紙とペンの代わりにこの場所で。

*こうしてまいにち文章を書いているけれど、書いていることのほとんどを憶えているわけじゃない。もちろん、「あ、これこの前書いたなぁ」とか「同じようなこと、最近書いたぞ」といった、進研ゼミで出てきたぞ!みたいなことは、日常に多くある。自分で出した答えも、道のりも、それなりに憶えていることもある。でも、きっとたいていのことは忘れてしまっているので、またイチから考え直したり、思い出したあたりからまた歩き始めたりすることがほとんどだ。

ここまで書いてみて「そりゃそうだ」と自分で思うのだけれど、自分の中で頭からお尻まで、綺麗な道筋が通った答えのあることを毎日書いているわけじゃない。そういう日もあるが、まれなことだ。たいていは「ここまで考えてるんだけど、書き残してみよう」といった感じで書き始めたみたり、思いついて書いていくうちにまとまったり、まとまらなかったりしたものをそのまま出してみたり。なんなら、自分の中でこうじゃないかな?と思っていることを、その道筋を憶えておけるように書いたりすることだってある。

もしぼくが、毎日書くという習慣をつづけていなかったら、どうなっていただろう。自分の考えが世のため人のためになっているだなんて思ってはいないし、あくまで自分のためにしかなっていないのだけれど、それでも、自分はここまで考えたり思ったりをできていただろうか。わからないことをわからないなりに、考えたりしただろうか。きっと、しないだろうな。頭の中だけで考えるのは、けっこう飽きっぽいものだ。

よく「アイデアのひらめき方」として、紙とペンを用意しましょうみたいなことがあるけれど、この場所は、ぼくにとって立派な「紙とペン」になっている。日記ともエッセイとも呼べる、たいして役には立たない文章だけれど、少なくとも自分の役には立っているのだ。そういう「場所」や「環境」と呼ばれるものを持つのは、生きていく上で大事なことなんじゃないかなー。ただただ生きるって、それはそれですごくつまらないような気がしませんか?


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