初恋

プロローグ

【はつ-こい 初恋】 初めて異性への恋の気持ちを起こすこと。

七月三十一日午前八時〇五分
中学二年の夏、僕は部屋で初恋の意味を辞書で引く。
やっぱり、意味分かんないや。そう思い、ふと「はあ、何してんだろ」そう口から漏れた。
カッコつけるために辞書で意味を調べた。誰も見てないのにカッコつける意味ないじゃん。
心の中でツッコむ。
………。
暫し、虚無感に襲われたが気を取りなをして机に置いてあるスマホに手を伸ばす。
スマホを開き、Googoloで「初恋 意味」で検索する。
【その人にとって初めての恋】一番上にはそう出てきた。他には、【生まれて初めての恋】
だった。辞書とあまり差は無いな。まあ、当然か。画面をスクロールすると、【初恋とは】や
【初恋は実らない】などが出てきた。その中でも一際目を引いたのは、Ahooo!知識袋にあった
【初恋ってなんですか?】という質問だ。 そもそも僕がこんな事してるのは、それとなく初恋ではないかと思う出来事があったからである‼︎
ベストアンサーを見てみる。【初恋っていうのは、初めて心から、この人が好きだと感じた状態です。
例えば、その人のことがやたらと気になる、目が合うと顔が赤くなったり、ドキドキしてしまう、
会いたい、話したいという気持ちが疼く。頭の中はその人のことでいっぱい。そのような状態が
「初恋」です。】
うーむ。思い返してみれば目が合うとドキドキしていたし、気になっている。
何よりもずっと考えているし、会いたい、話したい。
これが初恋…?
前にもこんな気持ちになったこと無かったっけ?
うーん、思い出してみよ。
………。
うん、無いな。
でもよく分かんないな。
分かんないけどもし、このサイトの言う通りなら
僕にとっての初恋はあの時だったのか。


第一章
ジリリ…ジリリ…
ピッ もぞもぞ
「んん〜、ふぁ〜…」
朝か、今日も暑いな。
ぐう〜
下から発せられる匂いで腹の虫が鳴く。
少し駆け足気味で一階に降りる。
「おはよー」
「あら、おはよう。今日は早起きなのね。」
「うん。お昼から夏期講習だから。」
「あ!そうだったわね。何時までだっけ?」
「確か、一六時だったかな。母さんは仕事でしょ」
「うん。二十時までだから鍵忘れないでね。」
「はーい。」
「ご飯出来てるから食べちゃいな。お母さんは仕事に行ってきます!」
「わかった。行ってらしゃい。」
テーブルに綺麗に並べられた朝食。
椅子に座り手を合わせる。
「頂きます。」
食事を終え、講習まで時間があるので宿題のやり忘れがないか確認する。
よし、ないな。
どうしよう、暇だ。今は八時四十二分。
講習が始まるのは十時
最低五分前についていればいいから、家を出るのは九時半くらいでいいだろう。
だいぶ時間があるな。そういえば塾の近くにカフェあったな。
そこ行くか。そうと決まれば行動は早い。
身支度を済ませ、家を出る。
ガチャガチャ。よし、鍵は閉めた。
いざ出発!
家からカフェまでは徒歩十分くらいだ。塾も
そのくらいで着く。
カランカラン。思ったよりも混んでいなくて良かった。
でも、朝のこの時間でもそれなりに人いるんだ。
カフェにはスーツを着たサラリーマンらしき人や、アイスラテを
片手にパソコンと向き合う女性の姿がちらほらと見える。
夏休みに入った為か学生の姿もある。
「いらっしゃいませ、お一人様ですね。」
「はい。」
「では、こちらの席へどうぞ。」
「ありがとうございます」
「ご注文お決まり次第お呼び下さい。」
「わかりました。」
窓辺の一人席に着き、メニューを眺める。
何にしようかな。今日は暑いし飲むならアイス一択だな。
コーヒー系かティー系か。ティー系は最近飲んだし(違うお店のだけど)
ならコーヒー系にするか。ブラックか…やめておこう。
大人しくラテにしよう。
よし、決めた。
ピンポーン。呼び出しボタンを押す。
店員さんが駆け足でやってくる。
「ご注文お伺いします。」
「抹茶ラテお願いします。」
「抹茶ラテですね。アイスとホットどちらになさいますか。」
「アイスで」
「かしこまりました。以上でよろしですか。」
「大丈夫です。」
「では、出来上がり次第お持ちしますね。」
「お願いします」
「店長〜、抹茶ラテ一つです〜。」
「了解。あと店長じゃなくてマスターと呼びなさいっていつも言ってるでしょ。」
「はーい」
いや、そこ拘るのかい。どっちでもよくね?
このお店は店員同士の仲がよくて、安心感がある。
居心地いいな。店ちょ、じゃなくてマスターは女性の方で身長が高くてスタイルが良い。
そして美人。このお店はあの人一人で始めたらしい。すごいな。
ドリンクメニューで十数種類あるのにそれだけじゃなくてランチやディナー
などのフードメニューも豊富で、何より、美味しい…。
なんてことを考えてたら、抹茶ラテが届く。
「お待たせしました、抹茶ラテになります。」
「ありがとうございます。」
「では、ごゆっくりどうぞ。」
いい香りだ。
ずず…。うまっ。
口に広がるミルクのほんのりした甘さ。そして抹茶の心地い苦味。
お互いがお互いを活かしていてすごく飽きのこない味だ。
数口飲み、学校から出された課題を広げる。
んー、数学が一番多いのか。じゃ、数学からやるか。
えーと、範囲は、式の計算と連立方程式、一次関数、展開と因数分解か。
要するに代数学ね。あとは幾何学と統計学から図形の調べ方、性質と
証明そして確率か。あ、平方根もある。
量多いな。よし、頑張るか。



ラテの氷もすかり溶け切ってしまった。
かれこれ五十分程もいた。
スマホの時刻は九時四十三分を回っていた。
結構集中してできたな。数学は楽しいのでハイペースで進める事が出来た。
そろそろ店出るか。カウンターまで行き、会計を済ませる。
「お会計一点で五三〇円になります。」
じゃらじゃら、とす。
「丁度ですね。こちらレシートになります。
またのご利用お待ちしております。」
「ありがとうございます。」
お礼をして店を後にする。
塾内に入ると待機している生徒がちらほらいる。
自分の席を探していると、「おはよーさん、葵」
と聞き覚えのあるこの声の主は、友人の晴人だ。「あ、晴人。おはよう」
「宿題やったか?」「うん、やったよ」「物理の十四ページの問五むずくね?俺分かんなくて解いてねーわ」
「あー、あれは比を使えばすぐ解けるよ」「それは分かるんだけどさ、一五〇グラムの時の水の熱量は?」
「それは、一グラムの水を一度上げるのに必要な熱量が四・二ジュールだから
これも比を使って、水一五〇グラムの時に必要な熱量をXって置いて計算すれば求めれるよ」
とノートに解法を書いてやると、わざとらしく大きな声で「おお!サンキュー!やっぱ天才だな、お前。」
と言う。でも晴人はわざとではなく素でこの調子だから周りからかなり愛されている。
所謂、ムードメーカーだ。アホだけど。まあそんな所も憎めないがな。
なんてやりとりをしていると「よーし、みんないるな。それじゃ出席取るぞー」と講師がやってきた。
若めの先生で顔立ちははっきりしている。「佐々木晴人」「はい‼︎」「お、元気だね〜!えーと、次は佐藤葵」
「はい」「よし、次、塩見萌夏」「はぁい」後ろの人か、なんかふにゃっとしてるな。どんな人か気になるが振り返って変に思われても嫌だから
とりあえず、このままでいいや。
「よーし、出席終わり!授業の前に自己紹介します!えー、私の名前は遠藤春彦ですよろしく!
担当科目は理系だからそっち方面の質問は俺によろしく〜」遠藤先生か、理系担当なのかどんな授業するんだろか。ちょっと楽しみ。
「じゃあ、授業始めてくぞー。テキスト開いて、あ、宿題やってきたか〜?」


ピピピ…ピピピ…。授業終了のタイマーが鳴る。「よし、じゃ午前はとりあえずここまで!各自お昼食べていいぞ」
二コマ分の授業が終わり昼食タイムだ。昼休憩は一時間あるため割とゆっくりできる。
「葵〜、飯、食おうぜ!」「ああ、いいよ」晴人が弁当を持って駆け寄ってきた。
相変わらず、大量に食うな。「相変わらず沢山食べるね」と僕が思ったことと一緒の事を言ったのは晴人の彼女である冬美だ。
「おお、冬美。当たり前だろ、たくさん脳みそ使って腹ぺこぺこなんだよ〜」「それはそうと、隣いい?」
「ああ、いいぜ」おいおい、僕のこと忘れてないか?別に一緒に食べるのはいいがせめて聞けよ。なんて考えていると晴人が
「あ、葵、一緒に食べても大丈夫か?」と。やっぱりアホだけどちゃんと聞くんだよな。アホだから忘れかけてただろうけど。
「オッケー、ありがと!友達もいるから呼んでくる〜」と冬美が言い、席を後にする。
数分の後、冬美がもう一人の女友達を連れて戻ってきた。そしてその時僕は、全身に物凄い衝撃が走り視界がある人物だけしか捉えることが出来なかった事を覚えている。恋をした瞬間は稲妻が走った感覚に陥るというセリフや歌詞はあるが、本当にそんなことが起こりうるんだな…。
「お待たせ。こちら塩見萌夏ちゃんです!超可愛いでしょ!」「やめてよ〜」「でこの二人が、佐々木晴人と佐藤葵。話した通り晴人が私の彼氏で葵は彼女いない歴=年齢のガリ勉君です。」「萌夏ちゃんよろしく〜」
みんなの会話がうっすら聞こえるし、なんか悪口言われていた気もするがそんなことに構っている余裕はなかった。
僕は自分でも分かるくらい萌夏さんに釘付けだった。変に思った晴人が「葵?大丈夫か?」と心配してきた。
「あ、ああ、大丈夫。なんでもない。」というと萌夏さんが口を開いたかと思うと「なんかずっと見られてた気がする」ととんでもないことお言い出した。待て待て、それじゃあ僕が変態みたいじゃないか。いや確かに自分でも見過ぎだと思うくらい見ていたが。
にしてもだ、これでは変な誤解が生まれてしまう。弁解しなくては。「え⁉︎み、見てないよ!」嘘だ。無理があるぞ、僕。
「うそだー。目合ったじゃん」あー、確かに、合った気がする。変な言い逃れは返って不審に思われる。ここは素直に「…見てました。」というと晴人が「マジかよ葵。変態かよ!」と揶揄ってきた。うるさい黙れ。ぶっ飛ばすぞ。「なになに〜、一目惚れかあ〜?ア・オ・イ・ク・ン」冬美、お前本当にぶっ飛ばす。
「い、いやそういうんじゃなくて…」「じゃあ、どういうの?」と萌夏さんが聞いてきた。これには僕だけじゃなく、二人も驚いたようで数秒の静寂が訪れた。「え、萌夏それ聞く?」冬美が問う。「え、あ、ダメだった?」いやダメというか、答えづらいです。萌香さん。
「ダメっていうか、素直に一目惚れですっていわれても気まずくない?」「でも、違うって言ってたよ」
「そうだけど、仮に一目惚れしてたとしても否定するでしょ。現に葵、返答に困ってるし」
そりゃ、困るよ。というかなんか僕一目惚れしてること確定で話進みそうな感じしてないか?
「え、ちょっと、僕は一目惚れなんか…」と言いかけたところで晴人が「そんなことより飯食お〜ぜ」「そうね」「そうだね」
よし!よくやった、晴人…そんなことってセリフは気になるが、まあよしとしよう。
ひとまず難を逃れ、弁当を口に運ぶ。気になって、弁当の味がしない。ちらりと萌夏さんを見る。目が大きくぱっちりしていて、ハーフっぽい顔立ちをしている。髪型はオン眉でこの髪型がより顔を際立たせている。正直、ここまでオン眉が似合う人は居ないだろう。それほどまでに彼女の容姿は完璧なのだ。彼女の纏う雰囲気は独特なもので、安易に踏み込むと彼女の世界観に支配されてしまうような気がした。
そんなイメージとは裏腹に口調は出席の時にも思った、ふにゃっとした感じだ。今のところはこんな感じか。
後、結構ズバッと物事を言うタイプのかな。なんて、脳内一人語りしているとまた目が合う。
「なに?」と少し戸惑ったような微笑むような感じで問う。すぅーと引き込まれそうになる。ダメだこれ以上眺めていたら僕は。
「ん、いや、うちの中学に居たかなと思って」視線をずらし、さりげない会話を持ちかける。
萌夏さんが答える前に冬美が「萌夏とはピアノ教室で知り合ったの!」ピアノ教室か。そういえば冬美ピアノやってたな。
「そうだったんだ。そこで仲良くなったんだ」「そうなの!萌夏ピアノのセンスも抜群なんだけどね、歌がすごく上手いんだよ!歌声がめっちゃ綺麗なの!」聴いてみたいな。確かに話し声も聞いていてすごく落ち着く声をしているし、α波?みたいなの出てそう。と勝手に思ってみる。
「確かに、萌夏さんの声綺麗だよね。」と思わず口に出してしまった。萌夏さんも予想していなかったのか「え⁉︎」と少し大きめな声で驚く。その驚いた顔は、大きな瞳をさらに大きくし、頬はほんのり赤らんでいる。ああ、また意識を奪われる。
「そんなにみないでよ」少し恥ずかしそうに萌夏さんが言う。そんな萌夏さんをみて僕も先ほど言ったことに恥ずかしさを覚え、適当なことを行って誤魔化す。「なんか特別な周波数持ってそうだね、例えばほら、α波とか」というと
「α波はヒトをはじめとした動物の脳の波形のことだから、それは違うよ。どちらかといえば葵くんの脳がわたしの声を聞くとα波になってるって言えるんじゃないかな」わお、確かにその通り。α波って人の声の周波数とかと勘違いしている人が多いから、余計な説明はいいかと思い話しをたらまさか、指摘されるとは。「あー、うん、その通りだね。よく知ってるね。α波が出てるって言うのは宣伝文句だしね。オカルト的な説明だから科学的に正しくないね。マイナスイオンみたいなものだね。」と話しすぎってしまった。
「そうだね。でもα波になってるってことはリラックスしてくれてるってことでしょ?それは嬉しいなぁ」
ほっ。良かった。少し専門的な話をしたから引かれたらどしようと思ったけどなんとか大丈夫そうだ。「なに難しい話してんだよ」
と晴人が割って入る。「そんなことよりさ、終わったら隣のカフェ行こーぜ」と続け様に言う。すると冬美が「いいね。じゃ、四人で行こうよ。」と言ったのだ。まさかとは思ったが誘われるとは。というか朝行ったばかりなんだけどな。
萌夏さんの反応はというと「星の砂カフェ?あそこ行ってみたかったの!行きたい!」かわ…じゃなくてすごく行きたいみたいだ。
「葵は来れるか?」「ああ、大丈夫だよ」と答えると晴人が「よし!決まりだな。楽しみだぜ」とおちゃらけた口調で言う。
そんなやりとりをしていると、午後の講習開始の時刻が迫っていた。「授業の準備しなよー」とみたことのない先生が来た。午後の授業担当の人だろう。この人が文系担当かな。「じゃ、授業を始めて行きます。あ、その前に自己紹介するね。先生の名前は三田マキです。よろしくね。文系科目は私が担当だから質問があれば私にお願いします。じゃ、テキスト開いてー」


ピピピ…ピピピ…。「はい、じゃ、今日の講習はこれでおしまいだね。みんなお疲れ様。」
午後の講習も終わった。一コマ七十分の授業がやっと終わった。今の時刻は十五時三十六分。
この後はカフェに行くのか。カフェに行くときはいつも一人だから、誰かと行くのは久しぶりだな。ちょっと楽しみ。
「お疲れさん、葵」「お疲れ」「いや〜、疲れたわ。七十分はなげーな」「確かにちょっと疲れたね」
とやりとりをしていると冬美と萌夏さんがやってきて「お待たせ、晴人、葵君」
「お待たせ」と。「よし、みんな揃ったし行くか」と言い、晴人が冬美の手を取り前を歩く。冬美は晴人の行動に驚いたのか、一瞬固まるが嬉し恥ずかしそうにしながら、晴人の隣を歩く。僕はいつもの光景なので特に気にしなかったが、萌夏さんはそうはいかなかった。「え、ええ⁉︎あんなにナチュラルに繋ぐの⁉︎恋人ってあんな感じなの?葵くん」え、僕に聞く?僕、彼女いない歴=年齢なんですが。「あー、大体あんな感じだよ」多分だけど。「ヘェ〜、すごいね…」もしかして萌夏さんも僕と同じなのか…?
なんて事考えていたらカフェに着いた。カランカラン、「いらっしゃいませ、何名様ですか?」「四名です」
「四名様ですね。少々お待ちください」晴人が受け答えをしてくれている間に店内に目をやると、かなり混雑していた。
いつもお昼から夕方にかけて混むことがあるが、ここまで混むのは珍しい。
「大変申し訳ありませんが、四人用の席が埋まっておりまして、二人用の席ならご用意できるのですが」「あ、じゃあ二人用の席で」まあ、仕方ないか。二人席なら男女で分かれるのかな「かしこまりました、ではご案内しますね」相変わらず二人は手を繋いだままだ。ん?待てよ、このまま行くと、あいつら二人で座るんじゃないか?いやいやそうなったら僕はどうしたらいいんだ。
ちらりと横目で萌夏さんを見る。先ほどまでの興奮した様子はなくザ・平常心といった感じだ。
「ではごゆっくり」と言い店員は去る。「じゃあ、また後でな」と晴人は言い、冬美と共に席に着く。
僕と萌夏さんは少し離れた席に着く。男女で座ることを交渉しようと思ったが、二人は恋人同士だしこうなるのは妥当か。
「萌夏さんは僕で良かった?ほら、冬美との方が話しやすいだろうし」と聞くと萌夏さんは「あ、大丈夫だよ!葵くんと話してみたかったし!」
お世辞でも百点満点の回答をしてみせる。「それは良かった。とりあえずメニューでも見よっか」
会話の糸口を探るためメニューを手に取る。十数種類あるメニューだが僕の頼むものはもう決まっている。がしかし会話をするため悩むふりをする。「何にしようかな。萌夏さんは決まった?」「ん〜、待って、いっぱいありすぎて悩むよ〜」「確かにメニュー豊富だから決め難いよね」と笑いながら言う。萌夏さんは真剣な面持ちでメニューと睨めっこしている。「よし!決めた!わたしはいちごミルクにする!」可愛いな。メニューを決め終えて満足している萌夏さん。「葵くんはどれにするの?」もちろん決まっている。「んー、僕はアイスコーヒーにしようかな」「じゃあ!ピンポン押していい⁉︎」と興奮気味に詰め寄る萌夏さん。子供っぽいところもあるんだなと思いつつ「どうぞ、こういうの押すの意外と楽しいよね」と言う。「うんうん‼︎わたしあまり外食しないからボタンをすの楽しみなんだぁ!」そうだったのか。確かにそれなら興奮するのも分かる気がする。「お待たせしました。いちごミルクとアイスコーヒーです」と店員が言い、注文した商品が届く。「以上でお揃いでしょうか」「はい、大丈夫です」と二人で口を揃えて言う。「かしこまりました。ごゆっくりお過ごしください」
「葵くん、苦いのもいけるんだね」「え?」「あ、朝ここに居たの見て。その時飲んでたのが抹茶ラテだったから、甘いのだけじゃなくて苦いのもいけるんだなって思って…」萌夏さんが早口気味に捲し立てる。「あ、見られてたんだ。なんか恥ずかしいな」見られていたことが恥ずかしくなり、顔を少し横に逸らす。でもなんで見てたんだ?「あ、でもなんで見てたの?」今思えばデリカシーなさすぎだろ、僕。
「い、いや、なんとなく視界には入って…」「あ、そう言うこと」会話がなくなり、静寂が訪れる。
コーヒーを一口飲む。ずず。…にがっ。顔に出てないよな?大丈夫か?やっぱりカッコつけて頼むんじゃなっかた。「あ、やっぱり苦手なんじゃん」あ、しまった。やはり顔に出てたか。「い、いや飲めるし…」「口直しにいる?」「ぶっ!ごほごほっ。え⁉︎」揶揄いにきたと思えば突飛なことまで言い出す。思わずむせてしまった。むせた僕を見て萌夏さんは笑っている。笑った顔も可愛いな。恥ずかしさからか、もしくはまた別の感情からかは分からないが、僕の顔が熱くなっているのがわかった。
 気がつくと空はすっかりオレンジ色に染まる。「あ、そろそろ帰らなきゃ」萌夏さんがスマホの時間を見て少し慌てる。「じゃ、出ようか。晴人たちに声かけてくるよ」と言い席を立つ。少し歩いた先に晴人たちがいた。どうやら晴人たちも帰る準備をしていたらし。「二人とも萌夏さんがそろそろ帰らないとだって言ってたから先出てていいか?」と聞くと冬美が「了解〜、私たちも片付け終わったらすぐ行くね」と。わかったとだけ返事して萌夏さんのところに戻る。「お待たせ。先出てていいって」「じゃ、先行っちゃおうか」と言い、一緒に会計まで行く。
「あ、お会計別でいいよね?」と萌夏さんが言うがここはカッコつけさせてくれ。僕が払おう。「いいよ、僕が払うから先外出てて」「んー、じゃ一緒に出そ!」萌夏さんは奢られるのが苦手なのかとても可愛い提案をしてきた。割り勘だから恰好はつかないけど、言い回しが僕を傷つけずかつ一緒に出すという共同作業ということで相手の意識を下げないようにしている。なんて思いやりのある優しい人なんだ…。
とか考えていたが萌夏さんはそんなこと意識していないだろう。これが萌夏さんの素の行動のだろう。お会計を終え、外に出る。数分待っていると晴人と冬美が出てきた。相変わらず手は繋いだままだ。「俺と冬美はあっちだから」と言い手を振りながら大声でバイバイと言って背を向けて歩き出していく。すると冬美が思い出したかのように「あ!そうだ萌夏、電車だから葵君駅まで送ってあげてね!」と言う。すると萌夏さんが「え⁉︎別に大丈夫だよ!葵くんも大変でしょ?」と困り顔で言う。僕が口を開こうとしたら冬美が「送んなっかたらぶっ飛ばすから」と殺意を帯びた目付きで僕を睨む。これは断れないな。そもそも断るつもりも無かったが。「分かってるよ。じゃあ、行こうか萌夏さん」と言い歩き出そうとすると萌夏さんは驚いた顔をして「え⁉︎いいの?」と。もちろんですよ。女の子をこんな時間に一人で歩かせる訳には行きませんから!と心の中で呟き「うん、僕の家も駅の近くだしも暗くなってきてるか危ないし、一緒に帰ろっか」というと萌夏さんは百点どころか一億点ほどの笑顔を見せる。
ドクンッ。一瞬鼓動が早くなる。全身が熱を帯びるのを感じる。あれ、なんだこれ?訳が分からなかったが気にせず駅へ向かった。
 たわいも無い会話をしながら歩く。もうすぐ駅に着く。あれ、駅ってこんなに近かったか?僕が意識していた時間よりもかなり経ってたみたいだ。「あ、駅着いちゃったね」萌夏さんは少し寂しそうに言う。「本当だ。萌夏さんと話すの楽しくてあっという間についちゃった」人と話すのは嫌いじゃないし、苦手でもないがここまで楽しいと思って話したのは萌夏さんが初めてだ。冬美や晴人と話すのももちろん楽しい。でも萌夏さんとの会話は楽しさだけではなく、えも言えぬ心地良さがあるのだ。安心感というべきだろうか、これは彼女独特の世界観ゆえなのだろう。
萌夏さんは僕の返答に対し「ほんとに⁉︎えへへ、嬉しいなぁ〜、へへへ」と嬉しさ一〇〇パーセントといった感じで喜んでいる。そんなに嬉しかったのかと思うとなんだか僕まで嬉しくなってしまい照れ笑いをしてしまう。「あ、そろそろだ。今日はわざわざ送ってくれてありがとう」とはにかむ萌夏さん。「大丈夫だよ。話せて楽しかった!」「じゃあ、また塾で会おうね!」バイバイと言い手を振る。萌夏さんが改札を抜けて、ほとごみに消えていく。完全に視認できなくなり、ようやく足を動かす。つい最後まで見過ぎてしまった‼︎変態に思われてないだろうかと不安になるが、まあ大丈夫だろうと言い聞かせ家路に着く。
ガチャ。「ただいま」返答は無し。リビングに行き、テレビを点ける。テレビではまだニュースがやっていた。
時刻を確認すると十九時三十八分。母さんはまだ帰ってこない。確か二十時になるって言ってたか。
やる事もないのでシャワーを浴びることにした。シャワーを終え髪を乾かしていると玄関の方からドアの開く音が聞こえた。「ただいま〜」母さんだ。「おかえり」「あら、シャワー浴びたのね。ご飯すぐ作るからちょっと待っててねー」はーいと返事して部屋に戻る。扉を閉め、ベットに身体を投げる。ふぅと溜息にも近い呼吸をし、今日の事を思い返す。頭の中のディスプレイが映し出すのは全て萌夏さんだ。
特に笑顔の部分を強調して映し出す。今の僕はセロトニン大放出だろうな。どの笑顔もすごく素敵だった。
だがしかし、僕の心にはモヤができていた。あの時のドキッとしたのは何だったのだろうか。心不全?な訳ないか。
「はぁ、何だったんだろう」と言い、真っ白な天井を眺める。ぼーっとしてきて、瞼が重くなり視界がぼやけてくる。
先ほどまで聞こえていた料理の音やニュースの音声も聞こえにくくなる。まるで宇宙に掘り出された気分だ。
実際に放り出されたことはないし、出されたら死ぬけど。でももし生きられるとしたら真空ってこんな感じなんだろうな。感覚が一切遮断され、思考のみが残る。そんな感じなのだろう。「…い。…きて。あお…きて。」何か聞こえる。
「葵、起きて」母さんだ。「ご飯食べるでしょ?」「うん、食べる」どうやら寝てたみたいだ。確か萌夏さんのことを考えてて、それで寝落ちしてしまったのか。「大丈夫?疲れたのかな?塾はどうだった?」質問攻めだ。寝起きで頭がうまく働かずつい変なことを言ってしまった。
「あ〜、萌夏さんの笑顔が素敵だった…あ。」これはまずい。寝る前に考えていたせいか口から出てしまった。「いや、何でもない…」と言って逃げようとするが無理だった。「何でもなくないでしょ。誰、萌夏ちゃんて。彼女でもできたの⁉︎恋のこの字も知らない葵が⁉︎」いやいや、我が母よ言い過ぎでは。確かに恋したことはない。がしかしそんな僕でも流石に恋をしたらわかるよ。自分のことだし。「違うって。彼女じゃないし、恋でもないよ」「でも笑顔が可愛かったんでしょ?」かわっ⁉︎聞いてたか、僕は、素敵って言ったんだ。「素敵って言っただけだよ。それがどうして恋に繋がるの」「似たようなもんでしょ」雑だな。まあ、確かに似てはいるが。「笑顔を見た時どう思った?ドキッとした?」どう思ったか。確かにドキッとして脈が速くなるのを感じた。体も熱くなった。目を合わせられなかった。でもこれは恋ではなく、恥ずかしかったからではないだろうかと思う。このことを母に伝えてみると「いやそれが恋よ」と言い、じゃあ萌夏ちゃんが初恋かと笑いながら去っていく。
初恋…。これが恋…?僕が自覚していなかっただけで萌夏さんに僕は恋をしていたのか…?
七月二十六日午後二十一時四十七分この時僕は初めて恋を知った。恋そのものを自覚した日でもあった。


あれから萌夏さんと僕は帰り道が同じ方向のため毎日、一緒に帰っている。
たまにカフェや公園に寄って話をする。昨日見た映画やドラマのことや最近あったこと、読んだ本の感想などごく普通の日常会話だ。そんな日々を繰り返していくうちに萌夏さんについて分かったことがある。萌夏さんは話す時ヘラヘラしている。基本的にずっと。
気にはなるが何も言わないでおく。もし辞められでもしたら大変だ。せっかくの癒しがなくなってしまうからな。
そして僕の恋についてだが、自覚したとは思っていたがやはりこれが本当に恋かは分からなかった。検索しても、萌夏さんと話をしてもやはり分からなかった。恋をしている状態にあるということは理解したが、“恋“そのものを理解することはできなかった。やはり難しい。
晴人に相談してみるか。
あああ〜!!!恋がこんなにも難しいなんて!!!!


夏休みが終わり、一週間が経った。九月七日午後十六時十五分。晴人と二人でカフェに来ていた。「塾休みなの久しぶりだ〜!最高〜」と晴人が大袈裟に喜ぶ。とは言っても夏休みはずっと塾で勉強尽くしだったので、今日の休みは嬉しい。せっかくの休みだしということで晴人とカフェに来た。そして恋についても聞いてみる。こんな機会滅多にないしな。「なぁ、晴人。恋って何?」
と訊くと晴人は目をまん丸にして「いきなりどうした?頭でも打ったか?」と聞き返してきた。質問してんのはこっちだろ。馬kにされた気がするというか馬鹿にされたので一発殴った。「痛った!冗談だって!でどうしたんだよ?」実はさと言いこれまでのことを話した。すると晴人は少し悩んだ後、顔をあげ真剣な顔で「それは恋だ」と言った。「いや、それは何となく分かってるんだけど恋自体が分からないというか、本当にこれが恋のかって思ってさ」晴人はう〜んと言い、頭を悩ませている。「難しいなぁ。ま、あんまり考えすぎなくて良いでしょ。恋なんてそんなもんよ」
そうなのかと渋々納得する。やっぱり僕には難しいのかもな。「あ、そうだ。恋っていうのはその人に特別な思い、感情を持つこととだと思うんだ。」「特別?」「そ。特別。誰かに抱く感情と同じでも好きな人に抱く感情は特別なんだ。俺に対する楽しや嬉しいと萌夏ちゃんに対する楽しいや嬉しいは違うだろ?萌夏ちゃんにだけ持つ特別な感情があるはずだよ。そういうのが好きってことなんじゃね?」萌夏さんにしか抱かない特別な感情…。難しいけどさっきよりは何となく分かった気がする。でももう少し深く知りたい。「具体的にはどういうこと?」と訊くとはぁ…と大きく溜め息をつき「だっー!もうお前は!たまには考えるんじゃなくて感じろ!そういうことも大事だぞ!葵はいつも考えすぎだ!」と一喝されてしまった。「あ、あぁ、努力します…」感じろか。まぁ、確かに晴人の言うことはよくわかる。考えても分からないことは沢山ある。僕はいつも考えすぎてしまっているのか。たまには感じることも大事にしないとな。
 すっかり日は沈み、街は闇を嫌うかのように光を灯す。今日はありがとうと言い帰路に着く。やはり晴人に相談して正解だった。心のモヤモヤが少しづつ消えていくような感じがした。この感覚がどこか心地よくて気づいたら眠ってしまっていた。
 あれから月日が経ち、今は中学三年の冬。もう二、三ヶ月後には受験が控えている。あれから僕と萌夏さんは一緒に帰る回数は減った。受験シーズンに入り、自習する時間が増えたり、他にも進路活動などで帰宅時間が合わなくなってしまったのだ。しかも今年は夏になってから一度も一緒に帰っていないのだ。これは大問題である。ん?待てよ。これってもしかして晴人が言ってた特別な感情ではないか?萌夏さんとだけでなく晴人たちとも帰る機会がめっきり減ってしまったのだ。しかし、晴人たちとは帰れなくてれなくても何も思わないが(多少の寂しさなどはもちろんある)萌夏さんに対してだけは一緒に帰れなくて寂しい、話したい、会いたいと言う気持ちが強くなるのだ。そうか!これが晴人の言っていた“特別な感情“か!
約一年越しに理解した。ああ。こういうことなのか。これが恋か。すごいな。胸が躍る様な感覚に少し戸惑いつつ、理解できた喜びを今はただ噛み締めていた。
一人で小さくガッツポーズをしていると「何してるの〜?」と今一番聞きたかった声が背後から聞こえる。振り返るとそこには萌夏さんが居た。「あ、萌夏さん。久しぶり」ガッツポーズしたまま挨拶してしまう。「久しぶり。で、なんか良いことあったの?」あ、しまった。見られた、恥ずかしい‼︎良いことといえば二つほどあったが言わないでおく。「言いことというか、そのモヤモヤしてたことが解決してスッキリしたからつい…」「ほうほう。それは良かったね。でもちょっと変だったよ」と笑われてしまった。恥ずかしさがあったが萌夏さんの笑う姿を見て僕も可笑しくなりつられて笑う。ああ。幸せだ。こんな時間がずっと続けばどれだけ幸せなのだろうか。


あの後萌夏さんが一緒に帰りたいと言うので僕はもちろん二つ返事で返した。久しぶりに会って、一緒に帰り、話をして笑った顔を見た。僕は一年前までこんなに幸せな時間を過ごしていたのか。一年という時間が流れ互いに体や心も多少変化していた。だが僕の萌夏さんに対する思いは変わりなかった。いやむしろ日に日に大きくなっているような気がした。しかし今は受験がある。恋も重要だが今は受験を優先せねば。そして何よりこの受験に成功すれば萌夏さんと同じ学校に行けるのだ。何としても合格を掴み取ってやる。
萌夏さんと同じ高校を受験すると分かったのは今日の帰りだった。進路の話になり同じ高校に受験する事が分かったのだ。萌夏さんが受験先が一緒だと分かると飛び跳ねる勢いで喜んだ。心底嬉しそうにしていてとても可愛かった。それ以上にそこまで喜んでくれることに涙が出そうになった。自分の好きな人が喜んでくれるとこんなにも心が温かくなるのか。僕にとって初めての経験だった。こんなことまで経験できてしまうのが恋なのか。恋という感情は偉大だな。神様、恋をさせてくれてありがとう。そんなことを考えていたら段々と眠くなり、やがて夢の中へ落ちてしまった。
受験まで残り六十三日。
 時は過ぎ受験前日に。
いよいよ明日は受験だ。対策はバッチリだけど緊張がやばい!今日寝れるかな。萌夏さんも今こんな感じなのか。晴人あいつ徹夜しそうだな、大丈夫か?冬美は大丈夫だろ。ああ、俺ももうちょい勉強しようかな、ん、いや寝るか。寝て明日に朝やろう。
よし、寝る!
ピピピ…ピピピ…んん、ふぁ〜眠い…。よし、やるか。気合を入れるために顔を洗う。歯を磨き、用を足す。準備万端だ。今は午前四時五十七分。二時間ほど勉強できる。最後の詰め、やり切るぞ。
はぁ〜〜〜。あ、七時か。よし、ご飯食べるか。朝食を食べ終え、身支度を済ませる。家を出る準備をする。再度持ち物を確認し、出発する。「行ってきまーす」駅まで小走りで向かう。数分で駅に着く。辺りを見渡すと駅の入り口には萌夏さんがいた。僕は手を大きく上げながら「萌夏さん、おはよう」と駆け寄る。すると萌夏さんが「あ!葵くんおはよ!よく眠れた?」と。快眠だったことを伝え、問題を出し合いながら晴人と冬美を待つ。十分ほど経った時、二人がやってきた。晴人がよし、みんな揃ったし行くかと言い、駅に入る。僕と萌夏さんも二人の後ろにつづいて歩く。
学校までは電車で十五分ほどそこから歩いて五分の場所にある。駅近最高だ。
目的の駅に着いたので降りる。歩いていくと学校が見えてきた。さぁ、いよいよだ。
中に入り、席に着く。手汗がすごいな。担当の教員が入ってきて挨拶を始める。試験用紙が配られ、試験の説明をされる。チャイムが鳴る。
皆一斉にペンを持ち、用紙を捲る。
試験開始。
 ん、んん…。ああ、朝か。あれ目覚ましは?時間を確認する。時刻は午前五時五十五分。アラームが鳴るよりも早く目が覚めるとは珍しいと自虐する。早いけど準備するか。休みで鉛きった身体を無理やり起こす。洗面台で冷水で顔を洗う。冷たっ。けどこれが意外と目が覚めるので仕方ない。適当に朝食を済ませ部屋に戻る。時計を確認するとあれから五十分経っていた。時間感覚が一瞬おかしくなりかけ正気に戻る。「もうそんなに経ってたんだ」思わず口に出る。出発時間まではまだ暇があるのでスマホゲームで暇を潰す。
 あれから時間が経ち出発時間になった。「母さん、行ってきます〜」と言い家を出る。駅まではさほど遠くないが自然と駆け足で向かってしまう。駅に着き辺りを見渡す。眠そうな会社員や学生がちらほら見える。まだだったか。タッタッタッ…。「はぁ、葵くん。おはよ!」少し息を荒げながら声をかけてきたのは、萌夏さんだ。はぁはぁと言いながら朝とは思えないほどの眩しい笑顔を向けてくる。「家から走ってきちゃった」てへと言わんばかりに舌を出し軽く笑う。「僕も駆け足で来たよ。眠れた?」と訊く。「もちろん快眠です!」と元気いっぱいに返事する。「あ!行こ!電車来ちゃうよ〜」と慌てて僕の手を取り走り出す。電車が来る焦りよりも、手を握られたことの緊張の方が強かった。電車はギリギリで間に合った。電車に乗った今も手は繋がれたままだ。鼓動が早い。これは走ったからだろうか。いやそれ以外にもあるな。萌夏さんの方を見ると目が合った。緊張して固まってしまう。萌夏さんはまるで頭の上にクエスチョンマークが出て見えるかのように首を傾げる。「あ、いや、その手…」としどろもどろに言うと萌夏さんはハッとして手を離す。ああ。「ご、ごめん。咄嗟に握っちゃった。嫌だったよね」と萌夏さんが哀しげに言う。僕は話を妨げる勢いで否定した。「嫌じゃない!いきなりだったからびっくりしたけど嬉しかったよ!」うん、考えずに喋るもんじゃないな。余計なことまで言ってしまった。萌夏さんはというと「え⁉︎本当に⁉︎よかったぁ、手汗とやばくなっかた?恥ずかしことしちゃったよぉ。」余計なことではなかったかもしれない。「手汗は大丈夫だよ。まぁ、手を繋ぐ機会ってそんなにないけどそんなに恥ずかしかったの?」あまりに恥ずかしがる萌夏さんを見て少し可笑しくなり笑ってしまう。「もぉ〜笑わないでよ。恥ずかしかったのは、その、男の子と手を繋ぐのがは、初めて、だから…」ああ、そういう。え、正直意外だ。清楚だし純白って言葉がこれほど似合う人はいないけど彼氏ぐらいは居ただろうと勝手に思っていたから意外だ。しかも僕が“初めて“。「へ、へぇ〜。そ、そりゃすげぇよかったよ」思わず変な口調になる。「何その喋り方」と笑われる。
 そんなやりとりをしていたら目的の駅に着く。「あ、着いたね。行こ」と萌夏さんが先に行く。また手を繋いでくれるんじゃないかと淡い期待をしたが儚く散った。少しがっかりしたが至極当たり前のことだ。だって僕らは兄弟でもなければましてや恋人でもないのだから。でももし、紅白して付き合えたら…。いいや、僕なんかが無理だろ。萌夏さんにはもっと素敵な人がいるって。僕ら四人は志望校に合格し晴れて高校生活を満喫できるのだ。これからはみんな一緒だからもっと楽しくなるだろうな。


第一章終幕



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