【冒頭】かまいたちネゴシエ

 平日、午後六時五十六分、乗換ハブ駅は退勤ラッシュ。彼女はスーツ。黒くて腰まである長い髪。エキナカで買った詰め放題のクッキー。エナメルのバッグ。決然とした足取りのパンプス。
 彼女は不意に振り向いた。

「あ、給料日だ」

 長い髪がなびき、キューティクルの切っ先が、真後ろを歩いていたサラリーマンの顔面をぱっくりと引き裂いた。血しぶきが飛んだ。頭蓋骨がすっぱり切断され、断面の綺麗な脳塊がしたたり落ちた。
 銀行ATMへ向かう彼女をビル風が吹き抜ける。散らばる髪とすれ違った女子大生群の最右端が会話の途中でがくっと首をとり落とし、アスファルトにぶつかってゴトン。悲鳴に振り向いた主婦は自分の右腕がないことに気付いたが、靴ひもを結ぼうと屈んだフリーターは難を逃れたことに気付かなかった。

「ちょっと、あなた!」

 その時、男が彼女を呼びとめた。黒髪は勢いよく彼のネクタイをかすめたが、彼は無傷だった。なぜなら、


【続く】

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