初心よりも初期衝動にならって。

*先日、石川武志さんという画家の方と仕事のやりとりをしていたときだった。夏に控えている個展の挨拶文をどうしようか、という話で、石川さんは絵のタッチやテイストが一定ではないことを時代背景と共に書ければ、という文章に意見を交わしながら添削をしていた。

ぼくも、文章のテイストを決めていないことに、よく「軸が定まっていない」とか「テイストを統一した方が分かりやすいよ」と言われたことがある。もちろん、言っている意味はわかるし、できることならそうしたい。最近でこそ定まりつつはあるかもしれないが、別に一生このテイストでやっていこうとも思っていないし、やっていけるとも思わない。努力して身に付けるものだという考えもあるし、自然にそうなっていくというのも分かる。

ただ、「軸を決める」ということよりも、「自分はこんなのも書けたりするのか!」っていう発見や、それを見つけようとしたり挑戦しようとしたりすることが、正直楽しいからやっているんですよねー。そっちのほうが、初心の頃の楽しさに近い気もしていて。

初めて筆を持ったとき、何を描こうかなんて後回しだったはずだ。初めてペンを持ったとき、何を書こうかなんて後回しだったはずだ。好きなものや目についたものをひとしきり描いたように、何を描くかよりも「描くという行為そのもの」が楽しかったはずだ。その「初めて筆を持ったとき」の感じを思い出したくて、やっているのかもしれない。

「初心」と言うよりも、いわゆる「初期衝動」だ。もちろん何をどう描くかでうんと悩んだり、納得がいかなかったりすることも多々あるけれど、あのときはそんなことどうだってよかったはずなんだ。出来が良かろうと悪かろうと、そんなものは二の次だった。ただ、筆を持って何かできるということが楽しくて仕方なかったのだから。

続けている何かや、仕事に飽きてしまったとき、その「初期衝動」を思い出すことができれば、飽きずにやっていられるのかもねー。毎回、そんなふうに描いている人も僕は数人知っている。ミロコマチコさんのライブペイントなんて、まさにそうだったなぁ。自分から生まれるものを、良いとか悪いとかを別にして、自分がいちばん楽しみにしている感じ。


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