよくわかる。

 最後には挨拶をして、練習終了。このときは、さすがにみんなぴりっとしているが、保護者の方によると、このあともクールダウンをしたり、おしゃべりをしたりして仲間と過ごす時間が長く、家に帰ってくるのはずっと遅いのだとか。本当に、彼らは、ここで育っているのだ。ここが彼らの第二の家庭なのだ。

 井原という小さな町で、これだけの男子新体操人口がいること。
 そして、そのなかから日本でも有数の選手、チームが育っていること。
 どちらも「奇跡」に近いと思う。
 その奇跡が、この先もずっと続いてくれることを祈らずにはいられない。今はまだこれは稀有なことに感じられるが、いつかはこれが当たり前、になる可能性を感じさせてくれるから。
 井原が、男子新体操界に与えた希望は大きい。
 さらに大きな夢を、彼らの演技で見せてほしい。

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20年近くほぼ持ち出しで新体操の情報発信を続けてきました。サポートいただけたら、きっとそれはすぐに取材費につぎ込みます(笑)。