咲かない桜の木の下で。

*桜の木が、そこにあったとする。
一本じゃない。群れで、数本、数十本、桜の木が生えている。そこは毎年、人気のお花見スポットで、春になると人が集う。酔っ払いからちびっこまで、いろーんな人たちが桜の木の下、駆け回ったり座り込んだり、桜の花びらを見るのもぼちぼちに、楽しんでいる。

桜は春、すこしのあいだだけ咲いている。それ以外は散って、「あれ?これ桜の木だったっけ?」なんて言われたりする。桜は、花が咲いているとき以外も桜なのに、ぼくたちはあまりにも知らないよね。起きている時間が人生、くらい、桜は花が咲いている時期が桜、だ。

桜も、暑い夏を超えて、紅葉の人気に嫉妬する秋を耐え忍び、冬をどうにか越して、春に花を咲かせる。まえがきが長くなったけれど、そんな中、いつまでたっても咲かない桜の木が、一本だけあった。

他の桜の木々たちが満開に花を咲かせている中、いつまでたっても咲かない桜。人はその桜の下には集まらず、満開の桜の方へと流れていく。桜同士も「あいつはできそこないだ」なんて、言っちゃったりしているかもしれない。咲かない桜はただ、じいっと、生えているだけだ。

花見の季節が終わり、四月が終わり、五月が終わる頃。ぽっと、季節外れの桜が咲いた。一本だけ、咲かなかった桜が咲いた。それを見かねた人たちは、季節外れの花見をしようと友達誘って集まった。えんやわんやとどんちゃん騒ぎ。こんな時期に桜が咲くなんて、珍しいしめでたいなぁ、なんつって。

ぼくはこの話が大好きで、慰めるように何度も自分に読み聞かせています。その桜は、諦めたわけでもないし自然に咲いたわけでもない。咲こう咲こうとしていたら、たまたまその時期に咲いただけ。咲くべきときに、咲いただけ。でも、咲こうとすることを諦めていたら、きっと咲かなかったと思うんだ。


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