ROASTED #THINKTOBER

 高屋が死んだ。死んだと思う。
 死体は見つかってないんだが、廃ビルが焼けた。不審火で。高屋はそこにいたらしい。なんでも、中古のSDに、なんか、変な動画がさ……そういうブログだったんだよあいつの。アフィブロ。命かけるようなもんじゃないでしょ普通。多分、本人も自分が死ぬなんて思ってなかっただろうな。本当に火が見えてさ、もう無理って思うまで……あいつのことだからさ。

 こうして一昨年、二次会のときに貸した六千円の取り立てのあてはなんにもなくなったというわけ。

 休みだった。火曜日。バイトの子が旅行に行くので日曜を代わってやったぶんの振り替え。やることは何もなかった。高屋の葬式が決まったと連絡が来た。けっきょく歯のひとかけらも見つからないまま高屋は死んだことにされたのだった。なんだかんだでみんな微妙にあの世とこの世の間に挟まったような状態でいられるよりはさっさと死んでほしいと思っていたんだろう。まあ実際、高屋はろくでもない奴ではあった。サイフに現金がぜんぜん入ってなくてその辺にいる奴に適当に借りるとか、転がり込んだ家で何もしないでゴロゴロ寝て昼ふらっと何も言わずに帰っていくとか。でもまあ、ろくでもない奴の中では比較的ましなほうではあった。借りた金はなんとなく、その後に機会があって、貸したほうが金額を覚えてたら返してくれたし(とはいえ言った金額が貸した金より多いと「あれ? マジでそれ? ちょっと違くない?」と言い出すので本当は金額を覚えている説が俺の中では有力だった)、宿借りたら後からLINEで礼が言える男だった。ろくでもない奴ではあったが、まあ、悪いやつではなかったと思う。

 ほんの六駅先だ。しかも乗り換えなし。
 降りたことのない駅だったので、車窓からたまに見る風景以外はなにもかも新鮮だった。例の焼けたビルは意外と駅裏の繁華街のすぐ傍にあって、確かに……完全に焼け跡だった。入口は未だにビニールシートで覆われているが、真っ黒に煤けて焼け溶けた鉄筋コンクリートが剥き出しになった上階部分はまんまだった。爆発でもしたんじゃないかって風に見える。バックファイヤとかそういう……もしあの付近にいたなら確かに欠片も残らなくてもしょうがないのかもしれない。
 両隣のビル以外は普通に営業していた。まあ、そんなもんだろう。
 ビニールシートをめくった先、例のビルのまだ残ってた一階の壁と、隣のビルの非常階段の間を通り過ぎていった人影が、壁へビッタリとへばりつくようにして出来上がった、人間の形をした、真っ黒い焼け痕のように見えたのを、今まさに一分一秒忘れようとしながら、俺は空を見上げる、ビニールシートよりずっと薄い青色、真昼の空。

「金返せよ」
 答えなんかない。もう一度シートをめくっても、黒い影はもうどこにもなかった。



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