水清ければ魚棲まず

*この前、ちょっと驚いた話があった。知り合いが海洋関係の仕事をしているのだけど、海を「魚が棲みやすくする」プロジェクトを自治体と大手企業と行なっているそうだ。ここでポイントなのが「海を綺麗にする」ではなくて「魚が棲みやすい海にする」というところ。というのも、ぼくも驚いたんだけど、澄み切った綺麗な海っていうのは、実は魚が棲みにくいんだそうだ。

綺麗な海というのは、まっさらで澄み切っていて、沖縄とかハワイとかそんな海をイメージするだろう。サンゴ礁だったり、気温が高いところではああいった海は適しているらしいけれど、実は日本の海をあそこまで綺麗にしようとしちゃうと、魚がどんどん死んじゃったり逃げたりするんだって。というのも、綺麗なもんだから海藻はないわ、藻がなければプランクトンなどといった魚の餌もいなくなるわで、ぼくたちのイメージする綺麗な海というのは、実は魚にとって棲みにくい海なんだそうだ。綺麗な海なら魚も棲みやすいだろう!って安易に考えていたもんだから、ちょっとびっくりだよね。

ただまあ、いろんなことに置き換えてみてもそうだよなぁ。「水清ければ魚棲まず」ということばがあるように、余りにも整備された空間や、清廉なものにはとっつきにくい。潔癖すぎると、自分も周りもちょっとしんどくなっちゃうし。ちょっと散らかってるくらいの部屋が落ち着くようなことが、魚の世界どころか、海にもあったんだと思うと、おもしろい。

「水清ければ魚棲まず」。正しいことや清廉潔白なものを求めすぎたが故に、自分の首がしまっちゃうなんて経験がぼくにもある。ほんとうに魚が棲みやすい環境とはなんだろうか?って考えてみるのが大事なんだよね。こっちの、ただ綺麗な海なら魚もよろこぶっしょ!なんてこと、人間関係の中でもたびたびあっちゃうもんねー。水(海)も含めて魚だし、魚が棲むのも含めて水(海)だ。


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