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#111 初恋のおはなし

 わたしは3月生まれだ。幼稚園の頃からして、周囲より遅れていたと思う。何がって?全てだ。体の発育、勉強や運動、感情表現などなど。むしろ、周囲の誰かより優れた点があったという記憶がない。

 楽しくなかったのだろう、おかげで小学生の頃の記憶というのはほとんどない。繰り返し再生する記憶があるとすれば、初恋の思い出くらいだ。

 宮崎くん。体育は並だけど、あたまが良かった。とはいえ、クラスで一番という訳ではなかったし、特別面白いキャラクターでもなく、地味な存在だった。5年生から卒業まで同じクラスだったはずなのに、いつ彼をクラスメイトとして認識したのか、その記憶ですら曖昧だ。

 (記憶が正しければ)席替えで隣同士になったことがきっかけで、話すようになった。その後の席替えで離れても、なんだかよく目が合うな、と思っていた。わたしも彼が気になって、チラチラ見ていたと思う。

 好きだ。と自覚した途端に、心が燃えた。毎夜、頭が彼でいっぱいになり、寝れなくなった。悶々とするばかりで、何をどうしたらいいかもわからなかった。この頃はまだ、性の知識もなかった。ただ、いつか「好きだ」と伝えるべきだということだけは、分かっていた。

 一度だけ、一緒に下校したことがある。どういう成り行きだったかは覚えていないが、家が案外近かったので、たまたま一緒になったのだろう。ここでどんな会話を交わしたか、覚えていない。(アホ!覚えてろ!アホのわたし!)

 ただ、彼がランドセルをぶんぶん振り回して、あんまり近づくなと怒られたことは覚えている。あれは照れだと、アホでもわかった。

 結局、それ以上親密になることも、いわんや告白などする訳もなく、ただお互いにチラチラ視線を交わすだけで卒業式を迎えた。彼から、別の中学に進学すると聞いていたから、これでお別れだと思っていた。

 卒業式から帰宅してすぐ、インターフォンが鳴る。出てみると、わたしの通信簿を手にニッコニコの笑顔をたたえた、宮崎くんがいた。

「お前、めっちゃ頭悪いな!」

「見るなや!」

 とは言いながら、わたしは嬉しかった。最後の片付けをしながら教室で話したとき、わたしの通信簿を間違えてランドセルに入れてしまったらしい。

 これが偶然か、それとも彼の策略だったかは、知る由もない。通信簿を受け取って、それでおしまいだったから。

 この経験で、その後のわたしは相当保守的になったと思う。あの純真な初恋の熱情を超えられなければ、本当に好きだということにはならない。

 高校時代に二度あった初彼氏チャンスをフイにしたのは、宮崎くんを神聖化していたからだ。(彼は顔もけっこう良かったのだ)

 ある意味、わたしの人生が迷走をはじめるスタート地点だったのかもしれないな。好きな人に、ちゃんと好きって言えない病の、原点だったのかも。

 彼ならきっと、今ごろ幸せな家庭を築いていることでしょう。会いたくないな。比べちゃうから。

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