風鈴屋さんになってみたい

*ドラマ『深夜食堂』を観ていたときだった。30分、1つの料理を中心に物語が構成されているその中で、新宿ゴールデン街を音を立てて練り歩く職業の人が出てきたのだ。その職業の人は力車を引きながら、ずんずんとゴールデン街を練り歩いていた。季節は夏前だったと思う。そう、「風鈴屋さん」をはじめてみたのは、深夜食堂だった。

木造の力車に、これでもかと風鈴が取り付けられ、その力車を引いて歩く。まさに移動式の風鈴屋さんである。はじめてみたとき「なんだその職業はー!」と目を輝かせながら驚いたもんだった。いまでも将来の夢のひとつに「風鈴屋さん」はランクインしている。

風鈴屋さんが通ると、すぐに分かるわけだ。力車に取り付けられた売り物の風鈴たちが、ちりんちりんと音を鳴らす。商売としても上手いもんだよなぁ。じっさいにその商品が活躍している姿を、買い手を求めて歩きながら見せれるわけなんだから。しかもそれがいやらしくない。なんとも気持ちのいい、夢を売る商売だ。

風鈴のことをすこし考えてみよう。風鈴ってのは風が吹くことで、中に入った鈴があたってちりんちりんと音を鳴らすわけだけれど、よくよく考えてみるとだよ。風鈴ってのは「風を感じる」ためにあるのではなく「しずけさを感じる」ためにあるものなのだ。風が吹くことで鳴るその音を”聴くことのできる”しずけさを感じるためのものだと言える。

しかしそう思うと、この「風鈴屋さん」の売り方は一見真逆のことをやっているようにも見える。いくつもの風鈴が取り付けられた力車を引いて街中を歩くわけだからね。「ちりんちりん」がいくつも重なった音になる。しずけさとはちょっと、程遠いかもしれない。

しかし、買い手がきたら、歩みを止めるわけでしょう。歩みが止まると、力車に取り付けられた風鈴の音も止まる。で、お客さんと会話をしながら大きさや形、音の好みなんかを聞きながら、試しに鳴らしてみるわけだ。もちろん街中だから、それなりにうるさい場所だろう。しかしその中で風鈴の音を聴き取ろうとする「その空間」は、うるさい街中にできた「しずかな場所」とは言えないだろうか。

風鈴ってのは、「音を鳴らす」ことで「しずけさを感じる」ためのもの。改めて、いい商品だよなー。


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