他人の夢に出る方法

夏目漱石の「夢十夜」は、第一夜、第二夜、第三夜、第五夜は「こんな夢を見た。」ではじまる。第九話は「こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。」でおわる。
ほかの5つの話には、これが夢である、ということは書かれていない。
もちろん、タイトルが「夢十夜」だから、全部夢についての話であることは想像できるし、実際にそんなふうに読まれている。それでも本文中には書かれていない。むしろなんで四つの話には、「こんな夢を見た。」をわざわざ冒頭に書いたのか。


たとえば「こんな夢を見た。」「こんな悲しい話を、夢の中で母から聞いた。」のフレーズがない状態で、「漱石奇譚」みたいなタイトルで出版されていたら、文学的な評価に影響はあったのだろうか。漱石レベルの文豪だから、しっかり岩波文庫に収まっていたはずだ。そして、夢の世界を描いたような、幻想的な短編集、と解説されていたと思う。

ある文章が、夢で見られたものを書いたのか、想像で書かれたものなのか、そのことを読者が判断することはできないし、何の意味もない。もちろん、書いた本人にとっても、見た夢を記憶で再現しながら描写することがギリギリ可能なだけで、夢そのものを再現することは不可能だ。これは夢だけでなく、文章そのものも同じ。
つまり、夢が書かれた部分については、それが本当に夢であるかどうかは意味がない。

けれど、やっぱり「こんな夢を見た。」にも意味はある。この一文があることで、その文字のとおり、その夢を見た次の日に生きる自分が浮かび上がる。このたった一文が、夢の内容全体と同じ強さでぶつかりあっている。
では、なんで第四、第六、第七、第八、第十夜に、漱石は夢の痕跡を残さなかったのか。

それはまぁいいとして、他人の夢の話は、つまらないものの筆頭されている。私が最近みた夢には、小学校の同級生の女の子が出てきた。

以下はまず、私の現実の記憶。
その人は小学校六年生にして派手目な美人で、クラスメイトからもモテていた。しかしすでに大学生と交際していた。なぜか私はその恋愛について相談に乗っていて、デートを見守ったこともある。彼女は当然マセていて、定期的にメイクの会をひらいており、私も何度かメイクの練習相手になっていた。栄光の時代だ。
そして彼女は、中学に入ったとたんにヤンキーの道を邁進していった。私は中学で私立に行ったものの、当時は地元の人たちとも比較的友好関係を築いていたが、彼女にはもう会うことはなかった。風の噂でヤバい話はいろいろ聞いていた。一度だけ参加した同窓会にも彼女はいなかった。どちらかといえばヤンキー成分高めの地域なので、成人式で、3人の子どもがいて、袴をはいて、日本刀をもってくる人が「ややヤンチャ寄り」まぁ、中道右派の位置づけである。そんな地元で、彼女はもう姿を見せなくなっていた。

25歳を超えたあたりから、地元の人たちとも連絡が途絶えているし、当然彼女のことなど記憶から消えていた。彼女が夢に出てくる気配や話題などまったくなかった。

そんな彼女が最近夢に出てきた。大学の食堂のような場所で、向かいに座って将来の展望などを話していた。私は自分が浪人中の立場で、その展望をうらやましく聞いていた。
もちろん、彼女が夢に出てきたこと自体も驚きだが、その理由は考えても答えが出ない。私はもっとたくさんのことに驚いている。
私は間違いなく、12歳から、つまり、小学校卒業以来一度も彼女を目にしていない。けれど、そこで座っていたのは、大学生的な20歳前後の女性で、しかも同時に、その彼女であることを確信していた。私は夢のなかで、「だって小学校の頃から大学生と付き合ってたやん(笑)」と語りかけもした。そして彼女は「せやんな」と返した。

たとえば12歳の彼女が出てきたのであれば、とてもわかりやすい。それこそ、そんな昔の知り合いの夢を急に見るなんて、と驚くだけだ。しかし私が見た夢の彼女は、最近よくあるAI作成画像のように、私が知っている誰ですらもない。

だから「昔の知り合いが急に出てきた」わけではない。
「昔の知り合いが成長した姿を勝手に私が作成して、その人と話した」夢である。

そもそも、夢には時空をこえる。認識するためには時間と空間の存在が条件とかカントが言ったらしいけれど、夢には時間と空間がない。
もっと単純に、親の夢を見るにしても、その夢の親が何歳の頃の親なのか。そもそも夢を見ている自分はどういう年齢なのか、それもいつも危うい。

私は頻繁に明晰夢をみるが、夢で夢であることに気付くのは、たいていこの条件の食い違いである。夢のなかで、私は自己認識で高校生だったりするのだが、にもかかわらず、大学での思い出を先取りして感じていたりする。つまり大学入学後にこういうことがある、とわかりながら、大学受験の夢をみたりする。
そういう混濁の感覚をもつとき、ああ、夢だな、とわかるし、夢に気づいた以上はもう早々に眠りたくなる


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