DJ、オーガナイザー、そしてこれからの人生のこと

いやいや久方ぶりの投稿になりますね。といいつつ仕事のアカウントでは仕事のことを書いたりしてるので個人的には割と手が書き具合を覚えているのですけれども。
それにしてもDJのことを書くのは久しぶりですね。
以前に書いたのは、コロナでパーティができなくなって、その中でもパーティするために、なんなら周りの人もパーティ続けるために足しになったらいいな、そんな文章でしたね。

今回はそういうのでもなく、ただの自分語りです。
Twitterに書くには長くなりそうでしたので、noteで。

タイトルで書いた通り、今までやってきたDJとかオーガナイズ。まがりなりにもそれは自分の人生でもあったんですが、まあコロナがあって難しくなって。そんなことを経てからの、世の中が再び活気付いてきたからこそのふりかえりを一つ書こうかなと。そんな気分になった次第でございます。

自分のDJはオーガナイズと共に始まりました。遊びに行ったKEN ISHIIさんDISCO TWINSさんRYUKYU DISCOさんのパーティで、フロアで意気投合した仲間と始めたDJパーティ。
誰が箱借りたりすればいいのか?やり方もわからん。そんなメンバーの時に、調べればなんとかなるっしょ、で、自分が遊びに行ったことのあるハコ、当時は吉祥寺いまのICHIさんのところにメールしてから始まったオーガナイズ&DJ人生。

たぶん自分はどうかしてる方の人間だと思うんだけど、わかんなくても目的があったらどんな形であれ手段は見つけられる人間で、手段があるならやってしまえ。そういう形で始まったDJ人生でございました。

そんなことを始めて、同級生に教えてもらった(だったはず)エウレカセブン。アニメの中でテクノが流れる。ロボットアニメもテクノも好きな自分にとって最高な作品だった。

当時地元で飲んでいた時の仲間が、そのエウレカをテーマにしたクラブイベントがあると。教えてもらって行ってみたら、アニソンもガチのテクノも流れるパーティ。
大きな音がいくつものフロアで流れてるし、スカイフィッシュは飛んでるし、劇中そっくりなまんまのコスプレイヤーさんもいる。
そんでガッチガチのハードミニマルで進行するヤバいDJさんと出会った(watさんという人なのはその後知ることになる)。

元々そんなに量を見るわけでもないが、ロボットアニメが好きだった自分としては「アニメもクラブミュージックも流してオッケーで、それを繋ぐ文脈がある。俺が好きだったことふくめて全部オッケーにしてくれる世界があるのか!」と衝撃を受けた。

自分が欲しかったのは「自分が好きなものをすべてオープンにして、それが一つの文脈でつなげられる世界観」だった。
まだまだアニソンクラブイベントもオーバーグラウンドにも出てきていない時代に味わったその感触を、自分でもやってみたい。

その思いを秘めたまま、しかしDJとしてはまだ未熟だった自分は、渋谷を渡り歩きいろんな箱、イベントでDJをする、自分で言うと馬鹿かなと思う、というか今でこそ若気の至りとも思うが、修行と思って、ギャラもない現場を渡り歩き、食費も削って豆腐とコメだけ食いながらレコードを買い、現場で酒を飲み、という生活を続けていた。

その折、いつしか自分の行ったエウレカのイベントは、規模が大きくなりエウレカの看板を降ろすことになった。
その時に思った。「椅子が空いた!」
もちろん自分でやる時には、元々のイベントの方にご挨拶して、頭を下げた。その上で、自分の形で自分の思い描く世界観を、クラブイベントとして立ち上げたのだった。

一方時は2011年。大きな地震があった。
その情勢を機に、都内で過ごしてきた自分には、インフラが死ぬ時の手段は何もないということを知った。
そのことを機に都内を離れ、原始的な手段で飯を食う方法を知らねばと、またもやDJとはちがう修行みたいなことを始めたのであった。

それをやってからもパーティ自体は続けなくては先はない。自分の好きな世界観を現存させるには、開催を続けること以外にないのだから。

その後も結婚とか、人生のいろんなイベントを経ながら、それでも一貫して続けてきたのは、このパーティだった。
自分が自分であり続けるために自分はこれが好きなんだと世界に言い続けるために、DJもそうだけど、オーガナイズ、数時間の僕の世界を表現するのが僕の生き続けるための手段だった。

赤が出ようがなんだろうが、続けていくことが僕の生きる意味だった。

それを続けていたら、エウレカの劇中で流れる楽曲を作っていた人たちとも出会え、一緒にパーティをし、とてもささやかだけど、野外フェスを作る。そこまで至れたことは一つの宝物になった。


オーガナイズを通じ、僕がやりたかったことは何かと考えると、立ち戻れば一つの自己実現でしかない。
好きなもの全てをパッケージングし、表現したいということ。ただそれだけ。

これだけ書くとエゴいんだけども、一方でもう一つ大事に抱えていたこと。
それは「日々と外の世界はいつも辛い。けど、祝祭のような瞬間があることでまた明日も生きていける。そんな瞬間、瞬間だけでいいから作れたら、自分と同じように辛くても、また明日を生きていける時間を作れるかもしれない。そんな時をつくりたい」ということ。

DJだって音楽だってアニメだってテクノだって、ただ一つ切り取ったら何の意味ももたない。だけど、自分がそれらを摂取した時に感じた、まだ生きていたいと思える時間たち。そのおかげで今の自分がある。一つだけじゃなくて、その瞬間には作品以外の様々な外的要因がある。空間や要素。自分を元気にしてくれたもの達。

自分が感じたそのままを感じて欲しいとかではない。他の人たちがどう感じるかはわからないけれど「俺は確かにこれで元気を得たんだ」と表現して、もしかすると誰かも元気になるかもしれない。

最初のパーティだってそうだ。自分が大変だった時に遊びに行ったパーティで、大好きなアーティストの音を聞いて、その後も元気に過ごせた。

そんなことが自分にもできるかはわからないけれど、自分はアーティストでもないし有名ではないけれど、でも遊びに来てくれた誰かは元気になってくれるかもしれない。

自分のしたいこと、自己実現。
言い方は悪いかもしれないけど、そのついでに誰かにもプラスになったとしたら、それは大いにラッキー。

そこも含めての、パーティオーガナイズとDJだった。



時は経ち2019年。
生活のいろいろがあって、僕はひとりになった。
その後すぐにコロナの騒ぎが始まった。
人は集まれなくなった。
音は出せなくなった。
声も出せなくなった。
誰かと会うことは、忌むべきことになった。
(大袈裟に書いてるけど、おおよそそんな空気感だったってことで)

そんな中でもパーティを続けようともがいたのが、過去のnoteに書いてある。
でも僕にとってはなかなか、がんばったけど、完全にパーティではなかったんだよね。


さらに時は経ち今に至る。

不特定多数の「誰か」のために頑張るのはちょっと違うと思うようになった。顔の見える誰かのために頑張りたいと思うようになった。
それは単純に自分の歳のせいかもしれない。
人生の色々のせいかもしれない。
あきらかなのは、コロナの前からは思いが変わったということ。

「自分が」好きなこと
「自分が」推したいこと

そこにフォーカスしたいと思うようになった。

人一人が使えるリソース、エネルギーには限りがある。人間には寿命があるし、経年劣化もある。そして歳を重ねれば、仕事や生活にもいろんな要素が増えてきて時間も無くなっていく。
ならばリソースは、集中して濃くつかうべきだ。当たるかわからない弾を数撃つのではなく、狙い澄まして撃ちたい。

久方ぶりにオーガナイズをする。
8/11に、自分が思い入れの深い中野heavysick ZEROでパーティを行う。それはただ単に、自分がやりたいからだ。
でもその日に遊んだ誰かが、瞬間でも楽しいと思ってもらえたら嬉しい。それだけは変わらない。


もうだいぶ復帰してきたけれど、世の中はコロナ前のように完全に戻ることはないだろうと思っている。
けれど、仮に復活したとして、前のようにたくさんオーガナイズは僕はしない。できないのでなくて、しない。

パーティとDJとオーガナイズから学んだたくさんのことは、今自分の仕事にとても活きている。
遊び(といいつつ本業と思ってたし今も思っているけど)が今、仕事にもそのまま大きく重なって、自分の人生そのものになってきた。

いま僕は自分の人生を楽しいと言える状態にある。
無駄がなかったと思えるのは、いつも自分が全力を尽くしてきたからこそだろう、と、自分には言い聞かせてる。(あんま自信ない)

DJもオーガナイズも、辞める気はない。気の向いた時はやりたいっていうか一生やりたい。
でも、今この時は、ちょっと手を休めるかも。人生忙しいんだもの!ていうか全部重なって面白いんだもの!

なので8月を一区切りにしたいと感じている。


ここまではあくまで自分視点に絞って、思っていたことを綴ってみた。
普段あまり自分語りをしない(…と思ってるが周りはどう思ってるかな…)し、改めてこうして文章を綴る時に、自分を生かしてくれた人たちのことを書かずに進めるのは何だか申し訳ない。そんな感じなので、今日はかなり勇気を出して一息に書いてみた。ごめんほんと自分勝手に書きました。

現実、今まで自分の人生は、誰かの助けなくては全然過ごして来れなくて、ほんとにほんとに、何人に人生を繋いでもらったかわからないくらい、たくさんの仲間に救われてきた。
この書いてみた十数年間は、一人では絶対に生き延びて来れなかったと、常に思う。
一緒に過ごしてきてくれた仲間は、今も一緒に仲良く遊んでくれていて、本当にこれは幸せなことだ。

パーティは一人では作れない。DJは何人も必要だし、VJも必要だし、箱で働く人がいなかったらできない。フライヤーだって絵を描いてくれる人がいるから作れる。飲む酒は誰がつくってくれてるんだっけ?思いは尽きない。

そういう数えきれないいろんな人の動きがあってこそ、今の自分の人生まで繋いでこれたことに、本当に感謝する。
そして自分の見える範囲、顔を合わせられる範囲にいた皆が背中を押してくれたことを、仲間がいたことを、誇りに思う。



タイトルにもこれからのことと書いたしどういうことがしたいかも書いておこう。

パーティはやるけど、頻度は減ると思う。
ただ、やる時はほんとに集中してやりたいから、濃いものになるのは保証したい。

DJもやる。
昔の音楽も好きなんだけど、それ以上に、知らない音に出会うことが好きなので、spotifyでもいつもニューソングを聴いてるし、beatportもチャートを聴いている。
歳取ってきてるからいつまでもトレンドトレンドってやってんのも違うとは思うけど、個人的にはアップデートをしていきたいからね。

そのうち子供とかほしいけど、全然予定は無い。

いまの仕事でスクラムマスターってことやってるから、一流になりたいのはここだ。
スクラムマスターってのはこのオーガナイズで培ってきた全てが必要とされる、僕にとっては今までやってきた全てのことが報われる天職のような仕事だ。と思ってる。現時点で。


明日の事は誰も分からない。
ただ自分は、明日も生き生きと生活して、仕事して、そのついでに誰かの背中を押すことができたのならとてもラッキー!
それだけなら如何に世の中が変わろうと変わらなかろうと、いつでもできる普遍的なことだと思うのよね。

つらいことがないわけじゃない。
だけど、前を向けることがあるなら、そこだけ見て生きていきたい。
そんなこれからにしたいと、切に思う。


REV-TUNE / アーウィン

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