いいものを見つける人

*ぼくはどうやら、なにか「いいものをつくる」よりも、なにか「いいものを見つける」ことのほうが、得意なようです。ゼロからなにかいいものをつくる才能とやらはそこまでなかったとしても、そうしてつくられた「いいもの」を、たくさん見つけたりすることは得意だ。それがどうしていいのか、なぜいいのかを説明できるし、けっこうジャンルごとにあるよ。焼き芋だったらこれ、海鮮だったらあれ、ボールペンだったらここのがいいよ、手帳だったら…なんて、ほんとーにたくさんの「いいもの」を人にオススメできる自信がある。

「いいものをつくる」ことができる人はもちろんうらやましいけれど、その「いいもの」が、きちんと「いいもの」として伝わるためには、それをまず「見つける」人がいるんだよなぁ。誰だっていきなりスクランブル交差点のような交通量の多いど真ん中にお店を構えれるわけじゃないだろうし、最初はちいさいところからでも始めていかなきゃなんない。そこで、「これいいね」なんて見つけてくれる人がいて、口コミや噂が広がって、「いいもの」がどんどん「いいもの」として伝わってゆく。

「いいもの」をつくる才能がなくても、「いいもの」をたくさん見つけたり、「いいもの」を伝えるのが上手だったり、「いいもの」に携わることはできる。し、それが「いいもの」なんだから、とってもおもしろいよー。たいして美味しくもない水を売るのとはわけがちがって、ちゃーんとした「いいもの」なんだから。伝えたり、見つけたりしやすいんだ、いいものは。

自分には才能がないって思うなら、才能のあるものをたくさん見つけたらいいよー。見つけることなら、手の技術はなくても、目や足をきちんと動かせばできることでもある。いいものを見つけることが得意な人、つまりいい問屋ってのはそれだけで重宝されるだろうし。

いいものを、見つける。見つけられるから、輝ける。いいものをつくる人も、見つける人も、どっちにもなれたらいいんだけどってのは欲張りかなぁ?


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